421.突撃! 幽霊船
「ヒャッハーッ! 最高だ、これ! 超・快・感!!」
ラルフはもはや正気の臨界点を突破したような雄叫びを上げ、眼前にひしめく亡者たちの群れを無慈悲な鉛の嵐で粉砕していった。
ミニガンの多銃身が高速回転し、吐き出される殺意の塊がアンデッドの肉を引き裂き、スケルトンの骨を微塵に変えていく。跳ね返る無数の薬莢が甲高い金属音を立てて床に降り注ぎ、暗い船内に「真鍮の雨」を降らせていた。
まさにトリガーハッピー。
前世の映画で見た破壊の美学を、彼は今、自らの手で体現していた。
「ゴホッ、ゴホゴホッ! ちょ、ラルフ様! 煙が……煙が死ぬほどヤバいですって!」
ラルフのすぐ背後で、フィセがミニガンから排気される濃厚な硝煙に咽せ返っていた。加勢しようにも、当のラルフが魔王さながらの高笑いを上げながら凶悪な重火器を振り回しているのだ。近寄る隙もありはしない。
「フッハッハッハッハ! 楽しい、楽しすぎるぞこれはぁぁ!」
だが、その狂騒的な祝祭は唐突に終わりを告げた。
けたたましい発射音が止み、代わりに「キュイィィィン……」という空虚な駆動音だけが虚しく響き始めたのだ。
「あ、あれ? 弾切れか……? おいスズ! 弾だ、おかわりをくれ!」
「バカ! もう在庫なんてないわよ! 少しは節約っていう概念を覚えなさい!」
「ハァッ!? もう終わり!? 冗談だろ!?」
当然の結末だ。
毎分何千発という弾丸を吐き出し続ければ、たとえマジックバッグの底が深くとも枯渇するのは自明の理。ここは無限弾薬のフィクションではなく、物理法則の支配する過酷な現実なのだから。
「ラルフ様、下がれッ!」
ヒューズの怒号が響く。彼は手にした対戦車ライフルを据え置き、その巨大な引き金を引いた。
――ドンッ!!
船全体を震わせるような衝撃波と共に、雷鳴の如き咆哮が轟く。放たれた巨弾はアンデッドの群れを直線状に「破壊」し、十数体の屍を文字通り消滅させた。
一瞬の静寂の後、狭い通路に立ち込めたのは、硝煙の刺激臭を上書きするほどの、耐え難い腐臭と血の香りだった。
「ウゲェ……臭い、臭すぎる……。さっき食ったカジキが、出てくる……」
ラルフは吐き気を堪えながら、急速に冷静さを取り戻していく。
「押し込め! 動きを止めるな!」
ファウスティンがカラシニコフを腰だめに構え、フルオートモードで7.62x39mm弾を亡者の群れに撒き散らす。その確実な連射音が、通路を埋める不気味な足音をかき消していく。
女騎士ミラも、慣れない手つきながらその強烈な反動を強靭な体幹でねじ伏せていた。
「なるほど……! これはマスターが慎重になるのも頷ける。戦争の概念そのものが根底から覆るぞ、この兵器は!」
だが、その驚嘆も長くは続かなかった。
カチッ……カチカチッ。
ファウスティンのライフルが、唐突にその機能を停止した。
「ん? なんだ、故障か? それとも弾切れか?」
「あ、あれ? こっちも撃てない!」
ミラも狼狽した声を上げる。
「ちょ、どういうこと!? こっちも動きません!」
フィセまでもが叫ぶ。
絶体絶命のタイミングでの一斉不具合。
スズが呆れたように、しかし鋭い口調で断じた。
「あーもう、あんたたちも、バカっ! 銃は精密機械なのよ! サイクルを無視してそれだけぶっ放せば、熱膨張でパーツのクリアランスが死んで、摩擦係数が跳ね上がるわ! 不具合を起こすに決まってるでしょ!」
「うーむ、理屈は分からんが、とにかく撃てないってことか。ならば!」
ミラが即座に銃を捨て、腰の魔剣『ルシド』を引き抜いた。刀身が鋭い輝きを放ち、肉薄する亡者の首を刎ね飛ばす。
「《断罪清浄》!!」
ラルフもミニガンを投げ捨て、聖魔法を行使した。だが、通路の奥からは途切れることなく新たな亡者たちが湧き出してくる。
「こ、こりゃ、て、撤退……するか? もう潮時だろ、これ!」
さすがのラルフも、数の暴力に圧倒され、腰が引け始める。しかし、スズの鋭い叫びが彼を押し止めた。
「ラルフ! あなたのその左目で視て! この船のどこかに、ダンジョンの核があるはずよ!」
言われるがまま、ラルフは左目――『名も無き神霊の涙』に真紅の魔力光を宿した。
魔素が澱み、どろどろとした怨念が渦巻く船内を高速でサーチする。
……見えた!
「あそこだ! あの正面の部屋! あそこがこの異常な魔力の発生源だ!」
「なら、上を行けるわね!?」
「はぁ!? 上って……おい、まさか!」
見れば、この通路だけは貨物搬入用なのか天井が一段と高くなっている。ラルフはスズの意図を瞬時に察し、覚悟を決めた。
「もう、こうなったら……よし、やったるぜ! 全員、三十秒だけ時間を稼げ!」
ラルフは左目にさらなる魔力を流し込んだ。
身体強化と思考加速の魔力を全身に纏い、真っ赤な魔力の残光を引きずりながら、彼は壁を蹴って跳躍した。アンデッドやスケルトンの、無数の手が届かない頭上の空間を疾走する。
「あ、あぶっ!? ちょ、滑る! お、おっとっと!!」
着地する足場は、亡者たちの腐った頭部や肩だ。
もはや無我夢中。
彼は死者の群れを「踏み台」にして、目的の部屋へと一直線に駆け抜けた。
「クソがぁぁぁぁッ!!」
背後ではファウスティンが愛用の魔導銃に持ち替え、轟音と共に通路を血の海に変えている。
ミラが、フィセが、それぞれが限界を超えた戦いを繰り広げ、その最終防衛線を守っていた。
「ひ、ヒィィィィィ!」
ラルフは必死に脚を回す。
一度でもバランスを崩せば、そこは飢えた死者の海だ。自分もその仲間入りを果たすことになる。
時折、上を見上げたアンデッドが腐った腕を伸ばしてくるが、彼はその顔面にブーツの底を叩き込んで強引に振り切った。
どうにか、必死の思いで辿り着いた木戸に体当たりをかまし、前転しながら部屋へ飛び込む。
「あ、あらっ!? う、うわっ……」
床に這いつくばった瞬間、追いついてきたアンデッドの一体に右足を掴まれた。
「う、う。うがぁぁぁぁぁッ!」
「や、やめろ! 放せ! やめろコラッ! 悪霊退散! 悪霊退散ってんだッ!!」
必死に左足でその顔面を蹴り飛ばし、ようやく自由を確保する。
だが、開かれた扉の向こうからは、仲間たちを押し潰さんとする亡者の波が、今まさにこの部屋へも雪崩れ込もうとしていた。
「お、おい! 早くしろ、ラルフ!」
「ぎゃあああ! もう無理、これ以上は無理ですよぉぉ!」
通路ではファウスティンやフィセが、圧倒的な数の暴力の前に今にも組み伏せられようとしていた。
「こんなところで、死んでたまるかってんだ……ッ!」
ラルフは部屋の中を血走った視線を走らせた。
埃を被った円卓の上。
豪奢な装飾が施された木箱の中に、それは鎮座していた。
紫色に妖しく輝く、巨大な宝石。
首飾りかブローチの類だろうか。
金属製の意匠に彩られたその「心臓」が、脈打つように魔素を吐き出している。
ラルフの背後に、津波のような死者の群れが覆い被さる。
這いずり、手を伸ばす。
何本もの冷たい指がラルフの脚を、腕を、肩を掴み、その爪が皮膚を裂こうとした、その刹那。
「――《火炎球》!!」
魔導師の基礎中の基礎。
だが、至近距離から叩き込まれたその一撃は、ダンジョン・コアという精密な魔導回路の「急所」を完璧に射抜いた。
回路のオーバーロード。
魔力変換効率のロスから生まれる熱が、宝石内部の均衡を無慈悲に破壊する。
銃火器をジャムらせたのと同じ、物理的な「熱による破綻」だ。
宝石はラルフの放った火力を貪り喰らい、限界を超えて爆発的に発光した。
直後――。
実体を失った亡者の群れは、一瞬にして黒い霧へと霧散し、潮風に溶けて消えた。
ラルフは床にうつ伏せになったまま、肺の中の空気をすべて吐き出すように喘いだ。
「ハァ……ハァ、ハァ……」
荒い息を整え、両手で上半身を起こして振り返る。
通路の向こうでは、突撃チームの面々が壁に背を預け、まるで糸の切れた人形のように座り込んでいた。
「お〜い、みんな……。生きてるか〜?」
恐る恐る確認する。
「ハァ……ハァッ。……ぶっ! はは、ははははは! いやぁ、やっぱりマスターと一緒にいると、退屈だけはしない!」
ミラが、死の瀬戸際にいたとは思えない快活な笑い声を上げた。
「あー……まあ、本気で死ぬかと思ったがな」
「ええ。今回ばかりは、死神が手招きしているのが見えましたよ……」
ファウスティンとヒューズが互いの無事を確認し合い、軽口を叩き合う。
「ハァ……。スズさん、この魔導銃……私、これからも使っていいですか?」
「……あなたなら、適性があるんじゃない? ラルフからも貰ったんでしょ? 大事にしなさい」
フィセとスズも立ち上がり、先ほどまでの死闘が嘘のような談笑を始めていた。
全員、無事だ。
……まあ、文字通り間一髪だったわけだが。
ラルフはようやく落ち着きを取り戻し、ポツリと独り言を漏らした。
「……そういえばさ。僕、ホラー映画って、あんまり好きじゃないんだよね……」
なぜ自分はあんなに意気揚々とこの地獄に首を突っ込んでしまったのか。賢者タイムのような虚脱感と共に、彼は項垂れた。
だが、周囲の連中は生命の危機を乗り越えた異様な昂揚感の中にあり、既に和気あいあいと次の「お宝」――すなわちヴィンテージ・ワインの捜索について盛り上がり始めている。
「お前ら、どうかしてるぜ……」
両腕の力が抜け、ゴンっと額を床板に打ちつけた。




