414.出前一丁!
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「あーっ! 目が、目がぁあぁっ!!」
切実な悲鳴が厨房に木霊した。孤児の少年が、まるで世界の終焉でも迎えたかのように涙をボロボロと流し、両目を固く押さえている。
彼の目の前には、無慈悲に刻まれたタマネギの山。瑞々しい刺激臭が、まだ幼い鼻腔と涙腺を容赦なく蹂躙していた。
「はい、お肉焼けたよー! 火傷に気をつけて!」
「空いたお弁当箱から順に並べておいて! 急がなくていいからね!」
「うわぁ、炊きたてのご飯、すっごくいい匂い……幸せだなぁ」
活気に満ちた声が交差する。そこには王都から流れてきた孤児たちや、共和国の難民たちがいた。
昼前の気ぜわしい時間帯、彼らは「居酒屋領主館」の広大な厨房で、和気あいあいと、しかし軍隊さながらの統制された動きで調理作業に勤しんでいる。
一方で、この館の主であるラルフ・ドーソンはといえば、客席の特等席に深く腰掛け、湯気の立つ紅茶を優雅に啜りながら、その光景を眺めているだけだった。
傍らに控えるメイドのアンナが、感情の読めない無表情な横顔で口を開く。
「……なるほど。考えましたね。彼らに厨房を貸し与え、昼間は別の事業体として運営させる……いわば『二毛作』ですか」
「そういうこと。現代的な言い方をするなら『シェアキッチン』というやつだな」
ラルフは以前から、この立派すぎる厨房の稼働率に頭を悩ませていた。夜の居酒屋営業ではフル回転する設備も、昼間は眠ったままだ。経営者として、それは「死んだ資産」を放置しているに等しい。
だが、自前のスタッフだけで昼の営業を始めるのは、労働基準法のないこの世界であっても「ブラック労働」の極み。人的資源の枯渇は目に見えていた。
しかし、状況は変わった。
共和国からの移民、そして王都の孤児たちという「新たな労働力」の流入だ。
ラルフは彼らに場所と設備を丸投げし、自立の機会という名の経営権を与えたのだ。
そして、このプロジェクトには、もう一つの「肝」がある。
チリンチリン――。
軽やかなドアベルの音が響き、入り口から小さな影が恐る恐る中を覗き込んだ。
「あ、あのぅ……冒険者ギルドで『配達員の急募』っていう依頼票を見て来たんですが……」
そこに立っていたのは、黒い猫耳をぴこぴこと動かす獣人族の少女、セリナだった。
「よう、セリナ。お前も応募してくれたのか。今日は工房の方は休みか?」
彼女は冒険者登録こそしているが、普段は食肉加工工房でスパムやソーセージの製造に従事している、根っからの働き者だ。
「はい! 今朝一番で納品分を全部終わらせてきたので。少しでも、お金になればなーって」
移住してきたこの街で、彼女なりに必死に根を張ろうとしているのだろう。その勤勉な輝きに、ラルフは口角を上げた。
「じゃあ、早速だが、これを頼む」
ラルフが差し出したのは、見慣れぬ形状の木箱――「オカモチ」だった。受け取ったセリナが、拍子抜けしたように声を上げる。
「あ、あれ? 軽いんですね。もっと、ずっしり来るかと思ってました」
「ああ、そのオカモチにはマジックバッグの空間拡張技術を転用してある。一種の魔道具だ。見た目に反して、中には五十六人分の弁当が詰まってるんだぜ?」
「ええっ!?」
そんな高価な魔道具を、子供の使いのような顔で預けるラルフの豪胆さに、セリナは目を丸くした。
「届け先は西側郊外の建築現場、二箇所だ。地図はいるか?」
「大丈夫です! あの、まるでもう一つ町を造ってるみたいな、あそこですよね?」
「話が早くて助かる。そんじゃ、これが前払いの報酬だ」
ラルフの手から、銀貨が一枚、セリナの手のひらに滑り落ちた。
「あ、あのぅ……本当に、こんなに頂いてもいいんですか?」
「五十六人分だぞ? 注文一件につきデリバリー料をきっちり上乗せしてる。正当な対価だ、遠慮なく取っとけ」
「は、はい……! ありがとうございますっ!」
普通なら銅貨数枚の仕事だろう。だが、この街ロートシュタインにいると、既存の金銭感覚が音を立てて崩壊していく。セリナは感謝の言葉を残し、風のように駆け出していった。
入れ替わるように、外から「ポッポッポ……」という魔導発動機の独特な排気音が近づいてくる。そして、キッ! と鋭いブレーキ音。
勢いよくドアが開かれ、一人の少女が飛び込んできた。
「届けてきたわよー! 職人街の端っこまで!」
ヘルメットを脱ぎ捨てると、まばゆい金髪のツインテールがふわりと広がった。エリカだ。
「おう、お疲れさん。もう上がっていいぞ」
「ちょっと待ちなさいよ」
労いの言葉をかけるラルフに、エリカは疑念に満ちた眼差しを向ける。
「……ねぇ。気づいたんだけど。あたしのあの魔導二輪車:キャブ、まさか『このため』に設計したんじゃないでしょうね? 左レバーをなくして、片手でも運転できるようにしたのって、まさか……」
「さあ、何のことかな……」
ラルフは視線を逸らし、とぼけた。
「絶対にそうでしょ!? 何よ、あたしの相棒はお弁当運びのために開発されたっていうの!?」
「ノーコメントだ」
ラルフは毅然とした黙秘権を行使したが、内心では深い充足感に浸っていた。
そう、この魔導二輪車の基礎設計――その元ネタは、前世における不滅の名車、ホンダ・スーパーカブに他ならない。
スーパーカブの最大の特徴は、左手のレバー操作を不要にした「自動遠心クラッチ」の採用にある。
当時の開発者、本田宗一郎氏が「蕎麦屋の親父さんが、岡持ちを担いで片手で運転できるように」と強くこだわったというエピソードはあまりに有名だ。特別な技術がなくとも、誰もが安全に、大量の出前を運べる。その機能美こそが、日本の高度経済成長を支えたのだ。
一九五八年の発売以来、郵便の通配、新聞配達、信金の営業。更には海を越え、世界中で活躍し、総生産台数は一億台に達しようとしている鉄の駿馬。近年では、あのライトノベルからアニメ化までされた作品『スーパーカブ』の影響で、再びその魅力が再評価されたことも記憶に新しい。
エリカが駆け抜ける青春の一頁は、実はその「一億台の物語」からラルフが鮮やかに、かつ敬意を以て丸パクリしたうちの一つなのだ!
そう、物思いに耽るラルフ。
「ちょっと! なにスカしちゃってんのよ! 答えなさいな!」
憤慨するエリカを適当にいなしながら、ラルフは窓の外を見やった。
これは単なる「食事運び」ではない。
資本を持たぬ店主が立地の制約から解放され、店舗のキャパシティという物理限界を突破する。
このデリバリー文化が定着すれば、先日相談に来たあのラーメン屋台の親父のように、地の利と競合という狭い土俵で戦う必要がなくなるのだ。
多層的な社会構造の変革。
その第一歩が、今、この居酒屋から始まっている。
コツ、コツ。コツコツ⋯⋯。
思考に沈んでいたラルフの耳に、窓ガラスを叩く音が届いた。
「ん?」
窓を開けると、そこには見覚えのあるミミズクの魔獣が、止まり木のような窓枠に鎮座していた。
『やあ、ラルフ・ドーソン公爵……私だよ。覚えているかね?』
ミミズクの嘴から、魔導通信による歪んだ声が漏れる。
「……“M”か。諜報機関のお偉いさんが、またなんの用だ?」
『あー、風の噂で聞いたんだが。居酒屋領主館で「出前」を始めたそうじゃないか。どうだろう、こちらにも弁当を一つ、届けてもらえないだろうか?』
「お断りします」
『ちょ、ちょっと待ってよ! 私だってたまにはロートシュタインの名物が食べたいんだ! 頼むよ、代金は弾むから……!』
「ちっ!」
ラルフは盛大に舌打ちをした。通信の主は、国境を越えた共和国側にいる。そんな物理距離を、たった一個の弁当のために越えろと言うのか。
だが、ふと視線を庭に向けると、そこには二頭の巨大なワイバーンが、春の陽気に誘われて、クカァ〜と、だらしなく寝そべっている姿があった。
「……ヨランダ! ボーナスは欲しくないか?」
ラルフは、自らの内に眠る「悪徳経営者」の血が騒ぐのを感じ、凶悪な笑みを浮かべた。
この世界初の「超音速空輸フードデリバリー」が産声を上げる瞬間であった。
『スーパーカブ』の著者、トネ・コーケン先生に、最大級の敬意を込めて!
私、大フアンです!!
全巻購入済みです!
スーパーカブも、古いの買ってきて、レストアしました!




