326.クランクの楽しい王都観光
街道の端には、所々融け残った雪が、名残惜しげに寒波の終わりを告げていた。
コンクリートにより舗装されたその堅牢な路上を、力強く、それでいて滑らかに駆けていく高級魔導車:ネクサス4。陽光を撥ね返す車体は、一路、王都へ向けひた走る。
その車内では、
「いやぁ〜! 楽しみですねぇ? マスター!! 実は、父上の『刀剣酒場』、私も初めてなんですよ!!」
助手席にて、愛らしいほどに相好を崩しているのは女騎士ミラ・カーライルだ。
「ああ……、そうなんだ。楽しみだねー……」
と、心ここに在らず、と言った風に答えたのは、魔導車のハンドルを握るラルフ・ドーソン公爵だ。
「王都かぁ……。確かに楽しみだ。俺も、あのまま聖教国で燻っていたら、一生訪れる機会はなかっただろうなぁ」
後部座席で、感慨深そうに薄く笑うのはクランク・ハーディー。
「私も王都は初めてなのだ! なんだかワクワクしてしまうなぁ〜」
目を輝かせているのは、海賊公社のメリッサ・ストーン船長。
そして、そんな二人に挟まれ、真ん中に腰掛けているのは、
「剣が、いっぱい見られる……」
と、恍惚とした吐息を漏らすダンジョンマスターのスズ。
彼女は重度の引きこもり気質のはずだが、いつの間にか活動的な一面を見せ始めているこの頃。
もっとも、その原動力は重度なオタク気質による"ファンタジー物品"への情熱なのだが。
そんなテンションの高い四人をよそに、ハンドルを握るラルフだけは……。
(めんどくせぇ……)
という言葉を、かろうじて喉の奥に飲み込んだ。
先日、ロートシュタイン領で接見したカーライル騎士爵に、
「たまには、儂の“刀剣酒場”にも飲みに来い!!!」
と、勢いよくお誘いを受けてしまったのだ。
瞬間的に断ろうと思ったラルフ。しかし、王国貴族同士の由縁もあれば、人生の先達として彼を敬う必要もある。それに、まあ、色々とお世話にもなっている、気もする……。
ということで、刀剣に興味ありそうな面子を揃えて、数時間前に彼らを乗せてロートシュタインを"レッツらゴー"したのだった……。
昼過ぎには、威風堂々たる王都の大門を潜った。
衛兵達に対しては、ラルフが運転席から顔を見せた瞬間に「顔パス」が発動。
「ラルフ・ドーソン公爵のお通りである! 道をあけよ!!」
威勢の良い声が上がり、ビシッと敬礼まで飛んでくる。彼らもまた、非番の時にはロートシュタインへ訪れ、観光を楽しんだり『居酒屋領主館』で飲み明かしたりしている面々だ。
ラルフは諦め顔で、彼らに手をヒラヒラと振った。
魔導車を大通りに停める。刀剣酒場の開店時間までは、それぞれ自由時間だ。
女性陣はミラに導かれ、意気揚々と買物へ繰り出していく。
「では! マスター! また後で!!」
嵐のように去った彼女らを見送り、残されたのは男二人。
「どうしましょ? 僕らは……」
「どうしましょ? と言われても、俺は右も左もわからんですよ?」
戸惑うクランクに、ラルフは腕を組んで悩む。
魔導学園時代に過ごしたとはいえ、王都の土地勘に詳しいわけではない。
男二人、時間を潰すに適した場所はあるだろうか?
「なんなら、立ち飲み屋でもあればいいんすけどねぇ〜」
「立ち飲み屋なんて店、俺はロートシュタインでしか見たことないですからね?」
そりゃあそうだろう。立ち飲み屋も、ラルフの前世の知識から生み出した、この異世界ではロートシュタインならではの特殊な風景なのだ。
「クランクさんは、何か王都で見たいモノとか、ありますか?」
「んん〜? なら、王城を、見てみたいかもな……。あとは、聖教国にないような、珍しい場所があれば……」
ひねり出したクランクの提案に、ラルフはなんだか嬉しそうに、いつもの猫背で歩き出す。
「おー! なるほど……。クランクさんって、案外、一般的な感覚なんすねぇ〜。ウチの領地にいる"飲んべえ共"は、そんなこと言わないっすよ! では、王城へ行ってみますか……」
クランクは思う。
(その飲んべえ代表って、ラルフ様じゃないのか?!)
まあ、口には出さないが……。
せめて王国の象徴である城をほど近くから見上げられれば――そんな謙虚な願いが、その数分後に、見事に粉砕されることを、彼はまだ知らない。
「ラルフ・ドーソン公爵! ひどいではないか?! 何故に我らを裏切った!!!」
「そーだそーだ!! 我らに付けば、貴殿をこの王国のトップに据えてやろうと、そう企んでいたのにぃぃぃぃぃ!!!」
場所は、王城の執務室。
文官や近衛兵に囲まれ、まるで脅され軟禁されるようにして書類仕事に追われる二人の若者。
「はい。こちらが、第一王子のアンドレアス様と、第二王子のヨハネス様の、尊きご公務の様子です!」
ラルフは、まるで観光ガイドのように淡々と説明した。
もはやそのすべてが、クランクの理解を超えていた。
(何故?! 王城を見たいとは言ったが、王城の中に、しかも執務室に入りたいとは言っていないのだがっ!! というか、ここ、王国の中枢じゃないか?!!!)
内心で絶叫するしかない。
まさかラルフが王城の内部までフリーパスだとは、誰が想像できようか。
いや、考えてみれば彼の居酒屋には国王陛下も堂々と来店している。ならば、居酒屋オーナーが城に自由に出入りできても不思議はない……のか?
いや、絶対におかしい。
いつか、冒険者のヒューズが言っていた言葉が脳裏をよぎる。
『……そういうのは……考えたら負けなのだ……』
剣士にとって負けとは忌避すべきもの。ゆえに、クランクは考えるのをやめた。
さらに少々移動し、王都の郊外へ。
なんだかよくわからないが、天を衝くような高層建築物へと足を踏み入れた。
格式高い転移陣を経て現れたのは――。
「ここは、“叡智の書架”。そして、この人が、司書のヴェルグさん」
ラルフの紹介も虚しく、白い髭もじゃの老人が、
「ブブェフォ!!!」
と、驚きのあまり、こっそり飲んでいた葡萄酒を盛大に噴射した。
「あーあー。汚いなぁ〜。ヴェルグさん……。どうするんです? 貴重な魔導書を汚してしまったらぁ〜」
「こ、このクソガキぃ!! また勝手に入ってきおってぇぇぇぇ!! 何度言ったらわかるのじゃ?! ここへ来るには、ちゃんと“叡智の試練”を乗り越えて来いと……」
「いや、めんどくせぇーって、なんであんな安っぽい謎解きゲームやらにゃあならんのよぉ〜。せめてもっと面白いのを催してくれないと〜」
「な、何をぉぉぉぉぉ!!!!」
始まったのは、国家機密レベルの場所での、あまりに低レベルな口喧嘩。
クランクは呆然と、円筒形の壁一面を埋め尽くす魔導書の山を見上げた。
聖教国にいた彼でも、この場所の名は聞き及んでいた。
(賢者の塔だ……)
もはや感動を通り越し、魂が抜けかけていた。
全世界の魔導士を統べる権威の具現。そして目の前の老人は、おそらく伝説の特級魔導士、
――ヴェルグ=ラモン。なのだろう……。
「はいはい、おじいちゃん、あんまり怒らないの! ほら、カキピー置いていくから。ねっ!! そんじゃ! またねー!!!」
「誰がおじいちゃんじゃあぁぁぁぁ?! クソガキがぁっ!! せめて、新しい酒置いてけぇぇぇぇ!!!」
喚き散らす伝説の魔導士を背に、ラルフは飄々と退出していく。
クランクの脳内は、いよいよ虚無に侵されはじめた。
再び外に出ると、ラルフが朗らかに振り返り、問いかける。
「ん〜? まだ刀剣酒場のオープンまで、時間あるみたいですねぇ……。他には、どんな所が見たいですか?」
「あ、あのぅ……。もっと、こう……普通のって、ないんですか?」
もはや、その絞り出すような一言が精一杯だった。
「えっ?! 普通?? え、えっとぉ……。王都の観光地で、普通って。んんん? 他に、何かあったかなぁ? ……ウ〜ン……」
真剣に悩み始めるラルフ。
(というか。王族の労働現場とか、賢者の塔の最深部とか、それ絶対に観光地ではないからな?!!)
クランクは、ラルフ・ドーソン公爵の言う「一般的な感覚」を、今後一切信用しないと、固く心に誓ったのだった……。




