327.刀剣酒場
王都の商業区での買い物を終えた女性陣と合流し、ラルフ一行はカーライル騎士爵が営む「刀剣酒場」へと向かった。
夕闇が迫る冬の街路の向こう、淡く光を放つ白亜の石造りの平屋が見えてきた。
元は商家の穀物庫だった建物を、カーライル騎士爵が居抜きで買い取り、リノベーションしたのだとラルフは聞いていた。
「もう少しで開店時間ですねぇ!」
女騎士ミラ・カーライルは、待ちきれないといった様子でそわそわと落ち着かない。ここは彼女の父が営む店だが、どうやら彼女自身も中に入るのは今日が初めてらしい。
「なるほど、なぁ……。なかなかに、愉快な場所みてぇだ」
元聖剣騎士のクランクが、開店を待ちわびる客たちが携えた「得物」を見渡して独りごちた。
刀剣酒場という名の通り、この店には帯剣して入店するという、"極めて珍しいドレスコード"がある。剣を愛する者たちにのみ許された、粋な嗜みだ。
実は、それを事前に知らされていたラルフも、一応は剣を帯びていた。
本職は魔導士ゆえ不慣れではあるが、領主館の物置に転がっていた適当な魔剣を引っ張り出し、形ばかり腰に提げてきたのだ。
「うん? なんだか……クランクさんに熱視線を向けている人たちが、いるようですよ?」
異様に目をギラつかせ、クランクを凝視する不穏な集団に気がついた。
すると、その中の一人、岩のような体躯の禿頭の大男が、ズカズカとクランクに向かって歩み寄ってくる。男の腰には幅広のロングソード。
まさに厄介事、下手をすれば刃傷沙汰の気配だ。
ラルフ、ミラ、メリッサ、スズの四人は、剣に手こそかけないものの、即座に警戒態勢を取る。
凄腕のクランクが不覚を取るとは思えないが、念のため大事を取った。
すると、眼光鋭くクランクの前に立った大男は、
「どうも。元聖剣騎士のクランク・ハーディー様とお見受けします……。はじめまして」
あろうことか、禿げ頭をちょこんと下げ、律儀で丁寧な挨拶を繰り出した。そして、おずおずと手を差し出す。
「お、おう……。あ、アンタは?」
クランクは毒気を抜かれたように戸惑いながらも、差し出された手を握り、握手を交わす。
「はい。貴方様の大ファンです。是非、後ほど店内にて、ゆっくりとお話しをさせて頂きたいのです……。あっ、あと、すいません。サイン下さい」
物騒さの欠片もない言葉が男の口から飛び出した。
彼が懐から取り出したのは、ラルフもつい先日見覚えのある書籍。
どうやら本当にクランクのファンらしい。
ロートシュタイン出版の本好きの一人、ヨハンが執筆した『ユグドラシアの剣士』が、早くもこの王都にまで届いていたようだ。
「あ、ああ……。まあ、良いぜ。そうだ、名を、名前を聞いても?」
クランクが気さくに応じると、
「俺の名は、ジャンバティスタと申します。一介の、剣好きに過ぎませんがね」
と、男は照れくさそうに名乗った。
憧れの剣士を前にしてヘコヘコしているその姿は、図体に似合わず、どこか小心者のようにも見えてくる。
すると、クランクが、
「そうか、ジャンバティスタ。勇ましい名だな。そんで、お前さんは、冒険者か? 騎士団か? ……いや待て! その歴戦の風格、さては、傭兵だろう?」
男の職を鋭く見抜こうとするクランク。その風体から、只者ではないと確信したからこその問いだった。
しかし、ジャンバティスタは、
「いえいえ! そんなそんな!! 俺ぁ、この王都の東三番通りで、花屋を営んでいる者です……」
と、なんだか決まり悪そうに、慌てて自分の商売を明かした。
すると、
(花屋ぁ!? 花屋だってええ!!)
(クッ、クッ、苦しい……! 無理無理! だめ、笑っちゃだめ! って、あの強者感で、お花屋さん!!)
(いやいやいやいや! 失礼ですって!! いや、でもなんで、なんでこんな面白い人がいるのよぉ!?)
(ちょっと可愛い! ちょっとどころじゃなく可愛いって!! これ、ギャップ萌え!!)
ラルフも、ミラも、メリッサもスズも、必死で爆笑を堪えながら、この衝撃的な真実をヒソヒソと共有する。顔は真っ赤になり、腹筋が捩れそうだ。
その空気感を察したジャンバティスタと、完全に見当外れな推測をしてしまったクランクは、二人して向き合ったまま、気まずそうに顔を赤らめていた。
そんな一幕を経て、ついに刀剣酒場は開店の時間を迎えた。
ガヤガヤと剣を帯びた客たちが店内に雪崩れ込んでいく。
そして、その店内の光景に、ラルフは目を見開いた。
淡い間接照明が演出する、やや落とし気味の落ち着いた明かり。
所々に背の高いテーブルが無造作に置かれている。どうやら立食形式のようだ。
ラルフの前世の感覚で言えば、立ち飲み屋に近いスタイルだ。
しかし調度品は洗練されており、何より目を引くのは、魔導灯に照らされて壁一面に展示された数々の刀剣たち。
まさに「刀剣酒場」の名に恥じぬ、剣好きたちのための聖域だった。
ラルフは、カーライル騎士爵の意外な空間デザインのセンスに、深く感心する。
すると、
「突然のお声掛けを失礼します。ロートシュタイン駐留騎士、ミラ・カーライル様ですよね? あの、もしかして、それは魔剣:ルシドでは?」
どう見ても高ランクの冒険者といった風情の男に、ミラが声をかけられていた。
ラルフの目にはナンパのようにも見えたが、当のミラはといえば、
「おおおっ!? 私を知っているのか? そうだ! その通り! これは、魔剣:ルシドに他ならない!!」
と、顔を真っ赤に紅潮させ、いきなり腰の剣を引き抜いた。
公共の場で不用意に刃物を晒すのは如何なものかと思ったが、
「おおっ! まさに、宝石のような輝き!!」
「むむっ! 儂にも見せてくれんか!?」
「すまん! 俺も拝見したい!!」
と、あっという間に客たちに囲まれてしまう。
ミラは最高潮のテンションで、魔剣の素材となった幻獣ファントムスタッグとの激戦や、この短剣を手に強敵クランク・ハーディーと邂逅した物語を、身振り手振りで誇らしげに語り始めた。
その光景を見て、ラルフは悟った。
「帯剣必須」というドレスコードの真の目的を……。
ここは騎士爵のコレクションを披露する場である以上に、剣士たちが自らの得物を持ち寄り、品評し、語り合うためのコミュニティ形成の場なのだ。
狭く、深く、ニッチな層の心に突き刺さる――ここでしか味わえない、アミューズメントとして昇華された空間なのだ。
という真意に……。
(いやこれ……。案外、ミラの父ちゃんも、ビジネスセンスあるぞ!)
ラルフは、騎士爵が単に武功だけで成り上がったのではなく、類稀なる戦略家としての一面を持っていることを垣間見た気がした。
ふと振り返ると。
「メリッサ・ストーン船長! その大太刀、引き抜くところを見せて下さい!!」
近衛騎士の女性に請われたメリッサが、
「ふん! どうだ!? こんなもんだ!!!」
と、自身の身長より長い刀を肩に担ぐようにして、華麗に抜刀して見せていた。
「うぉ〜!! カッコいい!!」
「ヒュー♪ メリッサ船長、結婚して下さい!!!」
周囲の客たちから浴びせられる絶賛に、彼女は心底幸せそうだ。
別の場所では、いつの間にか店のオーナーであるカーライル騎士爵が、ダンジョンマスターのスズに挨拶をしていた。
「おー! スズ殿も来てくれたのか?! して、この度も、それはカタナか? 新作か? どのようなカタナなのだ!?」
騎士爵は、三度の飯より珍しい刀剣を好むマニアとしての情熱を、スズの腰にある得物に向けていた。
スズは、儀式めいた厳かな所作で、ゆっくりと刃を鞘から引き抜いて見せた。
「これは、逆刃刀でござるよ……」
無表情ながらも、どこか誇らしげだ。
それを見ていたラルフはあんぐりと口を開けた。
今日のスズは変なコスプレをせず、普段着ともいえる黒のセーラー服だったため、ラルフは完全に安心……いや、油断していたのだ。
「それは、どういう用途のカタナなのだ?」
と、騎士爵が問う。
「はっ!! ま、まさか……。敵にすら刃を向けぬという、不殺の志なのでは!?」
などという、凄まじい洞察力を見せる非番の騎士まで現れ、ラルフを深く呆れさせた。
(もう……、やめてくれよぉ!!)
心中は気が気でない。
大手版権元は怖いが、この作品の著者と同じ新潟県出身の"あの偉大なる漫画家先生"の作品なら、その縁で何かしらお目溢しを……などという甘い考えが頭をよぎる。
そんなどうしようもない諦念を抱え、ラルフは所在なく店内を歩き回る。
刀剣マニアたちのあの濃密な"内輪ノリ"には、少しついていける自信がなかったのだ。
壁に飾られたカーライル騎士爵のコレクションを眺めて歩く。
それぞれの剣には由来や物語が添えられていて、案外楽しめた。
途中、給仕が「何か飲まれますか?」と聞いてきたので、白ワインを頼んだ。
差し出されたそれは、甘く瑞々しい、口当たりの良い酒だった。
「これは……。産地はどこだろう?」
まだ若いメイドに尋ねると、彼女は一瞬キョトンとした後、
「それは……ロートシュタイン産の葡萄ですよ!」
と、からかうように教えてくれた。
自分の領地で採れた葡萄を、わざわざ王都で感心して飲んでいたことに、ラルフは複雑な気分になる。
気を取り直して、再び展示を眺めて回る。
聖剣の数々、ダンジョン由来の魔剣。
片田舎のおっさんが剣聖になるらしい、ラノベ作品にも登場する、ツヴァイヘンダーなる特殊な長剣もあった。
そうして観て回れば、たしかに、楽しいといえば楽しい。
だが、魔導士のラルフにとって剣は門外漢であり、やはり少しだけ所在ない。
しかし、不意にある一本の剣が目に留まった。
柄の部分にあしらわれた、ドラゴンが巻き付いた極めて「香ばしい」造形。
前世の記憶を有するラルフには、それが一際眩しく見えてしまった。
(うぉぉぉぉぉぉぉ! ドラゴン剣だぁぁぁぁぁ!?)
不治の病、"厨二病"が発動し、心臓が激しく脈打つ。
それは日本の観光地でよく見かけた、あの謎のキーホルダーの意匠に酷似した「本物」の剣だった。そのロマンを、知らないラルフではない。
そして、剣の下に掲げられたプレートを読む。
――無銘。
制作者及び由来:一切不明。
それを見たラルフは、
(ロマンしかねぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!)
と、盛大に感動し、無自覚のうちにこの刀剣酒場の魅力に深く囚われてしまうのだった。




