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居酒屋領主館【書籍化&コミカライズ進行中!!】  作者: ヤマザキゴウ


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319/402

319.ハムの美味的探求について

「うんっ! 上手くいった気がする!」


 ラルフは満面の笑みを浮かべ、巨大な肉塊を保冷庫から取り出した。


 現在、居酒屋領主館の厨房は開店前の仕込み作業の真っ最中だ。


 孤児たちが野菜を刻み、メイドたちがスープの味見に余念がない。


 そんな中、ラルフは何をしていたかと言うと……。


「これこそが、大魔導士特製ハムだ!」


 自らの称号を誇示するように、その加工食肉を作業台へと置いた。


「ハム?」


 スヴェンが不思議そうに首を傾げる。


「でっかいソーセージ……」


 呟いたのはポラリスだ。


「チャーシューとも、似ているような?」


 セリナも、初めて目にするその料理と、この店の名物であるラーメンに載った「煮豚」との共通点に気づいた。


 聖教国からの出稼ぎルーキー冒険者である彼らは、近頃はもっぱらラルフが出資した食肉工場で、ソーセージや瓶詰めスパムの生産に勤しんでいる。この日はラルフが新たな加工食肉を教えてくれるというので、領主館の厨房を訪れていたのだ。


「まぁ、まずは味見だ!」


 ラルフは巨大なハムを一口大に切り分け、小さな楊枝を配った。


 そして、ラルフ、スヴェン、ポラリス、セリナの四人は、その四角く切り取られたハムを同時にパクリと口にする。


「うん、良い塩梅だ! 少ししょっぱくなりすぎたかと心配したけど、ちょうどいい!」


 自ら作ったハムを自画自賛するラルフ。


「ソーセージよりプリッ、ムニッとしていて、面白い食感だ!」


「うん。ソーセージともスパムとも違う」


「美味しい!!」


 三人からも絶賛の声が上がる。


「よしっ! お前ら、今日はウチで食っていけ。何でも注文していいぞ、僕の奢りだ!」


「い、いいんですか?」

「あの……いつもいつも、悪いです……」

「ちゃんとお給料を頂いているので、自分たちで払います」


 三人は恐縮しきりだったが、ラルフはいつものように強引に押し切ってしまう。

 これが貴族特有の「ノブレス・オブリージュ」というやつなのか? 三人はそう思っていたが、最近ようやく気づき始めていた。

 この領主は、ただ純粋に、他者へ善意を振りまくのが好きなのだ。


 すると、真剣な眼差しで寸胴鍋を睨んでいたエリカが口を開いた。


「ラルフ! あたしにもちょうだい!」


 相変わらずの不遜な物言いに、ラルフは苦笑しながら楊枝に刺したハムを手渡す。

 すると、


「ウ~ン……。カレーには、合わなそうね。これには独立した塩味と、独自の旨味で完成されているわ。カレースパイスの風味とは、バランスが取れないかも……」


 カレーのスペシャリストとしての的確な分析を呟く彼女に、ラルフは戦慄を覚える。


(な、なんだ? こいつ……!?)


 元・貴族令嬢にして、現在はラルフの奴隷。そんな彼女だが、日に日に一流の料理人としての風格を纏いつつあった。いったい彼女はどこへ向かおうとしているのか……。


 混乱と諦念が渦巻くラルフの耳に、幼い冒険者の声が届く。


「なら、ラルフ様。このハムを使った料理を食べてみたいです!」


 スヴェンの提案に、ポラリスとセリナも同意して目を輝かせた。


 その裏では、エリカが厨房の片隅でヤケクソ気味に肉を叩いていたリネア・デューゼンバーグにハムを勧めていた。


「お母様も、ハム試食します?」


 リネアは、絶望と諦念、そして……愛しさと切なさと心強さを秘めた瞳で、娘を見つめた。


「え……ええ……いただくわ……」


 棍棒から手を離し、受け取ったハムを口にするリネア。なぜかその目からは、涙がダラダラと溢れ出していた。


「ハムか……。ハムなら……。よし、あれだな!」


 前世の知識から、ある料理を思いついたラルフは、それを今夜のサービスメニューにすることを決めた。


 それは、子供のおやつにも、大人の酒の肴にもなる、あの揚げ物料理だ。


 ラルフは溌剌と声を上げる。


「よし、エリカ! ひたすらにパンを削って、パン粉を作れ!!」


「なんでいつもいつも、あたしにパン粉を削らせるのよ?!」


「いや……だってお前が一番上手いんだもん……」


「ふんっ! もう、仕方ないわね!! ……早くパン粉削りの魔道具でも発明なさいよね!」


 プリプリと怒りながらも、エリカは堅パンを卸し金で削り始める。その手つきは驚くほど素早く、洗練されていた。カレーパン作りで培われた、彼女の特殊スキルに他ならない。


 満足げなラルフは、ハムを程よい厚切りにしていく。

 今夜もまた、この料理を巡って客席が喧騒に包まれる光景が目に浮かぶ。

 この異世界でも揚げ物の人気は絶大だ。ならば、"ハムカツ"もまた、革命だなんだのと大騒ぎされるに違いない。


「さて、ソースはどうするかな。まずはスタンダードにウスターソースか、あとはマスタードと……」


 ラルフが悩んでいると、スヴェンが驚きの声を上げた。


「えっ? ソースが必要なんですか? このままでも、こんなに美味しいのに……」


 完成された味にさらに何かを足すという発想が、信じられない様子だ。


 一方、ポラリスは恥ずかしそうに提案する。


「あ、あの……私は、マヨネーズが良いと思うのですが……」


 魅惑のマヨネーズは彼女の最近のお気に入りだ。あらゆる食材に特大のバフを付与するあの調味料は、彼女にとって魔法そのものだった。


「私は、ケチャップがいいんじゃないかな? なんて……」


 セリナも続く。あのアメリカンドッグに合う甘酸っぱい。あの血のように赤いソースは、獣人族としての彼女の本能を謎に刺激するらしい。


「ちょっと待ちなさい! これを揚げるとなれば話は別よ! なら、カレーのトッピングとしてのポテンシャルを秘めているわ!」


 相変わらずエリカの価値定立バリュー・ポスチュレイトは、対象がカレーという系に包摂されるか否か、その一点に収斂していた。

 彼女の精神構造において、カレーは単なる食糧ではない。あらゆる事象に意味を付与する構成原理であり、彼女の世界を規定する第一原理アルケーなのだ。

 彼女の宇宙観では、惑星が自律的に回っているのではない。カレーという絶対理念イデーを不動の中心に据え、その周囲を万物が跪きながら周回する、まさにコペルニクス的転回。それこそが、彼女の捧げる無償の愛(アガペー)の正体なのだろう。


 ――『カ。―カレーの美味さについて―』


 ふと、そんなタイトルを思い浮かべたラルフ……。

 必死で、笑いを堪えた。

 腹が捩れ、涙が出そうになり、思わず作業台に突っ伏す。


 すると、リネア・デューゼンバーグだけは。


「肉、揚げ物、マヨ……。カロリーよ。すべて、カロリー。……だけど、カロリーは美味、カロリーこそ正義。ああ……ダメよ……ダメなのよ……」


 と、笑いながら泣くという、もはや精神崩壊ともとれる、悲惨な状態に陥っていた。

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― 新着の感想 ―
強制的に筋肉動かしてカロリー消費させる魔道具とか開発せんとアカンとちゃう? 流石にラルフもビール腹通り越した肥満になっても仕方ないぞ?
早く、フィットネスジムを………
友人はサイズを見ないで生ハムを買ったら原木が届いてたww 晩酌の酒肴だけでは消費が少ないと嘆いていたな
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