第二十八話 関兵に!
ゆっくりと目を開く。知らない天井…ではなかった。朝日が差し込むベッドから体を起こし、辺りに目をやると1人の男がパイプ椅子に座っているのが確認できる。
「…ここは、どこですか?」
「本部の病室だ」
ざっくばらんに話す男の手元にはリンゴ。どうやら、リンゴを剥いている最中らしい。そばにあるテーブルに「見舞いの品」と書かれた果物カゴがあることから、男は見舞品のリンゴを剥いているようだった。
頭部に深く被られた帽子。実璃は男の方を見て、気付いたように言葉を紡ぐ。
「最高指揮官の山岸さん、ですよね?」
「…そうだが」
「なんで室内なのに帽子被っているんですか?」
「盗難防止のためだ」
それならば、カバンでも持ち歩いてその中に入れたらいいのに、と思ったが口には出さない。
「何でリンゴを剥いているんですか?」
「私が食べるからだよ」
シャリシャリと皮を剥きながら、悪びれもせずにそう話す。実璃は、そっと視線を外し自身の身体を見下ろした。
現状、実璃は病院の患者が着せられる病衣を着用している。外傷は特に見当たらず痛みもない。大方安静のためにベッドで寝かせられているだけで、退院も時間の問題だろう。
だが……実璃はそんなことどうでも良かった。
「あれから、どれくらい経ちました?」
「二日。お前が運び込まれて二日経過した」
「……奏は、無事ですか?」
「無事なはずないだろう」
「っ!」
唇を噛む。分かっていた、心の奥底では理解していた。でも、内心どこかで無事だと言ってほしい、そんな気持ちも多少あった。
グッと涙腺を堪え、実璃は懸命に問いかける。
「奏はもう、生きていないんですか?」
指揮官はそこで、手の持つリンゴをテーブルの皿へと置く。見舞品の全てのリンゴを剥き終えたようだ。
暫しの沈黙が経過。
短慮な焦りは無駄だという程度に、冷静に指揮官が告げる。
「生きてはいる。だが…もって数日、正確には三日か。それを過ぎれば、無冬奏は体内にある魔力が底をつき、彼女の生命活動が停止する。死人となるわけだ」
「!」
まだ生きていると言う事実に安堵するも、奏が着実に死に近づいている状況に汗をかく。
「無冬奏が特異体質と言うことは理解しているか?」
「はい」
「それなら説明は容易い。無冬は特殊能力を使って現在目標であったエネミーを一時的に封印している。無冬が能力を行使している限り、エネミーは活動を停止し、睡眠状態に陥る。尤もその効力は五日」
「! なるほど」
事態が読めてきた。奏が敵を封印している間は目標のエネミーが目覚めないため、他のエネミーが東京に向けて大行進してくることもなく、安全が保たれる。
でもそれは五日しか続かず、五日経てば敵は復活して再び仕掛けてくるし、奏も死んでしまう。実璃が寝ていた間に二日経過したので、残りの猶予は三日だけ。
「本部の見解としては、このまま封印の効力があるうちに、目標のエネミーを叩きたいらしい。そうなれば無冬、もとい特異体質の関兵がいなくなってしまうが、大勢の市民を救うための犠牲なら無冬も腹を括るだろうとのことだ」
「そんな…」
愕然とした表情になる実璃、それを見て指揮官は悪い笑みを浮かべる。
「おっと、あくまで見解だ。まだ決断は出ていないし、何より一番偉い役職の人間が納得していない」
「…え、それって、」
何かを看取したように指揮官を見る。そんな実璃の反応に、指揮官は申言を語った。
「本題に入ろう、尾花実璃。もし君が、無冬奏―いや、如月響絆を本気で助けたいと思うなら、決断してほしい。……君自身が、関兵となることを」
「…っ、」
薄々気づいていた。関兵になれる年齢はちょうど満たしている実璃にとって、その言葉は自分自身に深く突き刺さる。
実璃に迷いはない。
―――それで、響絆を救えるなら……
「私は–––」
「結論を急ぐな」
「! は、はい」
「……聞いてほしい。私も無冬と同じ特異体質でね、ちょっとした未来予知ができるんだ。戦闘には役立たないし、断面的な結果しか分からない上、結果に繋がる過程は見えないから全く役に立たないんだが」
「!」
驚きを見せる実璃だったが、指揮官自身、得意げな様子はなく悔いるように事実を語っていた。
なぜそんな話を唐突にしたのか分からない。少し経って怪訝な顔をする実璃を無視して、指揮官は続ける。
「君が来る前、無冬と喧嘩したんだ。…私の未来予知によれば、尾花実璃と言う少女が来て数日経った後、戦いの終わりぎわで尾花実璃と言う存在は死ぬ」
「―っ!」
指揮官から冗談やジョークといった雰囲気は感じ取れない。終始真顔で話す彼の講話に空気が張り詰める。
「とはいえ、私の未来予知もこれでアテにならなくなった。時期もだいぶズレたし、何より結果が大きく変化した。本来であれば、今この病室にいるのは君ではなく、無冬なのだから」
「未来が変わったって、ことですか?」
「そう言うことだ」
「……なぜ、その話を私に?」
「君が関兵になることを、無冬は嫌がっていたからな」
「…!」
実璃は今日まで奏と過ごした日々を回想する。実璃のことを守ると言ってくれた時、奏は実璃を失うことを何よりも恐れていた。
関兵となっては戦いで戦死してしまうかもしれない、他の隊の所へ行けば何らかの形で戦闘に巻き込まれるかもしれない。実際二回の戦いを経て命の危険を数回しか感じなかったのは奏のお陰である。経験豊富な奏がいなければ今日まで生きてこられなかった。
『意味とか都合とか関係ない。みのりんは、私の独断で連れて来ちゃったから私が責任を取らないといけないの』
奏が訓練所で言っていたあの言葉も……全ての辻褄が合う気がした。
「軽率な判断はしてほしくない。これは私個人としてのお願いだ。そうやって死んだ人間を大勢見てきた」
その発言にどれだけの意味が込められているか分からない。
でも、実璃の答えは一つだった。
「私、関兵になります」
「……」
「この世界のためじゃない。私は、…絶対に取り戻したい友達のために、戦います!」
毅然と放たれた台詞。
対する最高指揮官の答えは、シンプルだった。
「……良いだろう。ようこそ関兵本部へ。尾花実璃殿。我々は諸君を歓迎する」




