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第二十六話 覚悟

「–––ッ!」


 無線にとある女の子の声が響く。彼女を知らない者がポカンとする最中、日影の表情が明るくなる。


 間違いなくそれは、関兵第七部隊隊長、無冬奏のものだった。


『連絡遅れてごめん。けど、重要なことだからよく聞いてほしい。……関兵第七部隊に所属する私、無冬奏が今から目標のエネミーを倒しに行く。だから、あと数分だけ耐えてほしい』

「……」

『多分私にしかできない。関兵の中でも、唯一の〝特異体質〟である私しか……だからお願い。絶対に倒すから、それまでみんなで耐えてほしい』


 そう言って、一方的に切断される無線。


「……」


 静かな沈黙。私にしかできない、と奏は言っていたが、同じ立場であった時日影が同じことをできるかは分からない。


 この任務が通常通り進んでいれば彼女の手を煩わせることはなかっただろう。無冬奏、特異体質である彼女の存在に頼り切りになってはならない。


 元々特異体質は生まれつきなどではなく、禁忌の諸悪によって生み出されてものだ。もう二度と生まれない奇跡に縋って対策を立てることは人類が知能を放棄したことを意味する。


―――奏、そこまでして…


 必死なまでの芯の籠った声。昔の自分に似ていると日影は思っていたが、これでは自滅もいいところ。一刻も早く、戦いを終わらせこれ以上傷つくことを免れなければ。


「…莉央、今の聞いたわよね?」

「はい」

「奏が一人で頑張ってる……そんな状況で、私たちがやられていいはずがない!」


 日影の脳裏には一年前の出来事がそっと思い浮かぶ。


 自身の采配で、仲間を二人死なせてしまったあの日。日影はあれ以来、戦う気なんて消え薄れていた。奏に部隊に誘われなければ、今頃仲間の後を追っていたかもしれないだろう。


 理不尽に迫る敵、日影の指示通りでは全ての仲間を救うことなど到底不可能。生き残った親友とも罵り合い、数ヶ月は戦闘服を着ることさえできなかった。


 あの日と同じ経験は、もう懲り懲りだった。


―――奏には、守りものがある。かけがえのない、大切な……、なら私は………


「また随分と、しけた顔してるっすね!」

「!」


 何年も共に戦った親友の喋り方。


 声の方に目をやれば、智彩がすぐ側まで押し迫る。瞬時に日影は頭をフル回転させ、頼れる部下に伝令。


「莉央!!」

「は、はい」

「全員に通達! 全てが終わるまで耐え凌げ、と」

「わ、わかりました!」


 急いで駆け出していく莉央を尻目に、日影は智彩に目線を合わせた。


「よく来たわね」

「かの司令塔が背中を預ける仲間を探してると思って」

「そう」


 豪胆に笑みを見せながら、日影は拳を強く引き出す。


「智彩」

「何すか?」

「…任せていい、攻撃アタッカー

「! …了解っす。司令塔リーダー


 互いに頷くように言い合うと、二人は戦地へと目を向けた。


「「無敵艦隊と呼ばれた実力、見せてやる(っす)!」」




「もうすぐだね」

「うん」


 あっという間だった。奏が無線に自身がエネミーの目標を撃破という情報を伝えたこと、そして、目標のエネミーのところまで着いて来てほしいという願いを実璃があっさりと受け入れたことも。


―――無理してない、なんて聞くのは無粋か。そもそもここに安全な所なんて…ないのに。


 奏の心情通り、もう草原一体には安全性が保障されている場所などない。敵を殲滅し終えたところで新たなエネミーがやってくるだけ。この状況を終わらせる方法は一つ、全てのエネミーを率いる元凶を殺すしか方法がない。


「ごめんね、みのりん。私が、私がみのりんをこんな組織に連れて来ちゃったから…」

「奏のせいじゃない!」


 謝る奏の前に、実璃ははっきりと自分の気持ちを伝える。


「私ね、奏に会えて良かった。あのままだったら、スラムで働き疲れていつか死んじゃってたんだと思う。だから、奏に会えて本当に良かったって思ってる」

「……」

「早く終わらせて帰ろ、奏。そして二人で、ううん……智彩と日影も一緒にもっと、もっ

と、色んな場所に遊びに行こう。…奏なら、エスコート上手でしょ」

「…うん。任せて!」


 敵の本拠地に向かっているということはそれだけ、敵の数は多くなる。だが、奏の戦闘能力に襲いかかるエネミーはなす術なく、二人は僅かな時間で海岸沿いに辿り着くことができた。


「すごいね。奏」

「まあね」


 額面通りの無双。けれど何故だろう。自身の能力を振るう奏は、心無しか不安に苛まれているよう。歩を進めていくごとに、日影は息憔悴する時間が僅かに増えていく。


「大丈夫、奏?」

「…問題、ないよ」


 敵を完膚なきまで薙ぎ倒す圧倒的力。だがどうしてもその力に実璃は多少の嫌悪感を覚えてしまう。嫉妬などではなく、本能的な恐ろしさを。


―――私が、戦えていたら……


 そんな思いと共に、奏の後を追う実璃。親友が扱う力の影でそっと無力感に苛まれながら実璃は舌を噛んでいた。


 やがて目的地に辿り着き、二人は大きな岩石に身を潜める。


「さあて、目標は…」

「いた、あそこ」


 実璃が指差した先、一体のエネミーが砂浜に寝そべるようにじっと横たわっている。辺りには他のエネミーは見つからない。草原に突入しないエネミーがあの個体しか存在しないため、目標確定と考えて支障はなかった。


「みのりん、待ってて。すぐ終わらせてくる」

「気をつけてね」

「もちろん」


 返事と共に奏は疾走する。足音をなるべく立てず、一瞬のうちに目標のエネミーの後方へと回り込む。


 深く息を吐き、刀を握ったまま奏はエネミーを激しく睨みつけた。


 シュン、という風切り音。


 今までと同様、この場合奏の放った一撃が血の花火を巻き起こし、エネミーの肉体が損害する………………………………………はずだった。


 だが、その瞬間待ちかねていたようにエネミーは目を見開き、


「!? まずい、こいつは–––」


 奏が慌てた形相で、実璃を見るも……とても間に合わなかった。


「ギギッ」


 刹那、辺り一体を異空間が支配した。

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