第二十五話 非常事態
「良かった、間に合って」
実璃が瞼を開くと、泣きそうな奏の顔がそこにあった。痛烈な土埃が辺りを支配し、その衝撃で実璃は目を瞑っていた。本来であれば襲いかかってくるはずだったエネミーは、少し離れた場所で死体に変貌し転がっている。
「奏が助けてくれたの?」
「そうだよ、みのりん。怪我はない?」
「…多分」
実璃は自身の身体を確認するが、見たところ多少擦り傷がある程度で大きな怪我はなさそうだった。
配慮するような奏の口調に実璃はお礼を言う。
「ありがとう。奏は強いね」
「そんなことないよ、私はただみのりんを守りたかっただけ」
その言葉を聞いて、実璃は嬉しくなるが、辺りを見渡し唖然とした。
「なんでいきなり敵が現れたの?」
「……恐らく、実璃を襲ったエネミーは特殊個体だね」
特殊個体。実璃は資料室で見た記憶が思い出される。
『エネミー(特殊個体)…本来の戦闘能力をそのままに、特殊な力の備わったエネミー。
過去見つかった例は三種類。瞬間的に移動速度を上げる能力。
炎に当てた者の細胞を一瞬にして死滅させ殺す能力。
突如異空間を発生させ獲物を閉じ込める能力。』
―――じゃあ、あそこで倒れている個体は、移動速度向上の……
不穏な空気が漂う中、一息開けて奏は説明する。
「実璃、特殊個体については理解できる?」
「うん」
「ほんと? ……どこで知ったの?」
「第一資料室で見て、」
「なら、説明はいらないね。今この草原に、何体かの特殊個体が来ている可能性がある、そいつらを全滅させて後、目標のエネミーの倒すっていうのは…… 流石にきつそうか」
はぁっと呆れた様子で奏は周辺を見渡す。
もう少し歩けば関兵や各部隊がエネミーと戦闘している風景が映るだろう。
―――安全な場所なんてない。ここも数分したらエネミーが押し寄せてくる。やることは、……単純かな。
幾許かの沈黙、考えを巡らすように目を閉じた奏は己の武器に手を触れる。
「みのりん」
「?」
不意に名前を呼ばれ、実璃は振り向く。奏は微かに顔を伏せ、そっと決意した。
「私についてきてくれるかな」
…
状況は最悪の一手を辿っていた。医療班のテントの外でなんとかエネミーを追い払い、日影は指示を出す。
「後衛隊はとにかくエネミーを押し返して! 関兵第四部隊はエネミーを倒せるだけ倒して! 負傷兵は後退、待機隊上がって!!」
日影は命令を下し続ける。草原にエネミーが現れてから二十分近く経過している。医療班の簡易テントで治療を受けていた日影が、こうして前線で指示を送るのも事態の深刻さが増しているからだ。
敵に殺された味方の部隊数は半数を超えている。作戦の開始時間であった関兵の目標撃破のためのヘリコプターも、飛来するエネミーのせいで飛行不可能。任務開始以前と比べてだいぶ戦線が下がって来ており、医療班のすぐそばまで迫って来ている。
日影率いるここの部隊が陥落すれば、医療班まで被害が及び動けない負傷兵まで巻き込まれてしまう。
―――けど、撤退はできない。それをすれば、私たちは東京を見捨てたも同然だわ。
そう、たとえどれだけの犠牲を払おうと、隊員が全員死亡しようと撤退という二文字はあり得ない。
東京に拠点を構える関兵本部にとって、その判断は絶対に起こり得ないのだ。
『報告!! 報告!!盾部隊の損害八十パーセント!!後衛隊と関兵第五部隊がヘルプに入っていますが、これ以上は持ちそうにありません!!』
『報告!!報告!!後衛隊、損傷率八十三パーセント!! 至急救助求めます!!』
『報告!! 報告!! 関兵第四、第六部隊、指示された区画のエネミーの一掃完了! 後衛隊と盾部隊の救援に向かいます!』
矢継ぎ早に無線に流れる報告に、日影は顔つきを固くする。
無線で報告されるのは戦況報告。任務を完了した部隊が救援を求めている部隊の所へ向かい敵を殲滅する。だが、十分前までと比較して盾部隊の損害スピードがあまりにも速すぎる。このままのペースで行けば……前線は確実に崩壊する。
そんな中、日影のサポートに入ってもらった関兵第二部隊の隊長、高鷲莉央が声を荒げる。
「日影さん!」
「何、どうかした?」
「後衛隊の損傷が予想以上に早いです! 既に隊員の八割が負傷しています!」
「っ!?」
本来であればエネミーを追い返すのは盾部隊の役割。しかし肝心の盾部隊の大勢が酷く損害を被っており、救援が見込めない。そのため、後衛隊に代わりの仕事を担ってもらったが……とうとう限界が来たようだ。
「不味いわね…。莉央、関兵第二部隊の状況は?」
「はい。彼らも頑張って応戦していますが、なにぶん私を含めた隊員のほとんどの怪我が治りきってない状態なので…」
「っ…、」
完全に手打ち、将棋で言うなら王手の一つ手前だ。こんな状況では事態を先延ばしにすることしたできない。
―――やばい、本当に……、
日影に暗い絶望という容赦ない言葉がのし掛かろうとして……
『みんな、聞こえてる?』




