第二十二話 秘密と…
ちょっと長めです。
さて何をしようか、そんな疑問が実璃の頭を支配している。第一資料室は大きな図書館のようになっており、棚には無尽蔵に書物や書類が詰まっている。
どこから手をつけたらいいか分からない実璃は、とりあえず近場にある棚から見ることにした。
―――これは、名簿?
棚に置いてある大きな冊子。『名簿』と書かれたその書物は少しだけ本棚から飛び出ていた。大方、誰かが読み終えた後と捉えて間違いないだろう。
「重!」
取るとずっしりとした感触が伝わる。椅子まで移動するのが面倒くさいので、実璃は本棚に背を向けそのまましゃがみ込む。
―――行儀悪いけど、まあいいよね。
辺りに人の気配はない。というかこの部屋自体、最初入った時から田澤さん以外の気配を実璃は感じなかった。書物しかないとはいえ、それだけ人が訪れない極秘スポットなのかもしれない。自分だけの空間に申し訳程度の優越感が登る実璃は急ぐことなく手元に集中する。
―――とりあえず読んでみようかな。
恐る恐る開くと、最初にあるのは目次のページ。医療班、盾部隊、後衛隊、関兵など各部隊の名前がずらっと並んでいる。
実
璃は目次を飛び越え、次のページへと進む。そこには一人、一人の隊員の名前が綴られていた。
『阿部 大地。後衛隊第一部隊、隊長。2032年生まれ。東京都杉並区出身。二十一歳で関兵本部に入団。後衛隊として実績を積み、2062年に元隊長の死をきっかけに隊長へと昇格する。その後–––』
絶対に個人情報が書かれている。別に関わりのない部隊の隊員の個人事情などどうでもいいが、………実璃自身には、ほんの僅か好奇心が沸いてしまう。
―――でもまあ、見ていいって言ってたし。良い、よね………。
目に見えない誰かに言い訳するように実璃はページを捲る。
様々な人間が多くの部隊に所属している。時たま白黒になったページが存在し、最後の方には「殉職」と書かれた一文を目にして、小さく息を吐く。多くの人間が亡くなっているという事実、それをただ冷静に受け止めて。
一人当たりの文量はざっと四百字程度、淡々と綴られる文章を実璃は長い間見続けた。後衛隊のページが終わり、医療班、盾部隊のページを一頻り流し目で読み終えたところで、ようやく本命のページがやってきた。
しかし…、
「え、うそ…」
関兵。エネミーに対抗できる唯一の前線部隊、その部隊の数が何故か第六部隊までしかない。
―――どういうこと? 奏たちは第七部隊に所属しているはず……
パラパラとページを捲る。上の階で話した第五部隊の伊東綾や見かけたことがある隊員が載っているが、そんなことはどうだっていい。
どのページのどの欄にも、彼女達第七部隊の存在が書かれていない。第六部隊を終えると、事務員や筆者の紹介ページになる。
消されている、いやはなから存在していないように扱われている。
―――つい最近にできたとは言ってたけど、まさかまだ記録されてないのかな。
何度も紙を見返して、確認する実璃。そうやって繰り返し見ていると、とある見覚えのある名前が飛び込んできた。
『関兵第三部隊 隊長 楼島日影。 隊員 桐浄智彩 隊員―』
「–––ッ!」
見逃していた、というか関係ないページをすっ飛ばすことで発見に遅れた。
―――どういうこと? あの二人は第七部隊に所属する前、別の部隊に居たってことなの?
奏と同じ部隊に所属する隊員の名前が出てきたことで、ページを捲る指を止めた実璃は、そこで顔が強張った。
『2064年。東京湾岸沿いでの戦いにて、関兵第三部隊は壊滅。隊員三名のうち、生還者は二人。一人の死亡が確認され、これを機に関兵第三部隊は永久凍結となる。』
手が震えを訴えていた。2065年は今からちょうど一年前。智彩と日影、あの二人は同じ部隊に所属する仲間を失っていた。
「……」
第三部隊の隊員がどういった関係系を作っていたのかなど、実璃には想像がつかない。
友達であったかもしれないし、険悪な仲だったかもしれない。部外者である実璃が口出しなんて、それこそいい迷惑だ。
でも……実璃は知っている。大切な友達と別れる辛さなら、嫌というほど理解できる。
険悪な仲間割れをした後に仲直りという概念が消え失せる。どんな絆で結ばれていた間柄でも、金輪際手を取り合うことは叶わない。死に別れとはそういうものだった。
パタン、と実璃は書物を閉じる。これ以上不粋な動機で読んでは失礼だと感じ、書物を本棚に戻す。
結局最後まで奏という名前は見つからなかった。
後で本人に訊けばいいと思い、実璃は別の本棚へ移動する。各種様々な本が並ぶスペースを見て回る奏だったが、またしても棚から飛び出ている書物が見つかった。
今度は読んでしまった後ではなく、明らかに書物を戻す場所を間違えたように、棚に嵌り切ってない。
―――なんだろう、これ。
『用語集 (修正中)』という題名の書物。
手に取ると、今度は一般的な書籍とあまり変わらない重さ。実璃は立ったまま、書物を開く。
『関兵…エネミーに唯一ダメージを与えられる部隊。小学校高学年から中学生程度の年齢なら誰にでも素質がある。そのため–––』
―――うーん、用語の解説集みたいな感じなのかな。
実璃はページに目を通していく。と言っても大部分が流し目で、気になる単語があれば、確認する程度だったが。
『エネミー(特殊個体)…本来の戦闘能力をそのままに、特殊な力の備わったエネミー。 能力の多くは発見されていないが、過去見つかった例は三種類。
瞬間的に移動速度を上げる能力。
炎に当たった者の細胞を一瞬にして死滅させ確実に殺す能力。
突如異空間を発生させ獲物を閉じ込める能力。
技…関兵の熟練者、その中でも戦闘能力に長けた者だけが使える戦技。とても強力だが極端に体力を失うため、長期戦ではあまり使われない。
「特異体質」…生まれつき特殊能力を保持している者のこと。一般の人間とは明らかにかけ離れた超人的能力を備えている。なお、戦闘能力とは限らない。数が少なく、重宝される。』
初めて見る情報に、驚きつつページを捲り続け……、
「ん?」
一枚の紙切れが書物から抜け落ちる。実璃が慌てて拾うと、その紙は袋綴じになっていた。
―――修正中って書かれてたし、まだ未完成なのかな?
見れば紙は実際に書物に挟まれていたか似つかわしいくらい、ボロボロになっている。
袋綴じになっているが、綴じ穴と綴じしろが外れて中を覗くことが可能だ。
―――にしても、なんでこんなものが……
実璃が呆れた様子で紙を覗き込むと……、
『注意 この紙に書かれていることは本部に黙認され続けている。第二資料室の図書禁忌区間で見つかった情報を今から書き留める。
635実験 通称・強制×××××計画。2062年まで行われた人体実験。脳細胞に強力な負荷、神経に極度のストレスを植え付けることで人間を特殊能力者へ目覚めさせる計画。
だが、その分体の構造が××××と化す可能性が高い。2055年以前は成人済みの大人にのみ行なっていたが、それ以降は関兵の対象である子供達に行った。だが、コストの割に成功例が少なく、最高指揮官が変わったタイミングで中止となる。確認された大人の成功例は二人、子供は一人のみ。、なお、第一成功例は既に×処分済みでありー』
瞬間、実璃は紙を投げ捨てた。これ以上は読めない。全身が震え、恐怖を訴える。頭がガンガンと警報を打ち鳴らす。乱暴に掻き殴られ、所々の文字が×マークで隠されている。
それは筆者が何か、得体の知れない何かを隠すような必死な思いがみしみしと伝わってくる予感があった。
―――これはやばい、何がやばいのかは分からないけど…
実璃は落ち着きを取り戻すと、ゆっくりと紙切れを拾い、書物の中に戻す。そして書物ごと、元あった本棚に戻した。
「………一旦休憩しよう」
そう言って、実璃は資料室にある椅子へと座り込む。時計を見ると奏と田澤さんが離れてから、既に二十分が経過していた。割と長い時間読み耽ったのだな、と驚きつつ今日はまだ会ってない第七部隊の隊員を思い浮かべる。
―――智彩は自主トレーニング、日影は怪我の治療。みんな、忙しいんだろうな。
実璃が今日、本部でやったことは各部隊へ挨拶で回ったぐらいだ。
生きるのに必死で他人の面倒なんて見てやれなかったスラムとは違う。彼女は本心から実璃を友達だと思ってる、その事実に実璃は心があったまる気がした。
―――こんな日々が、長く続くといいな……
ふと、そんな思いに馳せている時、
ギィー、という扉が開く音。隊長同士の呼び出しが終わったのかと、実璃が思わずそちらに目を向ければ………暗い表情の奏が映し出される。
「おかえり奏。その、何かあった?」
「……」
奏は少しの時間、無言を貫き……やがて答える。
「ごめん、みのりん。今すぐ関兵本部を出て、外にある出撃所に向かって」
その一言で、実璃は察する。
またしても………戦いが始まったのだ。




