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第二十一話 医療総監

「もしかして、嫌だった?」

「え…?」


 遊び場から離れ、別の部隊の所へ向かっている最中、奏がそんな事を呟く。


「友達って呼ばれるの」

「いや、全然そんな事ないよ! むしろ嬉しいくらい」

「本当に?」


 懐疑的な視線をぶつける奏、十中八九綾と奏の前で黙ってしまった時のことだろう。


「…私さ、スラムで暮らしてた時は信頼できる人間なんていなかったんだ。だから、奏に友達って言ってもらえてちょっとびっくりしちゃって……」


 響絆のことは気のせいだったのだろう。自分にとって大切な思い出を引き出さなければならないほど、実璃は前まで追い込まれていた。


 誰もが生きることに必死だったスラム街。人と人との関係など、所詮仕事上の繋がりで何の意味も無さない。自分の身は自分でしか守れない、誰かを頼りにするなどスラム街にとって都合の良い人間に成り果てた。


―――でも、……ここは違う。人との温かさを感じられる。


 奏だけではない。智彩や日影、さっき会った海舟や綾だって同様。みんな、多かれ少なかれ人としての温かさ、人情味溢れる人だった。


 実璃にとってそれは、スラムに住む以前の記憶、まだ両親や学校のクラスメイトと過ごしていた時期と似ていたのだ。


 不安げな態度が漏れていたのか、奏が穏やかに実璃の手を握る。


「言ったでしょ、みのりん。私はみのりんのこと、裏切ったりしないって。だってみのりんは、……私にとって大切な友達なんだから」

「………なら、私も」

「…?」

「私も、奏のこと信じる」


 凛とした瞳で奏を見据えて言葉を紡ぐ。一方的な関係性じゃなく、実璃が奏を信頼するように。


「奏、私と友達になってくれる?」


 ゆったりとした笑みを浮かべながら、奏は万点の笑顔で応じる。


「もちろん!」


 いつかこの繋がりが途切れる日が来るかもしれない。


 でも、そんなの関係ない。


 この決断がいつの日か間違いだと気付いても、恨みや後悔を投棄してその日が来るまでその身を持って堪能すればいいから。


「ところで、奏」

「うん?」

「私たち、どこに向かってるの?」


 実璃と奏は廊下を抜け階段を下っている。別の部隊の所へ行くと言っていたのだが、実璃には詳しい情報は聞かされていなかった。というか事細かに証言されたところで全貌は見識できないというのが本心である。


「ああ、医療班の人がいる所だよ」

「…急に行って大丈夫? 治療とかしてたら迷惑じゃない?」


 不安げな口調で喋る実璃に対して、奏は安心させるように首を振る。


「心配しないで。今から行くのは治療室じゃないから」

「?」


 不思議がる実璃を他所に、奏は階段を降りる。そして、目の前にある両開きの扉の前で足を止めた。

「…第1資料室?」

「そう。本来なら医療班にとって何も関係ない場所だけど、休日の彼女はいつもここにいるからね」


 短く確信を持った一言。同じタイミングで、奏は扉をゆっくりと引く。


 ギィーという軋む音と一緒に扉の中が覗かれ、一人の人物が椅子に腰掛け本を読んでいた。


「! あら、この前ぶりね」

「田澤さん」


 幾許か穏やかな顔つきをした田澤さんの元に奏は駆け出す。


「おはよう、元気そうでよかった」

「ありがとう。だけど、貴方は自分の心配をしなさい。また無茶したんでしょ」

「心配性だな、田澤さんわ」

「茶化さないの」

「えへへ」


 羞恥がほんのりと表情に現れる。嬉しそうに照れる奏から離れ、椅子から立ち上がった田澤さんは実璃の前までやって来た。


「昨日ぶりね、実璃さん。どこも痛めてない?」

「大丈夫です。この前の任務、お世話していただきありがとうございます」

「二人とも、かたーい」

 

 無茶言わないでほしい。


「一応、本部では医療班の医療総監いりょうそうかんをやらせてもらってから、何かあったら、教えてね」


 そう言って差し出される手。本日、何度目になるか分からない握手。握り返せば、今までの人達とは違い柔らかい弾力が押し掛けた。


「よ、よろしくお願いします」


 初めての戦場での体験ということで実璃自身慌てる部分もあったが、田澤さんが気遣ってくれたことで楽に取り組めた部分もあったので内心感謝で一杯だった。


「それで、奏。何用でここに?」

「うーんとね…実は今、実璃と一緒に色んな部隊を見て回ってるんだ。あと残りが盾部隊と医療班だったんだけど、盾部隊は今日合同練習だったし、医療班も絶対忙しいから、田澤さんがいると踏んで第一資料室に来たんだ」

「そういうこと。医療班については説明することないと思うけど」

「まあ、みのりん。医療班のところでお仕事したもんね」

「うーん、困ったな」

 

 と、ここで。


 キーンコーンカーンコーン!


 資料室に時計から、チャイムが鳴り響いた。


「医療班、後衛隊、盾部隊、それと関兵の各部隊隊長に告げる。速やかに、地下室に集合しろ。隊長以上の役職を持つ者も例外なくだ。繰り返す、医–––」


 流れ出る男性の声。最高指揮官の山岸拓也で間違いなかった。小さく舌打ちをする奏は不満を漏らす。


「任務終わった次の日くらい、休ませてよ」

「まあまあ。奏、今日は特に連絡なかったし、危機迫る状況での連絡なのかも」

「私にとって、みのりんとの休日がここで潰れることの方が危機迫ってるよ。……そう言っても仕方ないけどさぁ」


 やれやれ、と言った具合に失笑する奏。そしてこの場で一人、困ったようにたじろぐ実璃を見て–––


「みのりん、ここで待っててくれる?」

「…うん」


 ポンポン、と頭を撫でて奏は実璃を落ち着かせる。


「すぐ帰ってくるから心配しないで。別に戦地に行くわけじゃないから。……あ、何だったら、この部屋にある書物覗いてもいいんじゃないかな?」


 縋るような目つきで田澤さんを見る奏。僅かに目線を泳がせ、だがすぐに「いいですよ」という応答がなされ奏の気が緩む。


「許可も出たようだし、私たちが帰ってくるまでみのりんはここにいてね。下手に外出たら迷子になっちゃうかもしれないし」

「分かった」


 実璃の返事を聞き、奏と田澤さんは資料室から退出した。ぶつくさと文句を言う奏とは対照的に、不穏な予感を覚える田澤さんは弛緩することなく緊張が体に帯びていた。

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