第二十話 綾
名前を覚えていたことに感心する実璃。「そういえば俺の方はまだだったな」と言って、綾は立ち上がった。
「俺は伊東綾。関兵第五部隊の隊長を務めている。よろしくな」
「こちらこそ」
本日二度目の握手を交わした実璃の感想としては、やはり関兵は手がゴツゴツしていると言う単純なものだった。
「それで、奏。どうしてお前がここにいる? お前こういう場所あんま来ないだろ」
「……成り行きかな?」
「ふ、なんだそりゃ」
よく分からない、といった具合に首を振る綾。言葉の意味は説明せず、奏は口を開く。
「綾、自分の部隊のこと紹介してくれない?」
「どうしてだ?」
「来たばかりのみのりんに色々と紹介したくてね。どうせ訓練サボってるだけだし、いいじゃん」
「まあ、構わないが……」
ジト目で返事をする綾はすかさず後ろを振り返る。仲間を気遣う親身な隊長だと実璃は感心したところで、背後の声に耳をすます。
「今度こそ‼︎ デューラーである俺の手札は二十! これは勝ったろ!!」
「くそぉ、俺は十八だ…」
「俺もうバストしてる、お前は?」
「あたいは十九。くぅー、もうちょいでしたのに」
「ふふん、ようやくツキが回ってきたぜ。これで勝てる‼︎」
「なんか盛大なフラグに聞こえるんだが…」
「あ、リーダー突っ立てないで手札見せてくださいよ」
「俺か? …ブラックジャッ–––」
「だからどうしてだぁああああああああああああああッ!!」
悲鳴がこだまする大広間。先ほどからブラックジャックで絶叫が聞こえてくるのはここの箇所だったようだ。隊員の大勢が病みそうな現状に、やる気のない隊長が勝ち続ける運の良さとは神は些か残酷だ。
「おいお前ら、今はトランプを捨ておけ」
「四連勝しといてよく言うわ」
「俺としてはお前らのくじ運の悪さに同情しかねないが…」
「逆だわッ!? 綾のくじ運の良さに俺ら全員ドン引きだわッ!?」
ゲーム開始からデューラーをこなす少年が吠える。総意で背後の四人が頷いているのを見るに、この綾と言う少年は天にも優る運の持ち主らしい。
ギャーギャーと騒ぎ出す自身の隊員を見た綾は、深く息を吐く。
「なら、今暫くは俺抜きで遊べ。俺は少し抜ける」
「マジか! これで俺にも勝機が見えてきた」
「全員が同じ土台に立っただけな気がするけど…」
「よし、では仕切り直していきますわ!」
口々にトランプを持つ少年、少女がそれなりに闘志を滾らせて、ゲームを続行する。見たところ五人に、奏や実璃の存在は眼中に入ってないようだった。
「ふう、こいつらでは無理そうなので俺が説明するとしよう」
「それもそうだね」
「納得していいの、これ…」
疲弊した様子で実璃は相槌を打つ。なんかもう、現場の雰囲気に圧倒されくたびれ果てていた。
「俺の部隊は全員で六人。関兵の中じゃ、守りに重きを置いた部隊でやらせてもらってる。エネミー討伐はもちろんだが、住民の避難誘導とかで護衛しながら戦う時に配属されることが多い。たぶん、関兵だとぶっちぎりで忙しいと思うぞ」
「戦闘効率が関兵ぶっちぎりの最下位だから忙しいんだけどね」
「茶化すな奏。ま、俺から言えることはそんぐらいか。何か質問はあるか?」
そう言われ、実璃は眉間を寄せて脳を悩ませる。関兵に関して聞きたいことは特にない。陣形とか戦い方とか配置とか、そんな事を言われたところで実璃は前線で刀を振るう訳ではないからだ。
むしろ聞きたいのは……、
「あの、奏と綾さんってどういう関係なんですか?」
この二人の関連性であった。
この間の機会では二人はやけに親密そうな間柄だった。隊長同士とは言え、居る場所を把握してお菓子をあげる仲なのだ、実璃が気掛かりになるのも仕方がない。兄弟のような関係性なのか。実璃が想像する年頃の男女といえば結びつく点は一つ。
「もしかして二人はこいび–––」
「みのりん」
「っ!?」
落ち着いた口調で実璃を呼ぶ奏、その目はちっとも笑っていない。
「私と綾はただの知り合い。変な事を邪推してはいけないよ」
「う、うん」
間違いを正すように口を動かす奏。その目はやはり、笑っていない。
「勘違いするな。俺と奏は仕事でいうただの同僚。隊長だけで連絡を取り合ったり、同じ関兵だからよく話しをする知り合いみたいなものだ」
「…そうなんですか」
「ま、かれこれ二年の付き合いだからな。色々疑われるのも仕方がない」
綾の言葉に重ねるように奏も頷く。
「全く困るよね。私にとって大切なのはみのりんなのに」
「私…?」
「当然! だって、みのりんは大事な友達なんだから!」
笑顔でそれでいて少々恥ずかしそうに口にする奏を見て、彼女が胸の奥底でどこか懐かしい、思い出の中の少女と一瞬重なる。
今朝夢を見たためか、内心鮮明に膨れ上がる過去にありもしない類似点が浮かぶ。
―――……いや、そんなはず…ない。
どう考えても別人だ。そもそもあの子は黒髪で奏は白髪、名前も別人、何一つ掠っていない。似ても似つかない容姿、それなのにどうして幼い頃の親友の顔がよぎってしまったのだろう。
そもそも、あの子が生きている可能性など微々たるものなのに……。
諦めたくないのか。
スラムで生活していた時代に、大切なものの多くは置いてきた。数少ない未練を追い求めるぐらいなら、明日に希望を持って生きる方が断然価値を見出すはずだと思っていた。
「みのりん?」
「……」
すっかり黙ってしまった実璃の前に、綾が気を利かす。
「少し疲れているようだ。奏、用は済んだだろう。そろそろ別の場所に移動したらどうだ? ここはあくまで遊び戯れる場所だぞ」
「それも、そっか」
辺りにはカードゲームに興じる大勢の人間、話をするにしてはかなり似つかわない場所だった。
「じゃあ私たちはそろそろ行くね。……行こっか、みのりん」
「…うん」
奏は実璃の手を握り、綾に別れを告げる。
そうして、二人は部屋を後にした。
「大事にしろよ、友達を」
誰に向けたか分からない、そんな言葉を綾は小さく吐き捨てた。




