第十五話 智彩と日影
「指揮官!」
「何やってるんですか!?」
次々と非難じみた悲鳴が上がるが、そんなのを気にする余裕などさらさら無い。日影自身、無謀な事を実行していると言う自覚はある。
―――ふ、私バカみたい。
「ギュギァ––––!!」
炎を吐き出そうと口を開いたままのエネミー、そいつに向かって日影は刀を振りかぶる。
智彩には圧倒的な身体能力を活かす大太刀があり、彼女にとって盾はただのお粗末な錘にしかならない。一見すると攻撃に偏った装備だが、熟練者を優に超えた戦闘能力と智彩の図太い精神がどんな逆境も跳ね除ける。
でも日影には、そんな力も能力も精神力もない。あるのは初練者より若干強いと言う事実と、戦いの経験と状況判断力。関兵の司令塔隊員として彼女は中盤、もしくは後方を任されてきた。
最前線なんて、数回しかやってない。それでも前に出たのはあれを思い出してしまったからか。
―――後悔している…なんて。当たり前よね……
迷いを捨てる。今は目前の敵を殺すことだけを考え、エネミーの無警戒の腹を力強く切り裂いた。
「死ね! この害虫!」
「ギュギュアアアアアアァァァァ!!!!」
あとほんの僅かで炎を吐くはずだったエネミーは悲鳴をあげる。扱い慣れていない刀で、しかし正確に刺し込まれた刀は、見事に本体の石を貫いていた。
まずは一体、そう思った日影が刀を引き抜こうとして–––ぎっちり刀がエネミーの腹の中で固まっていることに気づく。
見れば、せめてもの抵抗と言う様子で目の光を失いながらもエネミーが刀を取り込んで離してくれない。
―――やば!
内心、焦りで一杯の日影だが、好気と言わんばかりに真横から別のエネミーが体当たりを敢行する。
「ギギァ–––!!」
「っ!」
ドン!という衝撃音と共に無人の民家に激突した日影は、壁に体を預けたまま震えるように身を起こす。咄嗟に右手から刀を離したが、そのせいで盾を使うことができずにいる。
威力を軽減できなかった日影は、右手に思い切りエネミーがぶつかり、片腕が麻痺している。
仲間の命を救うはずが、これでは自分の命をドブに捨てたのと同意義。痛みを抑えながら顔を仰げば、誰もが戦う意志を放棄しているのが捉えられた。
―――終わらない敵の襲来。仲間が負傷して擦り減る精神。肝心の私が吹っ飛ばされ、残った隊員は初練者ばかり。絶望的ね。
危ないと思った方に智彩を行かせたが、これでは真逆。らしくない行動を起こしたのが裏目に出たが、どうせ時間的な問題だったのだろう。
またしても、自分が下した決断が間違った答えを生み出した。まともに動けない日影を囲むように、エネミーが迫り歩いてくる。
―――ごめん、みんな。私、…もう……
奏や実璃ではない、どこか誰かに向けてそう告げるようにして…、日影は目を閉じて… そして–––、
「随分としけた顔してるっすね!」
声が響いた。聞き覚えのある何年も、共に過ごしてきた唯一の友。見上げると、智彩が空中でエネミーと交戦していた。
その瞬間、全身が反応する。目を見開き、思い出す。
―――そうだ、まだ…私は、……死ねない!
「智彩!」
「何すか!」
「命令、受けてくれる?」
その一言で、智彩はニヤリと笑う。
「無茶な命令は御免っすよ!」
「ええ、もちろん!」
今から数年前、関兵第三部隊と言う関兵の中で無敵艦隊と呼ばれた最強の部隊があった。
六人構成の関兵では珍しく三人という少数に、最初は心配の声が上がったがそれも杞憂に終わる。
攻撃、攻撃、司令塔といった役割において確実にどの部隊より優っていたのだ。攻撃の二人は圧倒的な力で、一瞬で大勢のエネミーを刈り取ってみせた。司令塔の少女は的確に状況を判断し、部隊の損害はほぼゼロに等しかった。
まさに国の希望の星であり、唯一の灯火だった。
けれど、そんな少女達は、ある日唐突に解散することになる。
甚大なる大損害を受け、攻撃である関兵が殉職したからだ。
そして、生き残った少女達は今––––
「智彩、エネミーを全員ぶっ倒して!」
「了解っす!」
余裕と言わんばかりに、大太刀を振るう。急に現れた謎の敵、そんな認識で智彩に襲いかかったエネミーに強烈な寒気が激流する。
「–––!?」
何かを察したエネミーが羽を旋回させ、離れるもそれは到底間に合わない。
「斬ッ!」
空気が切り裂かれ、風の鋭利な塊がエネミーに到達した刹那、数体のエネミーの身体が二つに綺麗に弾け飛ぶ。
こうも簡単に勝者を気取っていたエネミーが破れ去る、目の前の現実が信じられないと唖然とするエネミー達に、智彩は立ち止まらず一段と加速する。
「残り四体。一気に決めさせてもらうっす!」
決め台詞を吐くと、両腕で大太刀を掴み俊速の勢いで十字形に切り裂く。何もない空気を斬った智彩は激烈さそのまま、今度は肩の上から大太刀を振り下ろす。
「三連斬ッ! ––––––––ぶった裂ろやッ!」
空を裂き、殺人的な威力を誇る風を威力上乗せで飛ばす技。爆発的な攻撃力とそれに耐えきれる身体能力を持つ智彩にしかできない必殺の技だった。逃げ場を失ったエネミーは各々が散り散りに逃げると言う選択をせず、流れるままに智彩の技を食らった。
真っ二つ…ではなく血飛沫を飛ばして三等分に吹き飛んだエネミーは、数百メートル以上飛ばされ、散り散りに飛び跳ねて視覚から消えていく。
あれほどの襲撃を受けて、奴らが生存している可能性は存在しない。圧倒的な力がそこにあった。
唖然と棒立ちになる隊員を尻目に、日影はホッと胸を撫で下ろす。過程がどうあれ、最小限の犠牲で事態を突破することができたのだ。
「と、とと!」
敵を倒した張本人、智彩は自身の攻撃の威力を消し切れないのか、空中で回転しながら速さを緩和して落下………しようとするがそれでも激しく墜下する。
「智彩!」
日影が声を荒げるのと、智彩が地面に叩きつけられたのは同じタイミングだった。這いつくばりながら痛みを堪えて智彩に近づく。
「っ痛! いやぁ、やっぱ無茶するもんじゃないっすね」
腰に手を当て、辛そうな表情のまま悔恨に陥る智彩。怪我が気になるも、見た感じ命に別状はないようだった。
自分と同じく地面に横になる智彩に、日影は微かに震えていた。
「バカ! 本当にアホなのあんたは! もしあんたが死んだら私……」
「顔を上げるっすよ、日影」
怒りと心配が浮かぶ表情に、智彩が声をかける。彼女の顔色は優しげに目が細まっていた。
「結果オーライっす。それに日影だって無茶したじゃないすか」
「う、それは…」
「ふぅ…、アタシが来なかったら、死んでたっすよ」
非難の視線をぶつける智彩に、日影は黙り込んでしまう。智彩に命令をする前、日影もまた危ない行為を犯した。彼女の言うように、智彩の助けがなければ確実に命を落としていただろう。
「いくら隊員がピンチだからって方法はいくらでも…」
「…………わよ」
「え?」
「……目の前で仲間が死にゆくざまを、見捨てる真似なんて……私には、できないわよ」
それは、決して正義のヒーローに憧れているわけでも善意で言ってるわけでもない。
「たとえ、見知った隊員じゃなかったとしても、私は黙って素通りなんてできない。だってそれをしてしまったら、私は絶対…」
「後悔する、すか」
分かっていたように言葉を発した智彩に、怒ることなく日影は頷く。お互い横たわったまま、感慨深そうに空を見上げた。
夕刻を過ぎ、月の光が後少し差し込む時刻。昔を想起するように、日影が言った。
「智彩、あの時のこと怒ってる?」
「日影に? 無いっすよ。あれ直後ならまだしも、今となっては冷静に向き合えるようになったっすから」
「そう……」
「…でも、そうっすね。日影なら、もう少し上手くやってくれる気がしたっす…」
「……」
静寂が広がる。他の隊員は、徐々にこれからの算段を立てようと、行動を起こしている。身体を起こすことが難しい日影は同じ体勢のまま、智彩に話しかけようと口を開いたところで、先手を打たれる。
「一つだけいいっすか?」
「構わないわ」
「…どうして、奏の部隊に入ったっすか?」
短く問われた一言。そんな彼女の問いに日影は深く息を吐く。
「そうね、彼女が–––」
何かを懐かしむよう日影は小さく呟いた。
「昔の私達の目を、していたからかもね」




