第十四話 日影
ヘリで降り立った場所から数分移動した先にある医療班の簡易テント。戦闘で負傷した部員が運ばれる多くのテントは慌ただしい雰囲気が室内から一層漂ってくる。
―――すごい…。
実璃と奏は、負傷者を治療する救護隊の近くまで来ていた。薬品と何かが腐る激臭が広がり、医療服を着用した医療隊員が休む暇もなく看護に追われている。
「うぅ…、痛い、痛い。もう嫌だ」
「大丈夫です。まだ、頑張れますから」
負傷者が弱音を上げると、そっと看護の人が来て必死に励ます。重患者の人は必死に治療を施されながら軽傷者はそっと戦いの準備をする。十中八九、戦地に戻る気だろう。現場の必死な状況が伝わりながらも、誰一人弱音を吐いていなかった。
一見地獄のような状態だが、誰もが希望を持って取り組んでいた。
「救援が来るって知って、みんな頑張ってる」
小声で囁かれた一声。されどその言葉には重みが乗っていた。
「あら、貴方」
見知らぬ人間が居ることを不審に思ったのか、女性の医療隊員が声をかけてくる。
年は四十代そこら。眼鏡をかけ、黒と白の修道服を身に付けたその女性はえびす顔を醸し出す。ハーフっぽい顔立ちは、若い頃清純な麗人だったであろう面影がうっすら残っている。
あたふたする実璃だったが、トンっと後ろに回った奏から肩を押される。
「田澤さん」
「! 奏じゃない。どうしたの?」
二人は知り合いなのか、柔らかい口調で話し込む。
やがてホッとした様子で手を叩いた奏は、事態が飲み込めないといった具合の実璃を指さして告げる。
「この子、新しく入った第七部隊、専属のサポーターなんだけど。今日のところは田澤さんのところで面倒見てもらえるかな」
丁寧に紹介を済ませると、女性が状況を把握する。
「あなた、名前は?」
「……尾花、実璃って言います」
「実璃さんね。私は田澤、この救護隊のリーダーを務めているわ。早速だけど、ついて来てくれる? 関兵部隊の医療班の場所まで連れていくから」
「…はい」
実璃は言に従って、奏から離れる。歩みを開始する二人に、奏は立ち止まったままだ。
「奏?」
首を傾げる実璃に反して、奏は穏やかに微笑む。
「私は別でやることがあるから。それを済ませた後、また合流するね」
そう言い切って、奏は静かに実璃に背を向ける。本部に来てから、初めての離別だったが、弱音を吐かないよう胸に刻む。
―――私には、もう居場所がある…
意を決して、自身最初の任務に決意を燃やした。
…
瓦礫が舞い散り、すぐそばの建物が倒壊する。智彩が複数のエネミーと交戦する場所から五百メートルほど離れた先、そこでもまた関兵とエネミーの戦闘の熱が広がっていた。
「そこ! よそ見してる暇があったら、後退しなさい!」
中央で指示を与える少女–––日影は、疲労からか身体がおぼつかない隊員を見かけ叱責を飛ばす。
自分の足が止まっていることに気がついた少年は、慌ててその場から離れるもエネミーによる突進の余波を喰らい、軽く吹っ飛ばされる。
「良太!」
「そんな…」
「落ち着いて! まだ死んじゃいないわ。今のうちに最後尾と交代して! 手の空いた者は彼の手当てを!」
「「わ、分かりました!」」
指示を受け、良太と呼ばれた少年の持ち場に代わりの隊員が入ってくる。吹き飛ばされ意識のない彼を手当てするように二人の少女が近くに寄る。
何度繰り返されたか分からない、そんな光景に日影は舌を噛む。
―――ち、そろそろまずいわね。
奏の命令を受け、智彩と日影は第二部隊の救援に向かったが、その途中無線にとある連絡が入った。
一つは『現在、第二部隊と第四部隊が共同でエネミーの対処をしているが、状況が深刻なので関兵の救援がほしい』とのこと。
もう一つは『たった一人でエネミーを抑えている関兵がいるので、そちらもどうにかしてほしい』と言うことだった。
派遣されている関兵第七部隊の人数は三人。奏は別の仕事があるらしいので、智彩と日影で捌き切るしかなかった。
―――智彩は超攻撃特化型の関兵。私は司令塔タイプの関兵だから、より危険な方をお願いしたけど、こうなってみると二人で回って倒していった方が良かったかもしれないわ。
日影が合流する前、第二部隊は隊長不在のために第四部隊が主に指揮を取っていた。
全員で十一人だが、重症を負い、動けない者が三人いる。
はっきり言って限界が近いのだろう。先ほど一人の少年が離脱したのを皮切りに、段々と押される回数も増えている。
「く、このままじゃ…」
日影の表情に曇りが見えた時、とうとうその均衡が破れた。
「! うわ!」
ローテーションで攻撃を仕掛けてくるエネミー、対してこちらは疲労を回復する暇がない。その隙をついたように、攻撃を凌ぐトップの一角を務める少年が、エネミーの攻撃で足を滑らした。
「っ、くそ!」
勢いそのまま尻餅をつく少年はそのまま座り込んでしまう。当然、そんな獲物を逃すはずもなく、エネミーは牙の尖り切った虚空を開く。
「炎! だめ!」
「くそ、どけよ畜生‼︎」
隊員それぞれが悲鳴を上げ、持ち場から離れた瞬間–––完全に陣形が崩壊した。
戦いが始まって二十分ほど、敵は攻撃の手を刻一刻と強めていき、下落するまでひたすら同じ手を続ける。姑息で汚く狡賢い、エネミーらしい算段だった。
―――ああ、覚えている。
ふと、絶望がのし掛かるそんな有様を見て、日影は夢を見た。
暗く苦い、思い出すだけで後悔が残るそんな夢。
………。
……。
『嫌だ、嫌だよぉ……なんでこんな、こんな結末』
血塗れになった友人の身体を抱きしめ、一人の少女が泣いている。私はただ茫然とその場で立ち尽くしていた。
『……はは、私もついに寿命が来たか。…ま、あと数年は……、持って欲しかったけど……』
名残惜しそうに少女を見つめる女性はどこか悔しそうで、同時に誇らしげでもあった。
『後のことは任せていいかい、日影』
『…っ』
『なあに、今回が想定外だっただけで君なら大丈夫さ。きっと、立派なリーダーになれる』
納得できない。己の不甲斐なさに腹が立つ。
ましてはやり遂げた、といった具合に満たされた表情をする女性が……とても悲しかった。
『何、きっと大丈夫だよ。……少なくとも、私は、…そうだね、非常に…満足のいくものだった』
涙を堪える私に、どこか笑うように女性は言う。
『私からのお願いだ。日影、どうか智彩のこと任せるよ』
………。
……。
―――そう、私は……、
日影は止めていた足を大きく振り起こす。
あの結末を……これから体験するのだとしたら、そんなこと……、
「許せるわけ、ないでしょうが!!」
瞬間、土砂が爆ぜた。何事かと、疑念に諭されるように周囲に眼を凝らすと、驚愕で息を呑む。
場の指揮を担っていた日影が、攻撃を仕掛けてくるエネミーの正面へ足を踏み込む。陣形が崩れた今、中盤の一つを補っていた役割も意味をなさない。そう考えた日影の策だった。




