第十二話 助け
遅くなりました。
鼻腔に湿った異臭が傾れ込む。辺り一面瓦礫で覆われ居住地は壊され火焔が吹き荒れる。
市街地であったこの場所は以前と比べ物にならないくらい崩壊の一途を辿り、安全地区の機能は失われている。幸い住民の避難は済んでいるが、それも安全とは言い切れない。
本部からの部隊がやられたら、彼らの安否は限り無く低下するからだ。
そして、エネミーに対抗できる唯一の前線部隊、関兵。その部隊は現在絶体絶命の境地に落とされている。
彼女、高鷲莉央もその一人だ。
「っ、…数が多い」
関兵として戦う隊員はほとんどが盾と武器の両方を装備する。第二部隊は、全六人から構成される関兵の中でもバランスに重きを置いた部隊であり、それぞれに役割を担っている。
本来は前から2ー3ー1という布陣を形成し、トップの二人がエネミーの攻撃を凌ぎ切り、中盤の三人がその間に攻撃するといった内容。最後尾は回復や消耗した仲間と入れ替わり攻撃に参加する。
完璧な構成、これまではこの作戦で上手くやってこれた。
それが今日………瞬く間に崩壊した。
「ギュギュ」
「ギギャァー」
「ギギ」
目に映る三体のエネミー。それぞれが牙をチラつかせ、莉央は空気が張り詰め身を沁みて闘気に襲われる。第二部隊隊長である熟練者の莉央を除き、残りは皆初練者。任務では住民の避難と十四体のエネミーの撃退だった。
二つの部隊の合同作戦。住民を隣の地区に避難誘導完了させ、エネミーを半数近く倒し終わった頃までは上手く行った。そのまま何もなければ良いものの、新たに三十体ほど現れた時の絶望感は凄まじいものだった。
気づいてみれば、仲間は半数が怪我を負い、自身はその間の時間稼ぎ。
別れる際に「絶対に倒してまた合流する!」という言葉投げたが、どうやらそれは果たせなくなりそうだ。
「ギュギュァ––––‼︎」
「っち!」
舐めるような視線を向けて、瓦礫に佇んでいた一体のエネミーが莉央に飛び掛かる。当然予測していた莉央は左手の盾で防御の構え、頭から突っ込んでくるエネミーは気にせず爆速で突進。
カキン!という金属音が鳴り響き、エネミーの頭部の勢いを相殺する。僅かに体幹がブレるも、相当量の魔力を流し込まれた関兵の盾はどんな物理攻撃も通さない芯の強さがある。左手に力を込めて縦方向に推進力を上げると、風圧でエネミーが逆方向に少し吹っ飛ぶ。
「死ねぇ! この害虫‼︎」
上体を捻って盾を低く下げる。そして、密かに溜めていた魔力の籠った刀で突撃したエネミーの胴体を切り裂いた。
硬い粘膜が核兵器さえ寄せ付けなかろうと関係ない。この刀の主成分はエネミー本体から取っている。
「ギュ、ギギッ!」
少々痛そうに咆哮を揺らすエネミー、だがその傷はごく微量なもの。中心の赤黒い石に突き刺さないかぎり死なず怪我も自然治癒される。大方、この傷もすぐ治ってしまう。
―――どこだ、どこに本体がある?
一瞬動きを止め思考を巡らす莉央、だがその隙を見逃さないとばかりに産声が響く。
「ギュギュギュギュァァァァ––––‼︎‼︎」
一段と大きな声を震わせ、別の個体が全速力で向かってくる。注意が逸れ、動きが緩慢になってしまう莉央は咄嗟に盾に魔力を流し込むも、間に合わない。
瞬く間に間合いを詰めたエネミーによって莉央は吹き飛ばされ、勢いそのまま崩れかけた住宅の壁に衝突。烈しい衝撃波が全身を貫く。
「かはっ!」
血が噴き出るも、止まっては終わる。頭に当たっていたら脳震盪を引き起こしたであろう、その威力。幸いにもどこも折れていなかった。
衝撃で意識が沈みかけるも堪えて、眼を見開く。その先では、二体のエネミーが大柄な口を開いていた。
―――まずっ!
痛みを主張する身体を引っ張り、舌を噛みながら地面を蹴る。
本部勅令の装備は靴にも適用される。靴から爆裂音を響かせ、機敏さでその場から脱出した莉央は間一髪紫色の炎を避けることに成功する。
莉央は正面を見据えて無防備な敵の背後へと爆発的な加速。痛みを堪え、何も気付かないエネミーのうち、傷を与えた方に標的を絞ると空中を舞うように一回転。
機動力を高め、自身の血が飛び交うのも気にせず、刀を真下に向けて斬撃を落とす。
「ハアアアアァァァッ!」
渾身の一撃。決まればエネミーの命を刈り取れる……その一差しは、ドンッという音と共に莉央の身体ごと落下した。
「ギギ」
土煙が噴き、今度こそ動かなくなった全身から血が吹き出していた。血の染みが地面を濡らす中、莉央は敵の姿を確認する。
三体目、静観を決め込んでいたエネミーがここにきて手を出してきた。
溜まった疲労に集中力を低下された。敵の弱点を突くことで我を忘れ、敵の数を見誤った。それ以外にも様々な敗因が重なって、対応できるはずの三体にやられてしまった。
沈みゆく思い、徐々に薄れていく意識が現実と虚像の境界線を無くしてしまう。
既に死にかけとなった莉央にエネミーが寄って来る。数は三体……いやそれ以上。
ぞろぞろと、獲物を見つけたハイエナのように腐臭を漂わせ近づく。最初から全員で襲わせれば良いものの、一瞬の希望を見せて容赦無く殺す。人類が敗北する薄汚い害虫らしい思惑だった。
―――みんな、ごめん。私守れなかったよ。約束。
うっすらと涙が伝う。ゆっくりと迫り来るエネミーの集団に、莉央はなす術がない。防具のおかげでもう少し生きられそうだが、それはこの状況ではむしろ悪手だ。
美味しいご馳走をじっくり味わって食べようという考えのもと、エネミーは莉央に一歩一歩距離を縮め………
その刹那、何体かのエネミーの首が跳ね飛ばされた。
「「「ギギァ⁉︎」」」
途端、エネミーの態度が急変。集団で陣形を組み、加害者の存在を探すようドス黒い眼球を移動させ周囲に注意を促す。
頭と半身がゴッソリ切断された仲間は出血多量で再び身体を動かすのも時間がいるだろう。三分の一が損傷を受けた事態に、辺りが緊迫した息苦しさに支配される。
―――いったい何が……、
莉央が朦朧とする意識を覚醒させ視界を開くと、同年代の少女が宙を跳躍している様子が窺えた。
凄まじい速度でエネミーの頭部を切り落とした少女は、エネミーから距離を取って慣れた振る舞いで地表に降り立つ。
その少女には盾がない。少し前、実璃はてっきり関兵全員に奏と同じく盾と刀が支給されていると思っていたが、実際のところ違っていた。その少女―智彩は両手で一刀の大太刀を握りしめ、疑念の形相を浮かべる。
「エネミーが援軍を引き連れて徒党を組むなんて初耳っすよ。こりゃ関兵が壊滅状態になるのも頷けるっす」
そう言って肩の力を抜き魔力を込め、腰を低い位置に下げて、両腕を前方に押し出す。
智彩の身構えは剣道のそれとはわけが違う、人として化け物を葬る殺戮の太刀筋だ。加えて智彩から溢れ出る威圧感は、勝者のムーブを醸したエネミーをじりじりと後退させる。
「来ないならこっちから行くっすよ‼︎」




