第十話 戦闘準備
本部。彼女達が向かう先は、実璃が説明を受けた地下ではなく入り口からすぐ近くにある開けた学校の校庭のような場所だった。
「ここは?」
「任務が下された時に集まる待機場だよ」
キョロキョロと辺りを見渡す実璃に、奏が静かに教える。周りには白い衣服を着用した人達、少し離れた先には見るからに重装で固められた屈強な身体を持つ集団が集まっている。前者は女性の比率が高く、後者は男性が多い。
「この人たちは、朝言った医療班。向こうは盾部隊だね」
そう言われ、実璃は朝話していた内容を思い出す。
―――関兵って言うのはエネミーに致命傷を与えられる前衛隊。でもそれだけで成り立っているわけじゃない……か。そういった人たちが集まるってことは、これから戦闘が始まるってことなのかな?
エネミー、奴らがまた襲ってくる。そう考えただけで実璃の心の奥底に様々な想いが湧いて出る。
全てを奪われた憎しみ、それと悲しさ。何をしても奴らにはし足りなかった。
「戦闘はここで始まるの?」
「ううん、今から来る何台かのヘリコプターに乗って現地まで行ってから。にしても、人数が少ないなぁ。後衛隊がいないし、私たち以外の関兵の前衛隊の姿が見えないから、もう現地に行ってるかもね」
と、ここで姿を消していた2人がようやく戻ってくる。
「奏、実璃。遅くなってすまないっす。見つけるのに手間取っちゃって」
「でも、ちゃんと人数分見つけてきたわ」
ぜいぜい、と肩で息をするように手に膝をつくと、大きいバッグが実璃を除いた全員に渡された。
「うわ、一昨日着たはずなのに、もう綺麗になってる! 普段なら洗濯乾燥に5日は費やすのに」
「はぁ、はぁ、それだけ、今回の任務が重要ってことじゃない…」
「日影。息を整えてから喋るっす」
「それも、そうね」
嬉しくなさそうに感慨に耽る奏は、日影と智彩が落ち着いたのを見計らい、バッグを床に置いて側辺につく左右の紐を同時に引っ張る。
すると、スーという音と共に上のファスナーが開かれた。
「相変わらず古典的ね」
「それは言わない約束っすよ」
「二人共、それより中を」
ずっしりと詰め込まれ重みのあるバッグ。中には関兵が戦闘際に使う白と黒で彩られたシンプルな軍服、それと刀と盾が詰められていた。
―――これ、見覚えがある。
実璃が最初に奏と遭遇した際に見た刀と盾。それぞれが1つずつ納入されている。
恐らく内容物は全員同じ、盾は片腕の半分ほど長方形で形取られそれほど厚みは無さそうに見えた。
刀は刀装具で保護されており、奏の刀は持ち手の部分に楷書で「音」と刻まれている。
―――どういう意味なんだろう。
奏含めた三人は、支給された軍服とそれ専用の靴を着用する。
「いつもながら服の上から着れるのは便利っすけど、ちょっと暑いっすね」
「我慢しなさい。政府勅令の特級素材よ、防具ならこれに優るものはないわ。この装備は人間が出せる限界をゆうに超えた身体能力を出すことができる優れ物。無線機能もあって仲間と連絡も取り合えるし、あんただってこの服に何度助けられたか分からないでしょ」
「そりゃそうすけど、」
「これでも最初の頃に比べてだいぶ通気性は良くなったんだよ。それとも盾部隊の重装備借りてくる?」
「いや、それは勘弁っす」
じゃあ文句言わない、と奏に注意され智彩は短くため息を吐く。そっとジト目を向ける日影だったが、付近がざわめき出したのを察知してそっと目を見張る。
「ねえ、あれって」
日影の言葉に同調するかの如く、一斉に同じ方向を向く。その先には通常なら絶対にありえないはずの存在が待機所に歩いて来ていた。
「最高指揮官……、どうしてあの男が出てくるの?」
「任務報告にもいたし…」
ざわざわと場に困惑が波紋していく。待機所は各個人が戦闘の準備をする場所であり、学校の朝礼のように、立場の高い教師が話をする場ではない。
ゆえに今まで、現場の輪を規律する隊長は居ても、本部からの指揮官が来ることはなかった。
「注目! 諸君、指揮官殿が御到着なさられた!」
部下っぽい配下が声を荒げると、待機場は一瞬のうちに静まり返る。中には指揮官を初めて目にした者もいるようで、懐疑、畏れ、好奇心が男の元に交差する。
「本部最高指揮官を務める山岸拓也だ。今回急遽諸君らを召集したのは、現場がかなり厄介な事実に直面しているためだ」
途端、先程までの騒々しさが息を吹き返す。多くの疑問と理由を求めるヤジが発生して憶測が飛び交う中、ただ一人指揮官は場が静寂をもたらすまで口を閉じる。
―――学校の先生にでも、なってるつもりかな。
暫くして、静かになったのを確認すると指揮官は話を続ける。
「諸君らには今から東にある第八安全地区に行ってもらう。約二時間前、任務中だった関兵第二部隊、第四部隊から連絡が入り、新手のエネミーが三十体ほど海面から現れたという連絡を受けた」
「「「‼︎」」」
智彩と日影が唖然とした表情になり、奏が苦虫を噛み締めたような苦悶の顔をする。
普通であれば関兵一人で対応できるエネミーは一体、例外はあるが数少ない熟練者であっても三体が関の山である。四〜五体の集団で行動するエネミーは、他の同種を嫌い群れが同時に出現することなど滅多に起こらないはずだった。
―――それが、起きてしまった。これはだいぶ不味い状況なのかもね……。
奏は冷静に局勢を思案する。
ほとんどの関兵部隊は人数が六人で構成されている。盾部隊と後衛隊、それと医療班は関兵のサポートに徹しエネミーへの有効打を持たない。
つまり、三十体のエネミーが現れたということは、部隊の隊長が仮に熟練者であっても全てのエネミーに対応することは不可能だ。
このままでは第二、四部隊は死ぬ。そればかりか退避できなくなれば後衛体も危ない。その被害を極力減らすため、動員されたのが今いる隊員なのだろう。
「現状、かなり厳しい状態だ。第二部隊は既に三人が重軽傷を負い、規律が取れなくなっている。第四部隊がなんとか持ち堪えているものの、もって三十分といったところだろう。そのため諸君らには、今からすぐ現場に急行してもらう」
指揮官が空を見上げると、上空から何台かのヘリコプターが降り立ってくる。
「見計らったね、タイミングを。これも見えていたのかな」
待機所のスペースに素早く降り立った何台かのヘリコプターは本部直属の高性能機械が取り込まれている。音に敏感なエネミーに察知されないよう動作音が極力しないよう設定されているためだ。
「諸君らの任務は関兵とその他部隊の保護だ。エネミーは極力倒せ、現場の部隊が全て帰還したのち任務は完了とする。支援物資はヘリに可能な限り詰め込んでいる。私からは以上だ。何か質問は?」
誰も異論はなかった。
沈黙を了解と取った指揮官は、最後に送り出すための言葉を告げる。
「諸君らの生還を祈っている。と言っても、今回に関しては大丈夫だと思っている。……期待しているよ、関兵第七部隊」
一瞬、指揮官の目がそっと少女達に向けられ、すぐに外套を翻して場を後にする。待機所にいる隊員が総じて、なぜ第七部隊の存在を挙げたのか意図を汲み取ることができなかった。
ただ一人、奏を除いては。
「これから先、絶対に殺させないよ。実璃だけは」
何かを決心するように、奏は拳を強く握りしめた。




