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第九話 始まりの合図

「? 私の髪がどうかした?」


 沈んだ表情を察ししたのか、不安げな声が奏の耳に響く。

 

 てっきり髪に何か不味いものでもついていたのか心配な実璃。「なんでもないよ」と言われ、それはそれで心配になるも、触れられている間に心なしか落ち着きを取り戻す。


「そうだ、みのりん。シュシュって付けたことある?」

「シュシュ? …ああ、ヘアゴムのこと?」

「うーん…、髪を一つに纏めるという点ではそうとも言うけど……まあいいや。付けてみたら分かるよ!」

「え、ちょ、奏」


 慌てる実璃を綺麗さっぱり無視すると、実璃の長髪を後頭部で一つに集結させ、ポケットの中に手を入れてヘアゴムを取り出す。徐々に実璃が冷静さを取り戻して、慌てなくなったのを見計らいゴムで髪を縛る。


 そして、逆側のポケットから本命であるシュシュを取り出す。


 実は、出かける際に着けさせようと思っていたがつい忘れてしまい、そのままずるずると今この瞬間にまで遅れてしまったのが奏の内心である。


―――けど、ある意味これがベストタイミングだったかもね。


 出かける際は準備に追われていた為、ここまで髪質の状態が悪いことに気が付かなかったかもしれない。


 奏はシュシュを付けて二重にする。

 シュシュが潰れないよう中のゴムを持ち、布を片方に寄りを付けると、布の面積の小さい部分で一重目、二重目で寄せた布が柔らかくうねりを加える。


「出来た!」


 シュシュの色はシルバー。黒い髪の持ち主にとって、これ以上ない奏のセンスである。模様がなく「シンプル且つ至高!」という奏の考えに基づく物だったが、おずおずと反応を伺うと、前から声がした。


「……ねえ、奏。なんで私にこれだけのことをしてくれるの?」

「え、嫌だった?」


 好みの髪飾りじゃなかったのか、と憂慮で溢れそうになる奏に実璃の強い感情が打ち当たる。


「違う! そうじゃない、そうじゃないよ!」


 理解はしている、ただそれを受け止めていいのかという蟠りが残る表情。手が震え泣きそうになる声色に奏は、なんとなく心情を察した。


 そうして、後ろから優しく抱きしめる。


「私にとって、みのりんはね。大切なんだ」

「理由になってない」

「今は分からなくていい。でも、そのうち言える時が来ると思う。だから、その時まで待っててくれないかな」


 穏やかに、宥めるような声。何かを隠すような含みを持った響きのある台詞には、堪えられない後悔と温かさがある気がした。


「……騙してるわけじゃないよね?」

「もちろん。今までみのりんの周りにどういった人が居たか知らないけど、一つだけ確信して言えることがあるよ」


 奏はそう言って、実璃へと向き合う。奏の目の前にはどこを歩いていいか分からない迷子の子供がいる気がした。


「私はみのりんを裏切ったりしない、絶対に」


 真っ向から直面する奏の瞳孔は微塵たりとも嘘を感じ得ない、信頼しきった目だった。 その表情と瞳に魅入られた実璃は、意識と言葉が同時に発せられる。


「……分かった。待ってるよ」

「! えへ、ありがとう」


 心の奥底から嬉しそうな顔。そう言って、頭を撫でる奏はどこか嬉しそうだった。


―――奏、彼女なら信じていいのかもしれない。もう一度、あの子みたいに……


「あったっす」

「確かにここね。でも念の為開ける前に聞いた方が、」

「大丈夫っすよ!」


 シャ!っと開けられる試着室のカーテン。確信を持って智彩が開くその場所には、ペアルックの如く同じ服装の実璃と奏が抱き合っていた。


「………………………………………………………お楽しみ中、失礼したっす」


 シャーと閉められるカーテン。 遮るように二人の声がこだました。


「「いや、誤解だから—‼︎」」




「ふう、しかし疲れたっすね」

「ちーちが変な勘違いしたおかげでね」

「勘違いも何もあれはどう見ても完全にバカップ……何でもないっす」


 冷たい視線をぶつけられ、黙り込む智彩。やれやれと言った具合で呆れる日影は、自分の注意を無視した罰だと、智彩に責任を押し付けた。


「さて、目的の一つも無事済んだようだし。ショッピングモールの次はどこ行こうか」


 楽しそうにスキップをしながらはしゃぐ奏は、早くもどこか行きたそうだ。左手には実璃と選んだ服(自分用)が入っており、ドレスを試着した後に選んだ服も何着か仕舞われている。


―――日影の荷物は何だろう?


 試着室での一悶着があったのち、知らず知らずのうちに割と大きめの袋を日影が肩にかけている。「日影、経費使いすぎて禁止令出されたからアタシのお金が使われたっす!」と悲鳴を上げていたので、多分衝動買いをしたのだろうが、内容までは想像つかない。


―――食品なのかな?


 お菓子類だけでは多すぎないかと、頭を捻らすもどうも納得がいかない。後で本人に聞く事にしよう、と決心を固めた実璃は奏に呼び止められる。


「ねえねえ、みのりん。今ちょうど二時くらいだけど行きたい場所とかある?」


 パッと聞かれた一言に実璃は考えを悩ますも、ふと頭の後ろにつけられた髪飾りに傾注した。


「奏、私本屋に行きたい」

「いいけど、どうして?」


 疑問を問いかける奏に、実璃は初めて欲求を口にした。


「色んな髪飾りについて載ってる本を見てみたい」

「私があげたのじゃ不満?」

「違! そんなこと、」

「ふふ、冗談だよ。でも嬉しいな。少しでもみのりんがオシャレに目覚めてくれて」


 顔に笑みが広がる奏はそう言って実璃にもたれ掛かる。その様子に僅かばかり顔の赤くなる実璃だったが、かといって拒みたい気持ちはなかった。


「また始まったっす」

「奏。やけに嬉しそうね。昨日の戦闘帰りからやけにテンション高くない?」

「……アタシらの前であんな表情あまり見せた事ないっすからね」


 後ろでの内緒話は実璃と奏の耳には入らない。呆れた態度で智彩と日影が、話題を戻そうと声を荒げようとすると、


 ピーピー!!


「「「!」」」


 奏、智彩、日影、それぞれの携帯から音が鳴り響いた。


 神妙な目つきで顔を見合わせる3人は、何かに気づいたように一斉に相槌を打つ。


「……?」


ただ一人、何が起きたのか分からないのは実璃だけ。


「ごめん、みのりん。お出かけはここで中断だよ」

「……何が、あったの?」


 得体の知れない雰囲気を感じ取った実璃は質問する。


 それに対しての答えは、単純だった。


「エネミーが現れたんだよ」


 一つの少女達の日常が終わる。次に始まるのは、課せられた過酷な戦闘という名の絶望だった。

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