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忘却の魔王と百日の夜  作者: 芍薬
1月目
9/22

第8話「好きなだけ」

 ふわふわと漂い、儚く消え行く湯気をリィは目で追った。

 ゆっくりと視線を目の前の皿に下ろす。湯気をたてているのはスープだ。


 なんだろう、これ。


 いや、スープだということはわかる。問題はその具だ。

 スープ皿に釘付けになっていると、斜め向かいの席に座ったヴァルが「嫌いか?」と聞く。


「これ……」

「玉ねぎのスープだな」

「玉ねぎ」


 スープ皿からつき出したこの尖りは玉ねぎらしい。

 小さいもののようだが、まるごと投入されている。


 玉ねぎと言えば微塵切りにしたものしか知らない。

 いや、玉ねぎに限らない。リィは野菜にしても肉にしても、細かく刻んだものしか見たことがない。

 嵩を増やすため、教会では具材は小さく切っていたのだ。

 それにしても、子供たち全員の皿に具が行き渡るわけではない。肉が入っているかどうか探すのが、いつも楽しみだった。


 このスープはどうだろう。探すまでもなく肉がスープの中を泳いでいる。

 分厚く切ったそれを見て、リィは何日分になるだろうと考えてしまった。


「無理に食べなくてもいい」


 言われてリィは顔を上げた。

 その顔を見て、ヴァルが瞬いた。


「何故泣く」

「食べてもいいの」


 こんなごちそうを前にして、実は罠なのではないかとリィは呆然と思う。

 冷静に考えれば、そんなことをする利点が彼にはないが。


 魔王はリィを飢えさせるつもりはないようで、夕方ごろジェンが食事の席に呼びに来た。

 言われるままに魔王と同じ席につき、出されたものは魔王と同じメニューだ。


 ……いいのかな、これで。


 あまりにもなんというか、無頓着すぎないだろうか。

 素性も知れぬ相手を魔王と同席で食事させるなど。

 しかし給仕の者は無言であるし、魔王に至っては言うに及ばず。


 恐る恐るスプーンを手に取る。がしりと掴んで皿に差し入れた。


 ひと匙すくって口にする。


「……美味しい」


 涙が出るほど美味しかった。

 お腹だけではなく、舌も満すように作られた料理を口 にしたのは初めてだ。

 感動にうち震えていると、目の前に別の皿が置かれた。豪華なプレートに盛られた魚料理だ。


「好きなだけ食べればいい」


 言われて当惑する。このスープだけでお腹は一杯だ。

 ヴァルはスープを食べ終わり、魚に手をつけている。

 優雅な仕草で食事を進める。


 魔王が人間と同じもの(豪華ではあるが)を口にしている光景が不思議に思えた。


 リィがぼうっと眺めていると、ヴァルがグラスを手に取った。注がれた蜂蜜色の液体に口をつける。

 こくりと喉が動いたのを見て、リィは我に返った。

 料理が冷めてしまう。


 ……難しいことは後で考えよう。

 今は目の前のスープに集中することにした。

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