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忘却の魔王と百日の夜  作者: 芍薬
1月目
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10/22

第9話「わたしが望んだ訳じゃない」

 再挑戦だ。


 リィ再び件の廊下にやって来ていた。

 前回は不覚にも悲鳴をあげてしまったが、今回は大丈夫だ。もう何を見ても驚かない。

 案山子を初めて見たときの衝撃を思い出せば、きっと平静でいられる。


 一晩を挟んで、多少は冷静さを取り戻したつもりである。

 今度は案山子が出ても、慌てず騒がず迅速にお引き取り願おう。


 意気込んで探検を再開したが、特に変わったことは起こらなかった。

 並んでいるドアの中は、大体書庫か物置だ。誰かに出会うこともない。


 次々にいくつものドアを開けたリィは、拍子抜けしてふぅと息をつく。

 別に構える必要などなかった。

 胸を撫で下ろしたリィの首筋をひやりとした空気が撫ぜた。


「懲りないねぇ。バカだからー?」

「ひやあぁあッ」


 突然耳元で聞こえた声に、リィは飛び上がった。

 バッと飛びすさり後ろを後ろを振り向くと、見覚えのある案山子が佇んでいた。

 覆面顔の中でくりぬかれた赤い瞳だけがぱっちりと、笑うでも茶化すでもなくリィを眺めている。

 本当に理解できないという色が浮かんでいた。


「で、出たな、案山子!」

「かかしぃ? それ僕のこと?」


 あからさまに嫌そうな態度で聞き返す彼に、リィは彼の名前を思い出した。確か彼はシリルと呼ばれていた。


「あのさあ、聞きたいんだけど。何でこの城にいるわけ?」

「何でって」


 予想していなかった問いに、リィは言葉に窮する。

 何でも何も、彼女がここにいるのは魔王の意思である。


「……あなたの主に聞いて」

「我が君に聞いてどうするのさー。そういうことを聞いてるんじゃないから」


 目を眇めたシリルは肩を竦める。

 リィを見る眼差しには険がこもっている。

 この目を知っているとリィは思った。


 町にいた頃、身寄りのないリィたちは少しでも食費の足しにしようと、町の人々の用事をこなして小銭を稼いでいた。

 得られるお金は微々たるもので、用事の内容もお使い程度のものだったが、リィたちがご用伺いに行くと嫌そうな顔をする者がいたのだ。

 瞳に載せられるのは嫌悪の情だ。


 虫見るような眼差しにいつもリィは気づいていたけれど、気づかないふりをした。

 リィの居場所なんて吹けば飛ぶような軽いもので、教会は町の人々の寄付で成り立っていた。

 一人が反抗すれば、みんなが食事すらできなくなる。

 例え具のないスープでも、味のない堅パンでも、ないよりはずっとましなのだ。


「聞いてる?」


 少し浸りすぎたようだ。目の前の案山子はリィの反応がないことに苛ついている。


「私の意思じゃない。文句なら、」

「だから、そういうことをいってるんじゃないんだよ! あんたが、我が君に魔力を提供するなんてあり得ない!」


 大声を出したシリルは我に返ったように声を押さえた。


「辞退したらー? 荷が重いでしょ」

「辞退」


 リィの内心を読み取ったかのように、シリルは口を開いた。


「拒めば、我が君は無理強いしない」


 そんなことが可能なのだろうか。

 言葉を失い立ち尽くすリィに、シリルはぽつりと呟いた。


「そういうひとだ」


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