第9話「わたしが望んだ訳じゃない」
再挑戦だ。
リィ再び件の廊下にやって来ていた。
前回は不覚にも悲鳴をあげてしまったが、今回は大丈夫だ。もう何を見ても驚かない。
案山子を初めて見たときの衝撃を思い出せば、きっと平静でいられる。
一晩を挟んで、多少は冷静さを取り戻したつもりである。
今度は案山子が出ても、慌てず騒がず迅速にお引き取り願おう。
意気込んで探検を再開したが、特に変わったことは起こらなかった。
並んでいるドアの中は、大体書庫か物置だ。誰かに出会うこともない。
次々にいくつものドアを開けたリィは、拍子抜けしてふぅと息をつく。
別に構える必要などなかった。
胸を撫で下ろしたリィの首筋をひやりとした空気が撫ぜた。
「懲りないねぇ。バカだからー?」
「ひやあぁあッ」
突然耳元で聞こえた声に、リィは飛び上がった。
バッと飛びすさり後ろを後ろを振り向くと、見覚えのある案山子が佇んでいた。
覆面顔の中でくりぬかれた赤い瞳だけがぱっちりと、笑うでも茶化すでもなくリィを眺めている。
本当に理解できないという色が浮かんでいた。
「で、出たな、案山子!」
「かかしぃ? それ僕のこと?」
あからさまに嫌そうな態度で聞き返す彼に、リィは彼の名前を思い出した。確か彼はシリルと呼ばれていた。
「あのさあ、聞きたいんだけど。何でこの城にいるわけ?」
「何でって」
予想していなかった問いに、リィは言葉に窮する。
何でも何も、彼女がここにいるのは魔王の意思である。
「……あなたの主に聞いて」
「我が君に聞いてどうするのさー。そういうことを聞いてるんじゃないから」
目を眇めたシリルは肩を竦める。
リィを見る眼差しには険がこもっている。
この目を知っているとリィは思った。
町にいた頃、身寄りのないリィたちは少しでも食費の足しにしようと、町の人々の用事をこなして小銭を稼いでいた。
得られるお金は微々たるもので、用事の内容もお使い程度のものだったが、リィたちがご用伺いに行くと嫌そうな顔をする者がいたのだ。
瞳に載せられるのは嫌悪の情だ。
虫見るような眼差しにいつもリィは気づいていたけれど、気づかないふりをした。
リィの居場所なんて吹けば飛ぶような軽いもので、教会は町の人々の寄付で成り立っていた。
一人が反抗すれば、みんなが食事すらできなくなる。
例え具のないスープでも、味のない堅パンでも、ないよりはずっとましなのだ。
「聞いてる?」
少し浸りすぎたようだ。目の前の案山子はリィの反応がないことに苛ついている。
「私の意思じゃない。文句なら、」
「だから、そういうことをいってるんじゃないんだよ! あんたが、我が君に魔力を提供するなんてあり得ない!」
大声を出したシリルは我に返ったように声を押さえた。
「辞退したらー? 荷が重いでしょ」
「辞退」
リィの内心を読み取ったかのように、シリルは口を開いた。
「拒めば、我が君は無理強いしない」
そんなことが可能なのだろうか。
言葉を失い立ち尽くすリィに、シリルはぽつりと呟いた。
「そういうひとだ」




