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忘却の魔王と百日の夜  作者: 芍薬
1月目
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11/22

第10話「果たしたいもの」

 獣の遠吠えで目が覚めた。

 半分寝ぼけた頭でその声を聞く。

 部屋の中はぼんやりと明るい。リィでは届かない位置にある高窓から差し込む光が、夜が明けたこと知らせてくれた。

 少し寝すぎた、とリィは思った。

 日はすでに高いところにあるようだ。

 教会にいた頃は、灯りの燃料すら惜しんで日の出と共に起き、日の入りに眠るのが当たり前だったことを思えば、かなりの寝坊だ。


 今のリィは生活のために働く必要もなく、食事の心配もしないで済む。

 半身を起こすと、自然と部屋の灯りがついた。どういう仕組みになっているのかはわからないが、便利である。

 ベッドの脇に目をやれば、1つだけベッドの隣にある椅子の上に畳んだ服が置いてある。今日はこれを着ろということらしい。


 まるでお姫様になったよう。


 リィは溜め息と共にそう思う。

 昔、思い描いたことがある。毎日温かい食事と、温かいベッドにきれいな服。働かないで済む毎日。

 もしそんな身分に生まれていたら、きっとこうだったと思い描く通りの今。


 例え外に出られなくても。魔王とその側近以外とまともに会話ができなくても。

 幸せ、なのだろう。


 着替えて、ベッドの下に揃えてあった布靴をはく。

 すり減った硬い木靴をはいていたことを考えれば、羽のように軽やかで歩きやすい。


 重い扉を押し開けて、廊下へ出た。

 昨日一昨日と歩いて覚えた道を辿る。


 真っ黒な壁、真っ白な家具。

 何度見ても違和感が拭えない色彩の中で、魔王は机に向かっていた。今日は側近はいない。

 執務室の入り口でリィが立ち尽くしていると、彼が顔を上げた。

 鮮やかな紫の瞳が静かにリィを見る。

 迎え入れるでなく、拒否するでもない視線に、今日のリィは足を止めた。


 必要だというヴァル。

 必要ないというシリル。


 どうしたらよいのか、リィにはわからない。


 声もなく見つめていると、ヴァルは白銀の髪をさらりと揺らした。


「どうした」

「……ヴァル」


 何か普通でないものを感じたのか、ヴァルが立ち上がり、ゆっくりと歩いてくる。

 一歩前で立ち止まったヴァルを見上げた。

 向かい合って立つと、彼が背が高いのがよくわかる。


 目をそらすのが嫌で、その紫の瞳を見たままリィは問いを口に載せる。


「あなたが魔王でいて、果たしたい約束って、何」


 それを聞かなければ先に進めないと思った。

 今も魔王である彼は、少し眉を寄せた。


「千日の間生きること」


 千日の内のたった百日。その理由が知りたいと思ったのに、彼はそれ以上口を開こうとはしなかった。


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