第10話「果たしたいもの」
獣の遠吠えで目が覚めた。
半分寝ぼけた頭でその声を聞く。
部屋の中はぼんやりと明るい。リィでは届かない位置にある高窓から差し込む光が、夜が明けたこと知らせてくれた。
少し寝すぎた、とリィは思った。
日はすでに高いところにあるようだ。
教会にいた頃は、灯りの燃料すら惜しんで日の出と共に起き、日の入りに眠るのが当たり前だったことを思えば、かなりの寝坊だ。
今のリィは生活のために働く必要もなく、食事の心配もしないで済む。
半身を起こすと、自然と部屋の灯りがついた。どういう仕組みになっているのかはわからないが、便利である。
ベッドの脇に目をやれば、1つだけベッドの隣にある椅子の上に畳んだ服が置いてある。今日はこれを着ろということらしい。
まるでお姫様になったよう。
リィは溜め息と共にそう思う。
昔、思い描いたことがある。毎日温かい食事と、温かいベッドにきれいな服。働かないで済む毎日。
もしそんな身分に生まれていたら、きっとこうだったと思い描く通りの今。
例え外に出られなくても。魔王とその側近以外とまともに会話ができなくても。
幸せ、なのだろう。
着替えて、ベッドの下に揃えてあった布靴をはく。
すり減った硬い木靴をはいていたことを考えれば、羽のように軽やかで歩きやすい。
重い扉を押し開けて、廊下へ出た。
昨日一昨日と歩いて覚えた道を辿る。
真っ黒な壁、真っ白な家具。
何度見ても違和感が拭えない色彩の中で、魔王は机に向かっていた。今日は側近はいない。
執務室の入り口でリィが立ち尽くしていると、彼が顔を上げた。
鮮やかな紫の瞳が静かにリィを見る。
迎え入れるでなく、拒否するでもない視線に、今日のリィは足を止めた。
必要だというヴァル。
必要ないというシリル。
どうしたらよいのか、リィにはわからない。
声もなく見つめていると、ヴァルは白銀の髪をさらりと揺らした。
「どうした」
「……ヴァル」
何か普通でないものを感じたのか、ヴァルが立ち上がり、ゆっくりと歩いてくる。
一歩前で立ち止まったヴァルを見上げた。
向かい合って立つと、彼が背が高いのがよくわかる。
目をそらすのが嫌で、その紫の瞳を見たままリィは問いを口に載せる。
「あなたが魔王でいて、果たしたい約束って、何」
それを聞かなければ先に進めないと思った。
今も魔王である彼は、少し眉を寄せた。
「千日の間生きること」
千日の内のたった百日。その理由が知りたいと思ったのに、彼はそれ以上口を開こうとはしなかった。




