第11話「辿り着いたのは」
なんとなく執務室にいづらくて、今日もリィは廊下を歩いている。
ちなみに件の廊下の扉はすべて開けてしまった。特に何かが飛び出すわけでもなかった。
あれ以来、シリルは姿を現していない。
顔もみたくないということなのかもしれない。
今日は行ったことのない場所に足をのばす。
階段を上がってみた。
下の階と特に様相は変わらない。
ペタペタと歩いていると、鼻先を何かの匂いがくすぐった。
リィは足を止めて空気の匂いをかぐ。
美味しそうな匂い。
それも甘いものだ。
リィは甘いものに目がない。
教会にいた頃から、ご飯が足りなくて空腹なのは我慢ができたが、甘いものが眼前にあると途端に我慢が聞かなくなる。
匂いの元を辿っていくと、ひとつの扉の前に到着した。
扉を見つめて、迷う。
自分で思う以上に、シリルとの遭遇は衝撃を与えていたようだった。
考えていると、いきなり扉が内側から開いた。
「わぷ」
「え、何?」
扉に鼻をぶつけたリィはうずくまった。
じんじんと鈍い痛みに呻く。
「やだ、大丈夫?」
上から声が降ってくる。
女のひと、とリィは思った。
この城に来てから、女のひとに声をかけられたのは初めてだ。
肩に手を置かれてびくりとすくむと、次に脇の下に手を差し込まれ、ひょいッと持ち上げられた。
「ちっちゃーい」
「えぇ!?」
まじまじと顔を覗きこまれ、リィはのけぞった。
間近でぱちぱちと瞬いているのは、確かに女性だった。上向きの睫毛が印象的な瞳を華やかに見せている。
ヴァルと同じくらいの年頃に見えた。
見惚れていたリィはハッと我に返った。
惚けている場合ではない。
「あの」
「だあれ? 見たことない顔だけど……」
思案顔になった女性は、ぱっと笑顔になった。
「わかった! あなたあれでしょ、ゼル陛下のお気に入り」
「……ぇえ?」
ゼル陛下というのが誰のことだかわからず、戸惑う。
イェリアオークゼルヴァルドという彼の名前が浮かぶまで、たっぷり数秒かかった。
「お気に、入り」
「そーよぅ。今すっごく噂になってるの! 遂にゼル陛下に春が!? ってね」
ニコニコと笑顔の彼女にリィは困惑するばかり。
この城に来て、こんな反応をするひとに出会ったのは初めてだ。
「あなたは、魔族?」
「もちろん。生まれも育ちも城下町よぅ」
女性は朗らかに言う。
魔族と人間は相容れないはずでは。現にシリルはリィを嫌っているし、あのとき集まってきた誰もがそういう顔をしていたではないか。
混乱していると、女性は「とりあえず」とリィを抱え直した。
「ぶつかったところ冷やしましょ。可愛い顔に痣とかできちゃったら困るもの」
「下ろして!」
「はいはい、後でねー!」
結局、リィはその女性に抱えられたまま扉の中に入ることになったのだった。




