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忘却の魔王と百日の夜  作者: 芍薬
1月目
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13/22

第12話「手に入れたもの」

昨日更新の前に寝落ちました……

次は今日の午後3時ころ更新予定。

 名前はハルフィナというらしい。

 

「フィーでいいよ。みんなそう呼ぶ」


 けろりと彼女は言った。

 リィは赤くなった鼻の頭を氷のうで冷やしながら、彼女の自己紹介を聞いていた。

 何でこんなことになっているのだろう。


「厨房の見習い4年目なの。まだまだひよっこだよぅ」


 彼女の笑顔が眩しくて、リィはそっと目をそらす。

 彼女は明るくて朗らかで、綺麗だ。相容れない。


「ハルフィナ! 遊んでないで仕事しろ」


 通りすがりの男性に声をかけられる。

 フィーの同僚らしい。


 ここは厨房だった。

 リィは部屋の隅っこにある酒樽のひとつの上に座らされており、少し離れたところで大勢の者が立ち働いている。

 誰もリィに見向きもしない。空気のような扱いとはまさにこの事だ。


「すぐに行きますよ」

「また変なもの拾ってきて……」


 同僚の目がリィに向く。その眼差しは決して好意的とは言えない。

 リィは少し安心した。この反応が正常だ。


 不意に抱き寄せられてリィは目を白黒させた。

 にやりと笑ったフィーがリィの頭をかいぐる。


「いいでしょう。あげませんよ」

「いるか」


 ぐりぐりとかいぐりされたリィは、髪の毛がボサボサになった頃に解放された。


「ごめんねぇ、あんまり構ってあげられなくて。今忙しいの」


 申し訳なさそうにフィーが言う。

 構ってくれなくてよいとリィは思った。


「これでも食べて。お詫び」

「!?」


 差し出されたものにリィの視線は釘付けになった。

 透明なガラスの皿に盛られた焼き菓子の山。

 焼きたてなのだろう、仄かに甘い匂いが漂っていた。

 間違いない、廊下でかいだあの匂いだ。


「どうぞ。私が作ったんじゃないけどねぇ」


 勧められてごくりと息を飲む。

 これ全部? 食べてもよいのだろうか……。

 窺うと、フィーは変わらず笑顔だった。


 恐る恐る手をのばし、掴んだそれをぱくりと食べる。

 美味しかった。


 ぱくぱくと食べるリィを微笑ましげにフィーは眺めていた。


 最後には土産までもらい、リィはほくほくと厨房を後にした。

 扉を閉めて、ハッと我に帰る。

 こんなことをしたかったわけではない。

 しかし焼き菓子の誘惑の前には、全てどうでもよくなってしまうのは、事実。


 また来てね、という彼女の言葉と、お腹が満たされた幸せとがじんわりとリィの中に沁みこんだ。


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