第19話「すぐには、それなら」
夕食を終えた静かな夕べ。
部屋を出たリィは廊下をペタペタと進んだ。
便利な魔術灯が足元を照らしてくれるので、安心である。
辿り着いたのは、魔王の側近控え室。
飾り気のない扉を押し開けば、少し離れたところにいたジェンが顔を上げたところだった。
「リルファーリア」
「約束。城のこと教えてくれるって」
「……本当にくるとはね」
嘆息したジェンは、窓際に置かれたソファを示した。
「座ったら」
リィは遠慮なく腰掛けた。部屋の中はジェンだけだったようだ。
最も、この部屋で彼以外の側近と出くわしたことはなかったが。
歩いてきたジェンが、手に持ったものを渡してきた。
目を落として見れば、それは絵本のようだった。開いてみれば鮮やかな彩飾の、美しい挿し絵のついた、やはり絵本である。
「字の練習に使うといいよ。それで、城のことだっけ」
内容は分からずとも挿し絵に心引かれながら頷くと、ジェンは少しばかり遠い目をした。
「この城は、代々魔王に受け継がれている」
言うなれば魔王城。この城住まうことが、即ち魔王の証明でもあるのだと。
この、目にちかちかする内装の配色も、代々の魔王に継がれるものなのだろうか、とリィはぼんやり考えた。
「主は、凡そ十年前に王の座に就かれた」
「十年」
「魔族は実力主義なので」
譲位に血縁関係は必要ではない。
そう匂わせて、ジェンは笑った。
「我が主は、平定に重きを置く王だ」
だから、人間に必要以上に危害を加えたり、攻め込んだりしないでしょうとジェンは言う。
こてんと首を倒したリィは考えてみた。
彼女受けた、教育とすら呼べない知識を辿れば、魔族とは人間を蹂躙し、魔王とはその長たる者である。
ヴァルの実力のほどは定かではないが、鮮やかな紫色の瞳を思えば、魔王たるに相応しいとは思えなかった。
「リルファーリア」
思考に耽っていると、名前を呼ばれた。
視線を上げると、ジェンが真っ直ぐに彼女を見ていた。
今までリィが見た中で一番真摯な、それでいて冷ややかな眼差し。
本当のところ、彼は彼女のことを受け入れているわけではないのだ。そう感じた。
恐らく彼の中で、美しい銀糸の髪と黒々とした翼を持つ魔王は絶対のものなのだ。
それは、血のように赤く染まる瞳の覆面男にも共通する部分だ。表面上を繕うか否かの違いだけ。
「我が王の酔狂には困らされる。だけど、一度関わったからには最後までやってもらわないとね」
「止めるなんて、言ってない」
どうせ、行く場所なんてない。
酔狂と言われても、他にやることもないのだ。
「ジェンは、わたしに出ていけと思う?」
「……いや、すぐには」
「じゃあいいよ」
居場所があるということが、どれほど有り難いことか知っている。
凍えた記憶は、今もまだ鮮明に染み付いている
衣食住の保証された生活は、失うには惜しいものだ。
くれるというのなら、しがみついてでも貰ってやる。
決意も新たにリィがそう思えば、ジェンは苦笑したようだった。
淡々と話を元に戻す。
リィはそのまま、ジェンの語る魔王と魔族の物語に耳を傾けた。




