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忘却の魔王と百日の夜  作者: 芍薬
1月目
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20/22

第19話「すぐには、それなら」

 夕食を終えた静かな夕べ。

 部屋を出たリィは廊下をペタペタと進んだ。

 便利な魔術灯が足元を照らしてくれるので、安心である。


 辿り着いたのは、魔王の側近控え室。

 飾り気のない扉を押し開けば、少し離れたところにいたジェンが顔を上げたところだった。 


「リルファーリア」

「約束。城のこと教えてくれるって」

「……本当にくるとはね」


 嘆息したジェンは、窓際に置かれたソファを示した。


「座ったら」


 リィは遠慮なく腰掛けた。部屋の中はジェンだけだったようだ。

 最も、この部屋で彼以外の側近と出くわしたことはなかったが。


 歩いてきたジェンが、手に持ったものを渡してきた。

 目を落として見れば、それは絵本のようだった。開いてみれば鮮やかな彩飾の、美しい挿し絵のついた、やはり絵本である。


「字の練習に使うといいよ。それで、城のことだっけ」


 内容は分からずとも挿し絵に心引かれながら頷くと、ジェンは少しばかり遠い目をした。


「この城は、代々魔王に受け継がれている」


 言うなれば魔王城。この城住まうことが、即ち魔王の証明でもあるのだと。

 この、目にちかちかする内装の配色も、代々の魔王に継がれるものなのだろうか、とリィはぼんやり考えた。


「主は、凡そ十年前に王の座に()かれた」

「十年」

魔族(われら)は実力主義なので」


 譲位に血縁関係は必要ではない。

 そう匂わせて、ジェンは笑った。


「我が主は、平定に重きを置く王だ」


 だから、人間に必要以上に危害を加えたり、攻め込んだりしないでしょうとジェンは言う。

 こてんと首を倒したリィは考えてみた。

 彼女受けた、教育とすら呼べない知識を辿れば、魔族とは人間を蹂躙し、魔王とはその長たる者である。

 ヴァルの実力のほどは定かではないが、鮮やかな紫色の瞳を思えば、魔王たるに相応しいとは思えなかった。


「リルファーリア」


 思考に耽っていると、名前を呼ばれた。

 視線を上げると、ジェンが真っ直ぐに彼女を見ていた。

 今までリィが見た中で一番真摯な、それでいて冷ややかな眼差し。

 本当のところ、彼は彼女のことを受け入れているわけではないのだ。そう感じた。


 恐らく彼の中で、美しい銀糸の髪と黒々とした翼を持つ魔王は絶対のものなのだ。

 それは、血のように赤く染まる瞳の覆面男(カカシ)にも共通する部分だ。表面上を繕うか否かの違いだけ。


「我が王の酔狂には困らされる。だけど、一度関わったからには最後までやってもらわないとね」

「止めるなんて、言ってない」


 どうせ、行く場所なんてない。

 酔狂と言われても、他にやることもないのだ。


「ジェンは、わたしに出ていけと思う?」

「……いや、すぐには」

「じゃあいいよ」


 居場所があるということが、どれほど有り難いことか知っている。

 凍えた記憶は、今もまだ鮮明に染み付いている

 衣食住の保証された生活は、失うには惜しいものだ。

 くれるというのなら、しがみついてでも貰ってやる。

 決意も新たにリィがそう思えば、ジェンは苦笑したようだった。

 淡々と話を元に戻す。

 リィはそのまま、ジェンの語る魔王と魔族の物語に耳を傾けた。

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