第三話 どうしてついてくるの①
第三話
どうしてついてくるの
* * *
競売船の接収が始まった頃には、ラグード地下第六層はすっかり騒然としていた。
貨物船と地下ドックをつなぐ通路を、白い保護服を着た保全機構の職員たちが慌ただしく行き来している。競売に出されていた生き物は種類ごとに分けられ、水槽や大きな飼育槽は中身を移さず、そのまま運び出されていた。拘束した運営側の人間も地方当局へ順に引き渡されている。
逃げた買い手の追跡まではアリステラの仕事ではない。競売の記録も、すでに複製してある。依頼された幼獣も確保した。あとは保全機構へ渡せば、アリステラの仕事は終わる。
クェンには《対象確保》と座標だけ送っておいた。それからそう時間も経たないうちに、保全機構の回収班が現場へ入ってきた。
これほど早く来られるなら、最初から来ればいいのに。
一瞬そう思ったものの、競売の最中に武装した貨物船へ踏み込むのと、すでに押さえられた船から生き物を回収するのとでは話が違うのだろう。
どこまで許可を取るのか、誰が責任を持つのか。そのあたりを考えなくて済むのも、仲介人を間に挟んでいる利点なのだ。
回収が終わるまで待つよう言われていたため、アリステラは貨物区画の壁際に立ち、職員たちが残された檻を一つずつ運び出していく様子を眺めていた。
生き物の扱いは彼らの方が慣れている。アリステラが手を出すことでもない。
そうしていると、端末を抱えた女性職員が歩いてきた。
「すみません。この区画、一つだけ檻が空で」
職員は端末に表示された一覧と、床に残された小さな檻を見比べている。アリステラは視線を落とし、自分の外套の裾を示した。
「ん」
職員もつられて下を見る。
「あ」
白い幼獣が、相変わらず小さな前脚の爪をアリステラの外套へ引っかけていた。
乳白色の羽毛に覆われた身体はまだ小さい。背には育ちきっていない翼が畳まれ、長い尾が床へ垂れている。白銀から淡い青へ変わる尾羽の先が、わずかに揺れた。
幼獣は職員を見上げると、すぐにアリステラへ顔を戻した。
「その檻にいた。さっきから離さないの。連れていってほしい」
「なるほど……」
職員の口元が少し緩んだ。
そのまま幼獣を驚かせないようゆっくりしゃがみ込み、前脚に残った腫れや翼の傷を確かめていく。それから手元の端末を近づけ、表示を見ながら呼吸や体温を確認した。
「少し脱水していますね。栄養状態もあまりよくありません。ただ、呼吸は落ち着いています。翼と前脚に軽い傷があるので、詳しくは施設で見ます」
「お願い」
職員が顔を上げた。
「……あの」
「何?」
「いえ、その」
一度幼獣へ戻った視線が、またアリステラへ上がる。
今度は少し長く顔を見た。次第に、職員の目が大きくなる。
「……《暁星の騎士》?」
アリステラは答えなかった。
職員の視線が黒い外套から腰の装備へ下り、それから少し離れた場所で地方当局へ引き渡されている警備員たちへ移った。
「いや、でも……そんなわけないですよね。戦争の英雄が、こんなところで賞金稼ぎなんて……」
声がだんだん小さくなっていくが、アリステラは何も言わなかった。
数秒して、職員の方が先に目を逸らした。
「すみません! 変なこと言いましたね」
職員は幼獣へ向き直った。
アリステラは外套を掴んでいる前脚へ指を添え、爪を一本ずつ布から外していく。無理に引けば傷に触れそうだった。指先を爪の根元へ入れ、そのまま待つ。
やがて幼獣が力を抜いた。
職員がその身体を両手でそっと持ち上げる。幼獣は暴れず、ただ大きな青い瞳でアリステラを見ている。
職員が用意していた透明な容器には柔らかな敷物が敷かれ、中は暖かく保たれていた。職員が幼獣をそっと入れ蓋を閉じると、縁に淡い青色の表示が灯った。
「これで大丈夫です。このまま施設へ運んで、一晩様子を見ます。検査結果は依頼窓口にも共有されると思います」
「ええ」
これで仕事は終わりだ。
アリステラは踵を返した。だが、二歩ほど進んだところで、背後から鈍い音が響いた。
「え、ちょっと……!」
職員の声にアリステラは振り返った。
幼獣が容器の中で小さな翼をめいっぱい広げ、透明な壁へ身体ごとぶつかっている。長い尾羽が敷物の上で乱れ、短い嘴が蓋の隙間を探すように忙しなく動いていた。
「きゅいっ、きゅいっ!」
「大丈夫だから、暴れないで。傷が開いちゃうから」
職員が慌てて容器へ手を伸ばすが、蓋の縁に灯っていた青い表示が白く瞬き、蓋がわずかに浮く。
「あっ!」
隙間から白い影が飛び出した。
幼獣は翼を二度ほど大きく羽ばたかせながら斜めに落ちるように進んできた。向かう先は寸分違わず、そのままアリステラの顔面へ、べったんと張りついた。
「……っ」
視界が真っ白になった。




