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第二話 違法競売の幼獣②

 生き物だらけの場所なら、珍しくもない声。それでも足が止まり、もう一度聞こえたかすかな声へ耳を澄ませる。今夜まだ壇上へ出されていない貨物が積まれた区画の奥で、何かが箱の内側を細く引っ掻いていた。


 アリステラは声のした方へ向きを変えた。


 関係者区画の前にいた警備員が立ちはだかる。


「そこから先は入れない」

「そう」


 アリステラは引き返すように一歩ずれた。男の肩からわずかに力が抜ける。その瞬間、外套の留め具を外した。


 腰帯に嵌め込まれていた黒銀の金属片が一枚ずつ宙へ浮き、アリステラの右手へ集まる。それは硬い音を立てて次々とかみ合い、一本の柄へ変わっていく。握ると柄が前後へ伸び、二メートル近い長さで止まった。両端から細い刃が開く。


 警備員が銃へ触れるより、槍が動く方が早かった。


 金属音が二つ続き、二挺の銃が床へ落ち、男たちも少し遅れて膝をついた。一人は手首を打たれ、もう一人は胸元へ柄を打ち込まれて息を詰まらせている。


 アリステラは槍を縮め、その横を通り抜けた。


 未出品の貨物が置かれた区画には、二十ほどの輸送箱が積まれている。

 

 大きな飼育槽、小型の檻、温度を保つためのケース。雑に重ねられたものもあれば、丁重に扱われているようなものまで。

 

 先ほどの声は、その一番下から聞こえていた。

 

 アリステラは慎重に上の箱を動かす。すると、小さな檻が現れた。不気味な暗がりの奥で、白いものが身を縮めている。


「……鳥?」


 思わず声が漏れた。


 最初に見えたのは、身体を覆う乳白色の羽毛だった。

 

 けれど、鳥ではない。小さな頭には短い嘴があり、細い四肢の先には鋭い爪がある。背にはまだ身体に馴染みきらない一対の翼が畳まれ、そこから長い尾が檻の床へ流れていた。尾の羽毛は白銀から淡い青へ変わり、先端ほど深い色を帯びている。


 鳥にも、獣にも見える。

 

 星獣という呼び名がなければ、何と呼べばいいのか分からない生き物だ。


「キュ……」

 

 気配に気づいたのか、星獣がゆっくりと顔を上げた。頭を覆う細かな羽毛がわずかに逆立ち、その奥の大きな青い瞳がアリステラへ向けられる。


 数秒、その姿を見つめた。


 アリステラは腰の端末を取り出し、クェンから送られてきた映像を呼び出す。粗い画面の隅に映っていた白い影と、目の前の幼獣を見比べるまでもない。


 この個体だ。


「あ……、ええと……」


 呼吸が速い。胸元の柔らかな羽毛が細かく上下している。片脚には何度も針を刺されたような腫れが残り、給水管は空になっていた。翼の付け根にも細い傷がある。


 檻の鍵は二重になっているが、壊すだけなら一秒もかからない。


 ところが槍の刃を近づけた途端、幼獣の羽毛が一斉に膨らんだ。


 アリステラは手を止め、槍を床へ置いた。柄は自動的に縮まり、順番に両端の刃が収まっていく。代わりに、何も持っていない右手を格子の前へ差し出した。


「大丈夫」


 幼獣は大きな瞳でしばらくアリステラを見つめていた。頭の横に垂れた長い羽の片方がわずかに揺れた。

 

 急かさず待っていると、幼獣はやがて身体を引きずるように一歩だけ近づいてきた。短い嘴がアリステラの指先へ触れる。そして匂いを確かめるように顔を寄せ、それから小さな前脚を持ち上げた。


 羽毛の間から伸びた細い指が格子を抜け、アリステラの人差し指へそっと絡む。

 

 爪は驚くほど小さかった。


 ——その瞬間、青い空がアリステラの脳裏に開いた。


 視界を覆うほど大きな翼が陽光を横切り、柔らかな羽毛が頬を撫でる。強い風が髪を後ろへ流し、草の匂いの向こうには水面の光があった。


 自分は誰かを呼んでいた。


 ひどく大切な何かの名前を、何度も繰り返している。けれど、その名前だけが聞こえない。


「……っ」


 すべて、瞬きほどの間に消えた。まるで零れ落ちた夢のように。


 アリステラは、無意識のうちに止めていた息を吸い込んだ。幼獣はまだ指を掴んでいる。頬には、そこにあるはずのない羽毛の感触だけが残っていた。


 そのとき警報が鳴った。


 幼獣の身体がびくりと縮む。


「そこにいるのは誰だ!」


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