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第二話 違法競売の幼獣①

 第二話

 

 違法競売の幼獣


 * * *


 フォーンディット独立星系第三惑星、旧採掘都市ラグード。地上の歓楽街が最も賑わう時間になると、その地下では別の市場が開く。


 都市の第六層は、半世紀前に鉱脈を掘り尽くして放棄された採掘区画だ。地図上ではほとんど閉鎖されているが、実際には古い坑道の奥まで電力が通り、止まったはずの換気設備も動いている。戦前には鉱石を運んでいた貨物軌道も、いまでは別の荷を運ぶために使われていた。


 さらに坑道の最奥には、採掘最盛期に大型輸送船を受け入れていた地下ドックが残っている。閉鎖されたことになって久しい巨大な空洞には、一隻の貨物船が接岸架に横付けされていた。岩盤を貫く縦坑は、遥か上の地表まで続いている。かつては鉱石を積んだ船が、ここからそのまま空へ上がっていたらしい。


 けれども、いま、その船に積まれているのは鉱石ではなかった。

 

 クェンから送られてきた入場資格は、三日前にラグードへ入港した武器商のものだった。顔認証も一時的に別人として通るよう細工され、資産証明には、武器商として不自然でない額まで用意されている。ついでに船への入場予約まで済ませてあった。


 用意がいい。問題は、その予約日時がアリステラの返事より前だったことだ。

 

 クェンに訊けば、どうせ「受けると思った」とでも言うのだろうし、実際に受けてしまった以上、文句を言うのも何となく負けたようで気に入らなかった。


 三つ目の認証扉、正確には貨物船へ渡る接続架の手前で、アリステラは警備の男から武器を預けるよう求められた。

 

 アリステラは右腿から拳銃を外し、机の上を滑らせるように渡す。男はそれを封印ケースへ収めると、今度は探知器を腰、袖、靴の順に走らせた。


「それだけか」

「ええ」


 男は黒い外套の胸元へ目をやった。留め具には細長い黒銀色の金属片が使われ、同じ材質の装飾が腰帯にもいくつか嵌め込まれている。旅支度にしては妙に統一された意匠だったが、探知器はそれを武器として判定しなかった。


「中で問題を起こせば、預けた物は戻らない」

「問題ってなに?」

「問題は問題だ」

「分かった」


 本当に分かったのかと疑うような顔をされたものの、扉は開いた。


 船の中央貨物区画は、もう船倉というより競売場だった。

 

 積荷固定具を外した床には半円形の競売席が組まれ、荷役用照明の下には展示槽と檻が並んでいる。決済業者、検査屋、酒を売る卓まで入り込み、買い手たちは場所など気にする様子もなく値札を眺めていた。


 湿潤環境を必要とする種族は首元に小型の気体調整器をつけ、低重力圏出身らしい長身の男は関節補助具を鳴らして歩いている。連合域の服、旧帝政圏の礼装、中立星系の装身具。数か月間まで敵味方だった者たちが、いまは同じ商品へ値をつけるために肩を並べていた。戦争が終われば、敵同士でも同じ卓を囲めるらしい。


 アリステラは競売場の外縁を歩きながら視線だけを動かし、展示槽や檻の一つひとつを確認していった。


 細い六本脚を畳んだ草食獣、透明な翼膜を震わせる夜行性の小型種、水槽の底で鰓蓋を弱く動かしている両生類。別の卓には孵化前の卵、切断された角、乾燥した皮膜、束ねられた羽毛まで並んでいるようだ。


 生体取引の規制は星系ごとに違う。だが、《星間生態保全協定》の第一種に指定された生き物は別だ。捕獲も、運ぶことも、売買も、許可なしではできない。ここに値札をつけて並んでいる時点で、まともな品ではなかった。

 

 その中を歩いていたアリステラは、銀灰色の長い羽の前でふと足を止めた。

 

 深い青が残るのは先端だけで、その色を見た瞬間、胸の奥がわずかにざわついた。


 けれど、いまは立ち止まっている場合ではない。

 

 視線を外し、アリステラは競売場を取り仕切っているはずの男を探す。


 密売組織の輸送責任者、ヘイル・ザハード。違法な生体貨物を複数の星系へ流している男で、今夜この競売に姿を見せる可能性が高いという。


 今回の依頼対象は、一個体だけだ。

 

 クェンから見せられた粗い映像に映っていた、星獣の幼体と推定される白い生物の所在を突き止め、競売に流れる前に確保することが第一目標である。ザハードはその個体を運んでいる可能性が高い輸送責任者で、拘束できれば輸送経路まで辿れるかもしれない、という程度ではあるようだ。


 アリステラは客席を見渡した。

 

 買い手は商品を見て、警備は客を見る。運営側の人間だけが、商品ではなく出口と搬入口を気にしている。


 ザハードは、その運営側にいた。


 中央席から一段外れた通路脇に、灰色の上着を着た男がいる。競売品にはほとんど目を向けず、貨物が奥へ運ばれるたび端末を確認していた。

 

 右耳の後ろには旧式の通信端子が付けられている。記録画像より多少太っているが、立ち上がるとき、右脚に体重をかけるのがわずかに遅れる癖まで一致している。


 間違いない。


 そのとき、競売壇へ、青黒い羽を持つ鳥が三羽、細長い展示槽ごと運び込まれた。

 

 競売人が生息域と希少性を読み上げて開始価格を告げると、客席のあちこちで数字が灯り、金額が次々に跳ね上がっていった。鳥の一羽が翼を広げて透明壁へぶつかったが、乾いた音が響いただけで値は下がらない。


 ザハードまで二十八メートル。周囲に警備三人。

 

 捕らえるだけなら難しくない。問題は、そのあとだ。

 

 発砲が始まれば展示槽が割れ、客が出口へ殺到すれば混乱が広がる。そこで主催側が証拠を消すことを優先すれば、未出品の生体を積んだまま船を離岸させることもできる。そう、追い詰められれば貨物ごと切り捨てることがある、とクェンも言っていた。


 先に船内警備を落とそう。


 アリステラがそう決めたところで、客席の向こうに見覚えのある顔を見つけた。


 正確には、覚えているのではない。知識として知っていた。連合中央軍需監査局の上級監査官の顔だ。

 

 終戦後には軍需物資の流出調査にも関わっている男。本来なら、こうした違法流通を摘発する側に近い立場の人間だ。保護指定生物の違法競売に買い手として参加していたことが公になれば、失脚では済まないだろう。


 アリステラは男の顔を記憶してから、何も言わず視線を外した。


 その直後、展示区画の奥から小さな鳴き声がした。


 ――キュイ。


 

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