第一話 賞金稼ぎの魔王④
アリステラはじっとクェンを見つめる。嘘をついているような顔ではない。
「……星獣?」
「そこには食いつくんだな」
「用件を言って」
「はいはい」
クェンは口元に浮かんだ笑いを引っ込め、投影面を切り替えた。
映像は暗い貨物室だった。隠し撮りなのか画面は小刻みに揺れ、壁沿いにはいくつもの輸送檻が並んでいる。布を掛けられたものも多く、中身まではほとんど見えない。
クェンが映像の一部を拡大した。
「ここ」
檻と檻の隙間、照明もろくに届かない場所に小さな白い影があった。
映像が粗いせいで輪郭は崩れている。羽毛らしきものに覆われた身体と、頭の両側から垂れた何か、それから身体に比して長い尾らしき影だけが見える。
だが、ほんの数秒後には何者かがカメラの前を横切り、その姿も消えてしまった。
「これが?」
「依頼主は星獣の幼体じゃないかと見てる」
「確定してないの?」
「してない。この映像一本だけだ。撮影した奴も、そのあと連絡が取れなくなってる」
クェンは映像を一度止め、小さな影の輪郭を指で囲った。
「本当に星獣なら話が変わる。まともな市場に出てくる生き物じゃないし、違法競売へ回った時点で保護対象としてはかなりまずい。依頼は、この個体の生存確認と確保だ」
「競売の摘発は?」
「依頼には入ってない。できるなら証拠を拾ってこい、くらいだな。密売組織そのものを潰すのは別口の仕事だ」
アリステラはもう一度、静止した映像を見る。先ほどの白い影は檻の奥へ身体を押しつけ、少しでも何かから離れようとしているように見えた。
「保全機構がやることでしょ?」
星獣をはじめとする希少生物の保護や違法取引の監視、星系をまたぐ生態系被害への対応を担う広域機関、『銀河生態保全機構』のことだ。
「情報は渡ってるんだろうなあ。ただ、星獣かどうかも確定してないうえ、経路が三つの管轄を跨いでる。現地政府の一つは立入承認を渋ってるし、正規に手続きを踏んでる間に競売が終わるかもしれない」
「依頼主は……」
「代理の窓口をいくつか噛ませてるみたいだ。正体は伏せられてるが、まあきっと政府組織だろうな。少なくとも、この個体を市場から外したい理由はあるらしい」
アリステラの視線は映像から離れなかった。
「場所は?」
「受けるのか?」
「場所」
クェンは肩をすくめ、星図を開いた。
「二つ先。フォーンディット独立星系、第三惑星ラグード。明日の夜、そこにある違法競売へ回される可能性が高い」
「可能性?」
「情報の精度は六割」
「低いわね」
「だから誰も取らないんだ。星獣じゃないかもしれない。競売に出ないかもしれない。現地へ行ったら空振り、って可能性も普通にある」
アリステラは再び映像へ目を戻した。暗がりの中に、小さな白い影がいる。
「報酬、上げられないの」
クェンが眉を寄せた。
「俺に言うなよ。払うのは依頼主だ」
「掛け合える?」
「まぁ、申請はできるけど。通る保証はないぞ」
アリステラは投影された条件へ視線を落とした。
対象個体の種別は未確定。密売組織の規模も不明。二つの星系を跨いで移動し、現地で違法競売へ潜り込む必要がある。
通常なら移動費や装備費も提示された報酬から出すことになるが、この条件で現在の額では割に合わない。
「危険度加算で三割。星系間移動費は全額補填」
「全部取る気か」
「情報は六割。相手の規模も分からないし、そもそも対象が本物かも分からない。それでこの金額なら、誰も受けないでしょ」
クェンは口を閉じ、数秒考えてから端末を引き寄せた。
「三割は強いな。二割五分なら通しやすい」
「じゃあ二割五分。移動費は別途補填」
「そこは譲らないんだな」
アリステラは答えなかった。
クェンが《危険度加算》《星系間移動費補填》を付して変更申請を送ると、投影面の隅に《条件変更照会中》の表示が灯った。
「通ったら受ける、でいいな」
「ええ」
「通らなかったら?」
アリステラは檻の奥の白い影を見たまま答えた。
「そのとき考える」
二人とも黙ゆと、表示だけがゆっくり明滅する。やがて短い通知音が鳴り、照会中の文字が消えた。
クェンが内容を読む。
「……通った。危険度加算二割五分、星系間移動費は規定額まで実費補填。対象個体の確保が確認されれば成功報酬は満額。星獣ではなかった場合でも、映像の個体と一致すれば依頼達成扱いだそうだ」
「それでいい」
「なら成立だ」
クェンが承認を返すと、依頼表示が《募集中》から《受託済》へ切り替わった。
「さすがね」
「今の条件じゃ誰も取らないって、そのまま伝えただけだ。その代わり、条件を上げるなら即日で動ける受託者がいるとも言った」
「私のこと?」
「他に誰がいる」
「勝手に売り込んだの?」
「仕事を回すのが俺の仕事だ」
そう言って、クェンはラグード周辺の情報をアリステラの端末へ送った。
「向こうが条件を即決したってことは、それだけ急いでるんだろうな。競売が終われば個体は買い手へ渡る。そこから先は、どの星系へ行くかも分からない」
座標、入場経路、競売に関与していると見られる人物の情報が順に届く。その中に、灰色の上着を着た男の顔写真があった。
「ヘイル・ザハード。密売組織の輸送責任者らしい。競売に出る貨物を動かしてるのはこいつだ。捕まえられれば輸送経路まで取れるかもしれないが、依頼対象ではない」
アリステラは男の顔を一度見てから、次の情報へ送った。
「優先は、この個体」
「そういうことだ」
クェンが示した映像には、白い影がまだ静止したまま残っている。
「それと、もう一つ」
端末を閉じかけていたアリステラが目を上げる。
「連中、摘発されそうになると貨物を処分することがあるらしい」
「処分?」
「証拠を残さないためだ。輸送檻ごと捨てることもある」
アリステラの指が止まった。
「……宇宙へ?」
「そういう例もある」
古い通信所の壁を貨物軌道の振動が低く通り抜けていった。
アリステラはしばらく映像の白い影を見てから、端末を閉じた。
「分かった」
宿へ戻る頃には、街の照明はすっかり昼色になっていた。
土埃の匂いがする部屋へ入り、鉄扉を閉める。施錠を確認してから、窓、浴室、収納棚、ベッドの下へ順に視線を走らせた。何もいないと分かっていても、一通り確かめなければ装備を外す気にはなれない。
外套を脱ぎ、壁面の操作盤へ指を伸ばす。照明を落としかけたところで、指先は消灯表示の寸前に止まった。
結局、アリステラは入口脇の補助灯だけを残した。薄い橙色の光が床を横切り、家具の輪郭を辛うじて浮かび上がらせる。
アリステラは完全な暗闇では眠れない。その理由は、頭が覚えていないことを、身体が覚えているせいだ。
暗くなると、空気が少なくなるように感じる。
実際に酸素が減るわけではないことも分かっている。壁面の環境表示は二〇・九パーセントであるのに、それでも呼吸は浅くなり、胸がうまく動かなくなる。両手首に痛みを感じる夜もあった。傷はなく、拘束の痕ももう治っていると医師は言ったが、暗闇ではときどき、そこにまだ何かが巻きついているように感じてしまう。
冷たい金属と、狭い空間。それから、一定の間隔で繰り返される機械音。その先へ記憶が続いたことは、一度もない。
アリステラはベッドへ腰掛け、クェンから届いた依頼をもう一度開いた。条件は多少ましになったものの、まともな賞金稼ぎなら受けたがらないだろう。
映像を開く。
暗い檻の奥に、白い影がいる。
星獣かもしれない、とクェンは言った。星獣に興味がある訳でもないのに、アリステラは、あの映像が妙に気になって仕方がなかった。
翌日早朝に移動するための便を押さえ、アリステラは端末を閉じる。
なぜこの仕事を受けたのかは、考えないことにした。




