第十話 青空の中の空虚④
ファニアスの口から告げられると、《黒皇》を討ったという事実が急に重みを持った。
「帝国にとって《黒皇》は支配者だった。連合にとっては、八年続いた戦争そのものと言ってもいい。おぬしが彼を倒し、その直後に戦線は崩れた」
退院したのちに調べた戦争の資料では、何度も目にした名前。八年続いた戦争が終わったことも知っている。
「それに、昔からおぬしは肝心なところで人に顔を見せん」
「昔から?」
「ファニアス」
ヴァイスが遮る。老人は少し黙った。
「今のは忘れなさい」
「もう……伺ってしまいましたが」
「なら聞かなかったことにしろ」
「無茶をおっしゃいますね」
「長老とはそういうものだ」
ヴァイスが鼻で笑う。アリステラはファニアスを見たが、その先を話す気はないらしい。
代わりにヴァイスが机上の式典図へ視線を戻した。
「要請という形にはしているが、評議会からも出席を望む声が来ている。連合軍から星環院の騎士へ命令はできん。最終的には星環院の判断だ」
「つまり、レー卿からの命令になるのでしょうか」
「そう受け取って構わん」
「でしたら、最初からそう仰ればいいのに」
ファニアスの頬がかすかに動く。もとよりアリステラには、二つの組織の上層部からの命令ともあれば、拒否をする権利などないというのに。
話は初めから決まった状態で始まり、彼らの意のまま流れていく。
続いて、当日の集合時刻や入場の順番、会場内での動きについて説明を受けた。式典中は一人で動かないこと。予定にない相手から声をかけられても、その場で判断せず、近くの担当者を通すこと。
終戦直後の大きな式典なら、そういうものなのだろう。アリステラは必要なことだけ端末へ残した。
「アリステラ」
盲目の老人は少し間を置いてから言った。
「無理をするな」
「出席するよう仰ったのは、あなたでしょう」
ファニアスは答えなかった。ただ、ほんの少しだけ寂しそうに笑った。
その顔を見たとき、病室へ来た日のことを思い出した。
あのときも、ファニアスはアリステラの頭へ手を伸ばしかけ、途中で止めている。その理由はついぞ訊かなかった。
* * *
会議室を出る頃には、窓の外の光が少し傾いていた。案内役に連れられて中央棟を抜ける途中、廊下の向こうから何人かの《星の騎士》がやって来た。
彼らはアリステラを見ると揃って足を止め、そのうちの一人が深く頭を下げた。
「《暁星の騎士》」
深く頭を下げられ、後ろにいた若い騎士たちも道を空けた。アリステラはその間を通り過ぎる。
中央司令部を出ると、街では凱旋式の準備がさらに進んでいた。広場へ続く大通りには、銀と青の旗が何列にも渡されている。
アリステラはその下を早足で通り過ぎた。
家へ戻った頃には、ディランもユミーラも凱旋式のことを知っていた。
居間へ入ると卓上には通信端末が開かれたまま置かれている。アリステラが外套を脱ぐより先に、ユミーラが立ち上がった。
「凱旋式に出るって、ほ、本当なの?」
居間へ入るなり、ユミーラが矢継ぎ早に聞いた。
「うん。出席するように言われた」
「今のあなたを、あんなに大勢の前へ出すなんて……」
「大丈夫。壇上に立って、少し話すだけみたい」
「できるかどうかを心配してるんじゃないの」
その声はいつもより強かった。ディランが卓上の端末を閉じ、静かに口を開く。
「こちらからも掛け合った。星環院にも、連合軍にもな」
「でも変えられなかったでしょう」
「ああ……すまない」
ディランは申し訳なさそうに言う。ユミーラがまた何かを言いかけるように口を開こうとしたが、アリステラはその前に外套を椅子へ掛けた。
「それが私の役割なら、出るよ」
「アリステラ」
「大丈夫だから」
自分でも、その言葉をどこまで信じているのかはっきりしない。
その夜、星環院から正式な出席決定が届いた。発令者には、ファニアス・ユナ・ボ・レーの名がある。
添付された予定表には、翌朝から礼装の調整と着装確認、その後に式次第の最終説明を受けることが記されていた。アリステラは最後まで目を通した。




