第十一話 アリステラの孤独①
第十一話
アリステラの孤独
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三日後、凱旋式当日の朝。
星環院から寄越された車両が、まだ人通りの少ない時間にミシェノケイラ邸へ到着した。礼装の調整は前日までに終わっている。今日は着装の最終確認と勲章の配置、それから式次第を確認するだけだった。
中央区の星環院施設へ入ると、そのまま専用の着装室へ案内された。
室内には濃紺の礼装が一式用意され、襟や袖口には銀糸で細い星環紋が縫い込まれている。普段の騎士服より生地は硬く、身体に合わせるというより、着る者を決められた形へ整えるための衣服のように見えた。
「ミシェノケイラ卿、こちらへお願いします」
促されるまま、アリステラは鏡の前へ立った。
襟元を整えられ、腰帯の位置を直される。しばらくすると、別の職員が小さなケースを運んできて卓上へ置いた。
中には、いくつもの勲章が並んでいた。
「本日着用されるものを、軍歴記録と照合させていただきます」
「はい」
一つずつ名称が読み上げられていく。戦役名、防衛線、救援作戦、特別功労。 最後に、ひときわ重い意匠の勲章が取り上げられた。職員の指がわずかに止まる。
「こちらは、終戦時の戦功章です」
「……はい」
職員は顔を上げると、ほんの一瞬、目を輝かせた。すぐに取り繕うように勲章へ目を戻したものの、胸元へ取りつける間にも、何度かアリステラの顔を見ている。
隣にいた職員も似たようなものだった。目が合うと慌てて逸らすのに、少しするとまたこちらを見ている。
アリステラには、その目に向けられているものをどう受け取ればいいのか分からなかった。
胸元へ勲章が増えるたび、鏡の中の姿が、街で何度も見た《暁星の騎士》へ近づいていく。
最後の留め具が固定された。
「以上です」
職員が一歩下がった。
アリステラは鏡を見る。濃紺の礼装。銀の装飾。胸元を埋める勲章。これなら、誰が見ても《暁星の騎士》だと分かるだろう。
「ミシェノケイラ卿。あなたのご尽力に、心より感謝申し上げます」
頭を下げたその場の者たちは、しばらく顔を上げなかった。
着装確認を終えて廊下へ出ると、施設内はすでに式典へ向けて動き始めていた。星環院の騎士だけでなく、連合軍の礼装を着た将官や、各国から来たらしい随員たちも行き交っている。
正面から歩いてきた年嵩の男が、アリステラを見るなり足を止めた。男は連合軍の礼装を着ており、肩章からかなり上位の階級だと分かった。
「ミシェノケイラ卿」
男は深く頭を下げた。アリステラも足を止める。
「何か」
「一言、お礼を申し上げたくて」
顔を上げた男は、緊張した面持ちで口を開く。
「第十二星系防衛線で、あなたが撤退路を開いてくださった。あそこに、私の息子がいたのです」
アリステラは黙って男を見た。
「本人から聞いております。あなたが来なければ、あの部隊は生きて戻れなかったと……」
そこで男の口元がわずかに緩んだ。
「今は第五基地で勤務しています。今年、孫が生まれる予定なのです」
「……そう、ですか」
「はい。——ミシェノケイラ卿。あなたのご功績に、心より敬意を表します」
アリステラは何も返せなかった。
第十二星系防衛線という名も、その戦闘に自分がいたことも、記録を読んで知っている。それだけだ。
けれど、目の前にいる男の息子は生きていて、その先に新しい命まで生まれるのだという。
「本当に、ありがとうございました」
男はもう一度深く頭を下げ、アリステラに何かを求めることもなく、そのまま人の流れへ戻っていく。
アリステラはしばらく、その背中を見送った。
「相変わらず、大した人気ですね」
別の声がした。
振り向くと、連合軍の高官らしい男が立っていた。先ほどの将官より若いが、胸元には多くの徽章が並び、後ろに軍人を二人連れていた。
「《暁星の騎士》ともなれば当然か」
男はアリステラの胸元を一瞥した。
「もっとも、ご本人は何ひとつ覚えていらっしゃらないそうですが……」
アリステラは返事をしなかった。
「不思議なものですね。記憶はなくとも、戦い方は分かるのでしょうか」
男の口元だけが薄く動いた。
「先日の検査でも、たいそう見事だったとか。《魔王》の身体は、頭よりよほど忠実らしい」
アリステラは無意識に手を握りしめていた。なぜだろうか、指先から心の奥底まで冷えていくような心地がする。
「それは興味深い見解だな」
その時、アリステラの背中越しに、凛とした声が飛んできた。
高官はアリステラの背後を見て、さっと表情を変えた。廊下の奥から、一人の男がゆっくり歩いてくる。
その男は少し灰色の混じった濃い茶髪を無造作に後ろへ流し、濃色の式典礼装を着ていた。彼の胸にも、いくつかの勲章が並んでいた。
「ラ、ラグナート基地長」
高官が口にした名前に、周囲の何人かがこちらを向いた。
「どんなお話をしていたのか、私にも教えてくれないか」
「い、いや。大したことでは」
「それは残念」
基地長という男は、にこりと笑みを深めた。
「式典前の廊下で若い騎士を捕まえて、本人にはどうしようもないことで嫌味まで言っていたから、ずいぶん暇なのかと思ったよ」
高官の口元が引きつった。
「そういう意図では」
「そう、ならよかった」
かえって居づらくなったのか、高官は簡単な挨拶だけ残して立ち去っていく。アリステラは、自分の隣で立ち止まった男を見上げた。
「あなたは」
「アーヴィン・セル・ラグナートだ。第十三辺境基地を預かっている。大戦中は中央危機管理局にいた」
男は微笑みをたずさえた表情で答え、アリステラに右手を差し出した。アリステラもそれに応じ、手を握る。軍人らしくない傷の少ない手だった。
アリステラはしばらくその顔を見た。
「あなたに、会ったことある?」
「あるよ」
「そう……」
アーヴィンは覚えていないことを気にした様子もなく、少し先の廊下へ目を向ける。
「式典まで時間は?」
「少しだけ」
「おっと。なら、こんなところで捕まってる場合じゃないな。行先は同じだ。ともに行こうか」
二人は並んで歩き出した。
式典へ向かう者が増え、廊下は先ほどより人が多くなっている。すれ違う者の中にはアリステラに気づいて足を止める者もいたが、アーヴィンは構わず歩いていく。
「そうだ、暇になったら、一度来るといい」
「どこへ?」
「第十三辺境基地に」
アリステラは瞬いた。
「十三……、どんなところなの?」
「のどかなところだよ。星もよく見える」
「基地なのに?」
「基地だからって殺風景とは限らない」
アーヴィンは少し笑った。
「はははっ、まあ、面白い連中もいるし、景色も悪くないし。気が向いたら来るといい」
「気が向いたら……」
「ああ。歓迎するよ」
やがて式典会場へ続く通路が見えてきた。その手前で、アーヴィンが足を止める。
「私はここから別だ」
「そうなの?」
「君は特別だからね。一介の基地長とは入口が違うらしい」
アリステラは少し先を見た。通路の向こうでは、星環院の騎士たちがすでに集まり始めている。
「……私は特別じゃない」
「そうか。じゃあ、今日は周りが勝手にそう扱ってるだけだな」
アーヴィンは片手を軽く上げた。
「それでは、また。ミシェノケイラ卿」
「ええ」
人の流れへ入っていく背中を、アリステラは少しだけ見送った。
第十三辺境基地。星がよく見える場所。
その言葉だけが、妙に耳に残った。
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