第十話 青空の中の空虚①
第十話
青空の中の空虚
* * *
それから数日のあいだに、レオンとは何度か顔を合わせた。
約束をしていたわけではない。アリステラはまだ病院や星環院、軍の施設を行き来しており、朝に家を出ても、帰る頃には日が傾いていることが多かった。
同じような質問を何度も受け、残された記録との食い違いを確かめられる。戦争中のことを尋ねられても、答えられることはほとんどなかった。
そんなある日、病院での聞き取りを終えて廊下へ出ると、窓際に見覚えのある黒髪があった。
レオンは壁際に立ち、端末を見ていた。アリステラに気づくと顔を上げる。
「あ、終わったかい」
「どうしているの」
「近くで用があったから」
「私に?」
「いや」
それなら声をかけなくてもよかったのではないか。
そう思っているあいだに、レオンは端末を外套へしまい、出口へ向かって歩き始めた。ついて来いとも、一緒に帰ろうとも言わない。
アリステラが隣へ並ぶと、レオンの歩幅が少し狭くなった。
「あなた、暇なの?」
「そう見える?」
「見える」
「困ったな。今日はそれなりに働いたんだけど」
「知らない」
「そうだね」
あっさり認められ、アリステラは口を閉じた。
正面棟へ続く廊下は、軍服姿の人間や怪我の治療に通う者たちで混み合っていた。
すれ違う者の中には、アリステラに気づいて足を止める者もいる。敬礼をしたまま何か言いかけ、結局そのまま通り過ぎる若い兵士もいた。
《暁星の騎士》。
ここでは、アリステラ本人より先に、その名前の方が知られている。
戦争が終わってから、まだひと月も経っていない。街には勝利を祝う飾りや軍の映像が残り、その中には何度も自分と同じ顔が現れた。
画面の中の女は、いつも迷いなく立っている。
前から歩いてきた三人の兵士が道を空けた。そのうち一人が、通り過ぎる直前に立ち止まる。
「あ、あっ! ミシェノケイラ卿!」
呼ばれ、アリステラも足を止めた。
「あ……えっと、私?」
「第四外縁防衛線にいました。最終攻勢の前です。その……あなた方が来てくれなかったら、自分たちの部隊はたぶん帰れませんでした」
第四外縁防衛線。
黙ったままのアリステラを見て、青年の表情が固くなる。隣の年上の兵士が脇を小さく突くと、青年ははっとしたように頭を下げた。
「あ……申し訳ありません」
「どうして謝るの」
「いえ、その……」
青年は答えられず、代わりに深く敬礼した。
「ご帰還、本当に嬉しく思います」
「……ありがとう」
三人が通り過ぎる。
最後の一人だけが、アリステラとの間を少し広く取った。廊下には十分な広さがあり、避ける必要はなかったはずだった。
アリステラは振り返らず、再び歩き出した。レオンも隣を歩いている。そういえば、この男はあまり昔の話を持ち出さないなと気づく。
「ねえ」
「うん?」
「同期って、ずっと同じ部隊だったってこと?」
レオンは少し考えてから答えた。
「ずっとじゃない。士官学校を出てからは、別の任務に就いた時期も長かった」
「ふうん……」
過去を知りたいとは思う。何も思い出せないことに腹が立つこともある。
けれど、誰かの記憶に残っている自分の話を聞くたび、知らない人間の輪郭だけが増えていった。
親しげに話されるほど、その場にいたはずの自分だけが取り残されていく。話知らない自分の輪郭は増えて、けれどもそれが自分になるわけではない。
本当にそれは、アリステラのことなのだろうか。
どうして記憶を失ってまで、目を覚ましたのだろう。
いっそ、目覚めなければよかったのに――。
——ガシャンッ。
考えに沈みながら渡り廊下の半ばまで来たところで、突如、背後から硬い音が響いた。搬送区画へ続く隔壁が閉じた音だった。
重い金属が噛み合う音が、耳の奥へ残る。
「アリステラ?」




