第五話 帰還と晴嵐の騎士②
アリステラは二人の会話を聞きながら、命令書の内容を頭の中で整理していた。
中央へ戻る。それ自体はもう決まっている。けれど、レオンがわざわざラグードまで来た理由はまだ聞いていない。
「あなたも?」
レオンへ顔を向けると、意味は伝わったらしい。
「中央まで同行するよう命令を受けている。あなたを連れてくるようにと。途中で逃げることはないと思うけど、これで休暇は終わりだよ」
「そう。分かった」
アリステラが答えると、レオンの指が端末の縁でほんのわずかに止まった。
表情は変わらない。
ただ、返ってくると思っていた言葉ではなかったのか、レオンは一瞬だけ目を伏せた。
何を期待していたのだろう。
中央へ戻れば、こういう相手には何人も会う。その一人ひとりについて考えていてはきりがない。
「きゅ」
足元から小さな声がした。
幼獣がアリステラの外套の裾に寄り添い、大きな青い瞳でレオンとクェンを窺っている。
レオンの眉がわずかに上がった。
「その生き物が、昨日の?」
「ええ」
「ずいぶん落ち着いてるね」
「離れないの。いい迷惑よ」
レオンは少し間を置いた。
「……そうか」
妙に含みのある頷き方だった。
アリステラが眉を寄せるより先に、クェンが身をかがめる。
「いやあ、完全に馴染んでるじゃないか。もう飼い主を見る顔だぞ、これ」
幼獣はクェンが近づいた途端、身体を低くしてアリステラの脚へ半歩寄った。
「なんで俺にだけ露骨なんだよ」
クェンは納得がいかないらしく、口元を歪めた。けれど幼獣は取り合わず、アリステラの脚へぴたりと身体を寄せている。
そのとき、廊下の奥から足音が近づいてきた。
「おはようございます。保全機構です。昨夜の個体のことで伺いました」
現れたのは、昨夜と同じ職員だった。片手に端末を持ち、肩から小さな医療バッグを提げている。
「今朝の状態を一度見せてもらって、それから今後の保護についてご説明を……」
そこで声が止まった。
職員は幼獣の様子を確かめるように一度頷いたあと、顔を上げた。そのまま隣のレオンに気づき、動きが止まる。
「えっ、え、ええ?」
さっきまでの仕事の顔が一気に崩れた。
クェンが横で小さく吹き出す。
「まさか、《晴嵐の騎士》様……? じゃあ、本当に……《暁星の騎士》様?」
アリステラは答えなかった。
職員は助けを求めるようにレオンへ顔を向ける。レオンはわずかに口元を緩めた。
「本人ですよ」
「えっ」
昨日、自分で否定したことを思い出したらしい。職員は口を開きかけ、そのまま閉じた。
数秒固まったあと、ようやく小さく咳払いをする。
「す、すみません。回収でした」
職員は手元の端末を開いた。
「昨夜の記録を確認しましたが、この子の状態は安定しています。ただ、保護先が変更になりました」
「変更?」
「ラグードではなく、中央星系の施設へ移します。こちらではこの種を詳しく調べる設備が足りないので、検査と保護は中央で行うことになりました」
また中央。
アリステラは黙ったまま続きを待った。
職員は説明を続けかけ、ふと何かに気づいたように顔を上げる。
「もしかして、中央へ戻られるんですか?」
「ええ。今日発つ予定です」
レオンが答えた。
職員は一瞬考え込み、それから端末を操作し始める。
「……でしたら、少し待ってください」
クェンが小声で言った。
「アリステラ、残念な流れだな」
アリステラもそう思った。
ほどなくすると、職員が満足そうに「よし」と頷いた。
「本来は専用便で運ぶ予定なんですが、昨日、容器へ入れたときにかなり暴れています。薬で眠らせる方法もありますけど、まだ分からないことの多い生き物なので、できれば使いたくありません」
幼獣は職員の声に反応して、アリステラの脚へ身体を寄せた。
「この子が落ち着いていられる相手と一緒に中央まで行けるなら、その方が負担は少ないと思います」
一瞬、誰も何も言わなかった。
「つまり、私と?」
「はい。可能であれば」
アリステラは額へ手を当てた。
一晩だけのはずだ。中央へ戻るだけでも気が重いのに、そこへ未知の生き物まで増えようとしている。
「必要な餌や医療用品はこちらで用意します。中央へ着けば、施設の職員が引き取ります。移動中だけ、一緒にいていただければ」
職員はそこでレオンへ話を振った。
「そちらの移動に問題がなければ、ですが」
「そうですね……」
余計なことは言わないでほしい。
アリステラがそう思った瞬間、レオンとばっちり目が合った。金褐色の瞳がわずかに細くなる。
「保全機構の正式な記録が出るなら、こちらは問題ありません。中央までなら船にも余裕がありますし、無理に引き離す必要もないでしょう」
「助かります」
職員がほっと息を吐いた。そのまま話がまとまりそうになり、アリステラは眉を寄せた。
「決めるのは君だけど」
と、レオンが付け足すように言う。
アリステラは足元へ目を落とした。
幼獣は長い尾を床へ垂らしたまま、こちらを見上げている。昨夜よりは落ち着いていたが、廊下を誰かが通るたび翼がわずかに強張り、そのたび外套へ身体を寄せていることに気づいていた。
アリステラにも分かる仕草——怖がっているのだ。でも、なぜだかアリステラには心を開いているようで。
それがどうにも、アリステラの胸を騒めかせる。
「……分かった」
渋々アリステラが言うと、職員の顔がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます。必要なものをすぐ用意します。中央の施設にも到着予定を伝えておきます」
アリステラは頷き、幼獣の頭を見下ろした。
「中央までよ」
「きゅ」
幼獣が短く鳴く。クェンはそのやり取りを見て、肩を揺らした。
「まあ、そうなるといいな」
どういう意味、と聞き返す気にはならなかった。
幼獣はそんなことも知らず、アリステラの外套の裾で長い尾をゆっくり揺らした。




