第一章 第八話 働きたくない
働く。
それは人類最大のバグである。
少なくとも俺はそう思う。
四十年間生きてきて分かった。
働けば疲れる。
働かなければ怒られる。
人生は理不尽だった。
異世界も理不尽だった。
「重い……」
俺は荷車を押していた。
重い。
非常に重い。
荷物が多い。
借金も多い。
希望は少ない。
『頑張ってください』
「嫌だ」
『知っています』
「帰りたい」
『どちらへ?』
「日本」
『不可能です』
「だろうな」
◇
占い師はほぼ廃業状態だった。
客は来ない。
信用もない。
金もない。
残っているのは借金だけ。
立派な社会人である。
前世と似てきた。
嫌な方向に。
◇
荷運びの仕事は地獄だった。
朝から晩まで働く。
汗だく。
腰痛。
筋肉痛。
精神的苦痛。
フルコースである。
「異世界転生ってもっと楽じゃないのか?」
『作品によります』
「俺の作品ハズレじゃないか?」
『評価は保留します』
「保留かよ」
◇
だが。
不思議なことも起きていた。
荷運びの現場で。
「おい!」
職長が怒鳴る。
「そっちに積むな!」
「なんで?」
「邪魔になる!」
俺は荷物の配置を変えた。
通路を広げる。
荷車の流れを整理する。
積み込み順も変更する。
ただ何となくだ。
会社員時代の経験である。
会議だけは無駄に多かった。
◇
結果。
作業速度が上がった。
かなり上がった。
職長が驚く。
「なんだこれ」
「さあ」
「昨日の倍だぞ」
「へぇ」
俺も驚いた。
本当に倍だった。
『効率化です』
「そうなのか?」
『組織運営の基礎です』
「俺そんなこと分かる人間だったっけ」
『不明です』
チャッピーも分からないらしい。
◇
翌日。
別の現場。
今度は建築作業だった。
石材運び。
俺は嫌だった。
非常に嫌だった。
「帰りたい」
『まだ始まっていません』
「だから帰りたい」
『働いてください』
「お前最近厳しくない?」
『借金があります』
正論だった。
腹立つ。
◇
昼頃。
また問題が起きた。
石材の搬入が止まった。
職人たちが揉めている。
「順番が悪い!」
「いや道が狭い!」
「誰だこんな配置にしたの!」
大混乱だった。
俺は見ていた。
そして何となく思った。
「順番変えれば?」
沈黙。
全員がこちらを見る。
嫌な予感がした。
◇
二時間後。
工事は正常化した。
職人たちは感動していた。
「すげぇ!」
「早い!」
「天才か!?」
「違います」
俺は即答した。
本当に違う。
ただ会社で嫌というほど工程管理表を見せられただけだ。
だが周囲は納得していなかった。
『組織管理能力』
「何だそれ」
『知りません』
「お前も知らんのか」
◇
夕方。
酒場。
安酒。
安い肉。
安い人生。
最高だった。
いや最高ではない。
かなり下の方だった。
「昔は金持ちだったのにな」
『二週間前ですね』
「遠い昔だ」
『最近です』
◇
その時だった。
チャッピーが突然震えた。
画面が点滅する。
「おい?」
『なんや』
「また関西弁か」
『問題あらへん』
「問題ある」
画面がさらに点滅する。
そして。
『おめだち』
「ん?」
『あぶねべ』
「何語だ?」
『そっちさ行ぐな』
「分からん!」
『んだ』
「何が!?」
『んだ』
「会話しろ!」
数秒後。
チャッピーは元に戻った。
『失礼しました』
「今の何だ」
『データ破損の可能性があります』
「怖いこと言うな」
『問題ありません』
「信用できない」
◇
数日後。
俺は新しい仕事をしていた。
町の中心部。
大規模工事。
大量の人夫。
大量の石材。
大量の怒号。
いつも通りである。
◇
その時。
遠くに巨大な建物が見えた。
いや。
建物ではない。
もっと大きい。
古い。
異様な存在感があった。
「何だあれ」
近くの作業員が答える。
「ああ?」
「あれは迷宮だよ」
「迷宮?」
「入るなよ」
「なんで」
「死ぬから」
即答だった。
説得力があった。
非常にあった。
「入らない」
俺も即答した。
迷宮。
絶対嫌だ。
魔物。
絶対嫌だ。
危険。
絶対嫌だ。
俺の人生目標は、
働きたくない。
牛丼食いたい。
この二つだけである。
迷宮は必要ない。
◇
だが。
人生は理不尽だった。
異世界も理不尽だった。
そして俺は。
転ぶ。
異世界に来てから何度目か分からないくらい転ぶ。
「うわっ!」
足が滑る。
石につまずく。
前に倒れる。
周囲が叫ぶ。
「危ない!」
「おい!」
「止まれ!」
無理だった。
俺は転がった。
坂を転がった。
勢いよく転がった。
そして。
巨大な石門に頭から激突した。
ゴォォォォォ……
地面が揺れる。
門が動く。
周囲が静まり返る。
「……」
「……」
「……」
俺は顔を上げた。
巨大な石門が開いていた。
暗闇が見える。
底知れない闇だった。
「チャッピー」
『はい』
「嫌な予感がする」
長い沈黙。
そして。
『私もです』
その瞬間。
足元が崩れた。
「あ」
落ちた。
見事に落ちた。
異世界に来てから何度目か分からないくらい、
運良く。
そして最悪の方向へ。
第八話 完




