第四章 第二話 湖の牛
牛だった。
◇
どう見ても牛だった。
◇
遠くから見る限り。
◇
少なくとも俺にはそう見えた。
「牛だ」
『牛やな』
◇
俺とチャッピーは固く握手した。
◇
正確にはスマホなので握手はしていない。
◇
気持ちの問題である。
「ついに見つけた」
◇
第四階層到着初日。
◇
ついに牛発見。
◇
長かった。
◇
本当に長かった。
◇
異世界転生してからずっと探していた。
◇
牛丼への第一歩。
「ありがとう神様」
『まだ早い』
◇
チャッピーが珍しく冷静だった。
「何がだ」
『今まで何回騙された』
◇
思い出した。
◇
キノコ豚。
◇
オーク。
◇
謎肉。
◇
魚醤。
◇
数々の悲劇。
「今回は違う」
◇
俺は断言した。
「今回は牛だ」
◇
チャッピーは黙った。
◇
その沈黙が怖い。
問題発生
牛は島にいた。
◇
湖の中央。
◇
橋なし。
◇
船なし。
◇
泳ぐには遠い。
「どうするのですか?」
◇
ミリアが聞く。
「簡単だ」
◇
俺は草原を見渡した。
◇
草。
◇
大量の草。
「船を作る」
◇
ミリア沈黙。
◇
チャッピー沈黙。
『大丈夫か?』
「任せろ」
◇
任せてはいけなかった。
草船計画
まず草を刈る。
◇
刈る。
◇
ひたすら刈る。
◇
腰が痛い。
「文明の力が欲しい」
『鎌くらい作れ』
「面倒だ」
◇
そして束ねる。
◇
縄を編む。
◇
さらに束ねる。
◇
何となく船っぽくする。
完成。
「どうだ」
◇
沈黙。
『棺桶やな』
「船だ」
『棺桶や』
◇
ミリアも困っていた。
「乗るのですか?」
「乗る」
「本当に?」
「乗る」
◇
男には行かなければならない時がある。
◇
牛が待っている。
出航
浮いた。
◇
奇跡だった。
◇
本当に奇跡だった。
「浮いたぞ!」
『浮いたな』
◇
進む。
◇
ギシギシ。
◇
ミシミシ。
◇
嫌な音しかしない。
「大丈夫だ」
『その台詞やめろ』
◇
湖の中央。
◇
巨大な魚影。
◇
見えた。
「魚だな」
『でかいな』
◇
魚影。
◇
船より大きい。
◇
見なかったことにした。
「気のせいだ」
『現実逃避や』
◇
何とか進む。
◇
何とか生きている。
◇
何とか到着。
孤島上陸
島だった。
◇
本当に島だった。
◇
草も生えている。
◇
木もある。
◇
牛らしき影もいる。
「勝った」
◇
俺は感動した。
◇
牛まであと少し。
『まだ早い』
◇
チャッピーは冷静だった。
距離百メートル。
「牛だ」
距離五十メートル。
「牛だ」
距離二十メートル。
「牛だよな?」
『知らん』
◇
何かおかしい。
◇
嫌な予感。
◇
非常に嫌な予感。
距離十メートル。
◇
足が見えた。
◇
小さい。
◇
やたら小さい。
◇
しかも。
◇
いっぱいある。
「……」
◇
俺停止。
◇
ミリア停止。
◇
チャッピー停止。
「足多くない?」
◇
ミリアが言った。
「多いですね」
◇
さらに近づく。
◇
確認する。
◇
現実を見る。
「多いな」
『多いな』
◇
百本くらいあった。
◇
数えたくない。
「牛じゃない」
◇
チャッピー。
『牛ちゃう』
◇
顔が見える。
◇
触角が見える。
◇
牙が見える。
◇
目がいっぱいある。
「……」
『……』
◇
数秒。
◇
誰も何も言わない。
「ムカデだ」
◇
チャッピー。
『ムカデや』
◇
巨大ムカデだった。
◇
島の大部分を占領していた。
◇
遠目には牛に見えた。
◇
近くでは絶対見えない。
ギチギチギチギチ
◇
巨大ムカデが動く。
◇
島が揺れる。
◇
木が倒れる。
「帰るぞ」
『全力や』
◇
振り返る。
◇
全力疾走。
◇
人生最速。
「ぎゃあああああ!」
◇
皇帝とは思えない悲鳴。
「船!」
◇
草船へ飛び乗る。
◇
その瞬間。
バキッ
◇
壊れた。
「嘘だろ!」
『知ってた』
◇
沈む。
◇
船沈没。
◇
終了。
「泳げぇぇぇ!」
◇
湖へ飛び込む。
◇
ミリアも飛び込む。
◇
巨大ムカデも追ってくる。
ギチギチギチギチ!
◇
怖い。
◇
とても怖い。
◇
牛丼どころではない。
「助けてくれぇぇぇ!」
◇
全力で泳ぐ。
◇
水しぶき。
◇
涙。
◇
鼻水。
◇
尊厳消滅。
その時。
◇
湖岸の岩陰。
◇
ピンク色。
「影とは」
◇
ピンクスーツの男が立っていた。
◇
なぜか釣りをしている。
「見守るもの」
◇
意味が分からない。
シュッ
◇
糸が飛ぶ。
◇
巨大ムカデの目に刺さる。
ギャァァァァ!
◇
ムカデ暴走。
◇
反対方向へ突進。
◇
島へ戻る。
「影とは」
◇
ピンク男が頷く。
「自然な支援」
◇
全然自然ではない。
帰還
数十分後。
◇
岸へ到着。
◇
俺は倒れた。
「牛じゃない……」
◇
涙声だった。
『牛ちゃうな』
◇
チャッピーも疲れていた。
◇
スマホなのに疲れていた。
ミリアが遠くを見る。
「あの生物」
「何だ」
「牛に似ていました」
「似てない」
◇
すると近くを通った草原民族の老人が言った。
「ああ」
◇
老人は頷く。
「あれはモーモー様じゃ」
◇
沈黙。
「何?」
「あの神獣はモーモー様じゃ」
◇
俺とチャッピー。
◇
同時に叫んだ。
「名前だけ牛じゃねぇか!!」
◇
こうして。
◇
第四階層最初の牛探しは失敗した。
◇
だが。
◇
おっさんはまだ知らない。
◇
この草原には、
さらに恐ろしい牛もどきが大量にいることを。
第四章 第二話 完




