第四章 第一話 皇帝失踪
皇帝になって三日目の朝。
俺は机に向かっていた。
◇
皇帝らしく執務をしているわけではない。
◇
遺書を書いているわけでもない。
◇
退位届を書いていた。
「よし」
書けた。
◇
完璧だった。
◇
簡潔。
◇
分かりやすい。
◇
心がこもっている。
『辞めます。
牛を探しに行きます。
探さないでください。』
◇
名文だった。
◇
後世に残る。
◇
残らない方がいい。
『アホや』
スマホの中からチャッピーが言った。
◇
最近は関西弁率が高い。
◇
故障が進行しているらしい。
「アホじゃない」
『皇帝やぞ』
「牛がいない」
『知らんがな』
◇
地下帝国の未来より牛丼が大事。
◇
それが俺という男だった。
皇帝逃亡計画
作戦は簡単。
◇
城の裏門から出る。
◇
そのまま第四階層へ向かう。
◇
牛を探す。
◇
牛丼を作る。
◇
ニート生活へ一歩近づく。
◇
完璧だ。
『絶対失敗する』
「するな」
『する』
◇
チャッピーは最近辛辣だった。
城を抜ける。
◇
誰もいない。
◇
警備もいない。
◇
簡単すぎた。
「勝ったな」
『まだや』
◇
その瞬間。
「おはようございます」
◇
聞き覚えのある声。
◇
振り返る。
◇
ミリア姫だった。
「なぜいる」
「皇帝陛下が逃げると聞きました」
「誰から」
「皆様から」
◇
情報漏洩が早い。
◇
国家機密とは何なのか。
「帰れ」
「嫌です」
◇
即答だった。
「危険だぞ」
「大丈夫です」
「根拠は」
「何とかなると思います」
◇
駄目だ。
◇
何も考えていない。
◇
相変わらずポンコツだった。
『お前もや』
「うるさい」
◇
結局。
◇
ミリアは付いてきた。
◇
当然のように。
◇
当然ではない。
第四階層への道
地下帝国のさらに奥。
◇
巨大な門。
◇
古代文明の遺跡。
◇
誰も開けられなかった門。
◇
なぜか俺が触ると開いた。
ゴゴゴゴゴ……
◇
嫌な音。
◇
毎回だ。
◇
こういう時だけ主人公補正が働く。
『嫌な予感しかしない』
「同感だ」
◇
門の向こう。
◇
眩しい光。
◇
風。
◇
草の匂い。
そして。
大草原だった。
◇
どこまでも緑。
◇
空のような天井。
◇
巨大な湖。
◇
森。
◇
山。
◇
地下とは思えない。
「おお……」
◇
ミリアが感動する。
「綺麗です」
◇
確かに綺麗だった。
◇
しかし。
◇
俺が見ているのは景色ではない。
「牛いるかな」
◇
それだけだった。
『病気やな』
「違う」
『病気や』
ピンクの影
その頃。
◇
少し離れた岩陰。
◇
何かがいた。
ピンクだった。
◇
派手なピンク。
◇
全身ピンク。
◇
スーツまでピンク。
◇
サングラスもピンク。
「影とは」
◇
男が呟く。
「誰にも気付かれぬもの」
◇
完全に見えていた。
「それが影」
◇
全然影ではない。
地下帝国最強護衛。
◇
秘密組織。
◇
皇族直属。
◇
伝説の男。
影。
◇
今回の任務。
「ミリア様の護衛」
◇
彼はプロだった。
◇
超一流だった。
◇
だからこそ。
「既に見失った」
◇
五秒で見失った。
「影とは難しい」
◇
駄目だった。
最初の危機
草原を進む。
◇
気持ちいい。
◇
平和。
◇
牛はいない。
「平和だな」
『フラグや』
◇
その時。
◇
俺の足元。
◇
古代遺跡の罠。
◇
踏み抜いた。
ガコン
「ん?」
◇
落とし穴起動。
◇
巨大。
◇
深い。
◇
死ぬ。
「うわぁぁぁ!」
◇
その瞬間。
◇
どこからか石が飛んできた。
カン!
◇
俺の靴に当たる。
◇
体勢が変わる。
◇
穴の手前に転ぶ。
◇
助かった。
「……」
◇
沈黙。
「運が良かった」
『違う』
「違うか?」
『後ろ見ろ』
◇
振り返る。
◇
遠くの岩陰。
◇
何かピンク色。
「花かな」
『人や』
「花だろ」
◇
興味を失う。
◇
チャッピーは頭を抱えた。
『あかん』
夜
野営。
◇
焚き火。
◇
干し肉。
◇
スープ。
◇
牛ではない。
「牛食いたい」
『寝ろ』
◇
ミリアはすでに寝ている。
◇
幸せそうだった。
◇
危機感がない。
その夜。
◇
巨大狼の群れ接近。
◇
数十匹。
◇
普通なら全滅。
しかし。
◇
岩陰。
◇
ピンクスーツ。
「影とは」
◇
剣が光る。
◇
狼が吹き飛ぶ。
◇
三十秒後。
◇
狼全滅。
「静かに消えるのも影」
◇
全身血だらけ。
◇
本人は満足そうだった。
翌朝
平和だった。
◇
狼はいない。
◇
危険もない。
「平和だな」
『平和ちゃう』
◇
チャッピーだけが知っていた。
◇
誰かが守っている。
◇
とても目立つ誰かが。
そして。
◇
丘の上へ登った時。
◇
ミリアが遠くを指差した。
「あれを見てください」
◇
巨大湖。
◇
湖の中央。
◇
小さな島。
◇
そして。
◇
島の上。
◇
黒い巨大な影。
「……」
『……』
◇
俺とチャッピー。
◇
同時に固まる。
「牛だ」
『牛や』
◇
第四階層。
◇
到着初日。
◇
ついに牛発見。
◇
たぶん。
「行くぞ!」
◇
おっさんは走り出した。
◇
後にそれが、
人生最悪の勘違いだったと知ることになる。
第四章 第一話 完




