第三章 第十話 キノコ丼と第四階層の門
皇帝になった。
◇
なってしまった。
◇
正確には。
◇
勝手になっていた。
◇
朝起きたら皇帝だった。
◇
理不尽である。
「辞めたい」
『就任一日目やぞ』
「だからだ」
◇
豪華な寝室。
◇
豪華な服。
◇
豪華な朝食。
◇
全部いらない。
◇
俺が欲しいもの。
◇
ただ一つ。
牛丼。
◇
三章かけて追い続けた夢。
◇
もう目前だった。
◇
醤油研究も進んでいる。
◇
料理人たちも頑張っている。
◇
地下帝国の国家予算まで投入された。
◇
そろそろ報われてもいいと思う。
『死亡フラグやな』
「やめろ」
本物の牛丼計画
王宮大食堂。
◇
料理人たちが並ぶ。
◇
研究者たちも並ぶ。
◇
ミリア姫もいる。
◇
なぜか大臣たちもいる。
◇
皆緊張している。
「完成しました」
◇
料理長が震えている。
「ついに」
◇
全員が固唾を飲む。
「完成しました!」
◇
運ばれてくる。
◇
どんぶり。
◇
湯気。
◇
肉。
◇
玉ねぎ。
◇
米。
◇
香り。
◇
限りなく近い。
◇
今までで一番近い。
「……」
◇
おっさん沈黙。
◇
チャッピー沈黙。
◇
ミリア沈黙。
『行け』
◇
俺はスプーンを握る。
◇
震える。
◇
人生で一番震えている。
◇
そして。
◇
ひと口。
◇
食べる。
「!!」
◇
立ち上がる。
◇
全員も立ち上がる。
「どうですか!?」
◇
料理長絶叫。
◇
研究者も絶叫。
◇
地下帝国の未来が懸かっている。
◇
たぶん。
「……」
◇
俺は静かに目を閉じる。
◇
故郷を思い出す。
◇
学生時代。
◇
会社員時代。
◇
離婚後。
◇
牛丼だけは味方だった。
◇
深夜二時。
◇
疲れた心。
◇
安い牛丼。
◇
温かかった。
「美味い」
◇
歓声。
◇
会場爆発。
◇
料理長号泣。
「やった!」
◇
ミリアも嬉しそう。
◇
チャッピーも画面で拍手している。
『Congratulations』
◇
珍しく英語が正しい。
「だが」
◇
会場静止。
◇
全員凍る。
「違う」
◇
絶望。
◇
再び絶望。
◇
料理長失神。
◇
研究者失神。
◇
大臣失神。
「なぜですかぁぁぁ!」
◇
料理長号泣。
◇
俺も泣きたい。
「惜しい」
◇
本当に惜しい。
「九十九点だ」
◇
全員が息を飲む。
「何が足りませんか」
◇
俺は遠い目をした。
「牛」
◇
沈黙。
「え?」
◇
料理長が固まる。
「牛じゃない」
◇
再び沈黙。
「何の肉なんですか?」
◇
料理長が答える。
「地底キノコ豚です」
◇
会場崩壊。
◇
誰も気付かなかった。
◇
地下帝国に牛が存在しなかった。
「なんでだよ!」
◇
俺が叫ぶ。
◇
料理長も叫ぶ。
「地下なんです!」
◇
それはそうだった。
『盲点やな』
◇
チャッピーまで納得していた。
◇
こうして。
◇
第三章最大の希望は。
◇
キノコ豚丼になった。
皇帝退位未遂
その夜。
◇
俺は退位届を書いていた。
「もう無理」
『早い』
「牛いないじゃん」
◇
皇帝の仕事より、
牛がいない事の方がショックだった。
「俺の夢終わった」
◇
その時。
◇
扉が開く。
◇
ミリアだった。
「聞きました」
◇
少し笑っている。
「退位するのですか?」
「する」
◇
即答。
「牛がいない」
◇
ミリアは数秒考える。
◇
そして。
◇
爆弾を投下した。
「第四階層にはいるかもしれません」
◇
沈黙。
「何?」
◇
ミリアが地図を広げる。
◇
古い地図。
◇
迷宮全体図。
◇
第三階層の先。
◇
さらに下。
第四階層
◇
未知領域。
◇
未踏破。
◇
危険地帯。
◇
誰も知らない世界。
「古文書に記録があります」
◇
ミリアが言う。
「巨大な草原」
◇
草原。
◇
地下に?
「そして巨大な獣たち」
◇
俺が固まる。
◇
チャッピーが固まる。
『牛か?』
「牛か?」
◇
二人同時だった。
「分かりません」
◇
ミリアが微笑む。
「だから確かめに行きましょう」
◇
嫌な笑顔。
◇
非常に嫌な笑顔。
◇
だが。
◇
今回は少し違った。
◇
俺も笑っていた。
「牛いるかな」
『おるとええな』
◇
その時だった。
◇
チャッピーの画面が突然光る。
ピカッ
◇
強烈な光。
◇
見たことがない。
◇
そして。
◇
古代文字が表示される。
『統一王アレクシス』
◇
沈黙。
◇
俺が固まる。
◇
ミリアも固まる。
『記録一致率』
『九九・九八%』
◇
さらに表示。
『転生個体確認』
◇
空気が変わる。
◇
世界が止まる。
◇
そして。
◇
次の瞬間。
『System Error』
◇
全部消えた。
「……」
『……』
「今の見たか?」
◇
ミリアがゆっくり頷く。
「見ました」
◇
チャッピーは黙る。
◇
またフリーズ。
◇
いつも通り。
◇
本当に肝心な時だけ壊れる。
「アレクシス?」
◇
知らない名前。
◇
聞いたこともない。
◇
だが。
◇
なぜか胸が痛んだ。
◇
懐かしいような。
◇
悲しいような。
「誰なんだ」
◇
答える者はいない。
◇
ただ一人。
◇
フリーズしたチャッピーだけが、
画面の隅に小さく表示していた。
『Loading Ancient Memory...0.1%』
◇
誰も気付かなかった。
◇
こうして。
◇
地下帝国編は終わる。
◇
牛丼はまた遠ざかった。
◇
皇帝にはなった。
◇
古代王の伏線も動き出した。
◇
そして。
◇
おっさんの次の目的は決まった。
牛を探す。
◇
世界の命運でも。
◇
皇帝の責任でもない。
◇
ただ牛丼のために。
「ああ……」
◇
おっさんは夜空のない地下世界を見上げた。
「ああー、僕の牛丼生活」
◇
それはまだ。
◇
とても遠かった。
第三章 地下帝国編 完
次章予告
第四章 大草原編
牛を求めて第四階層へ
そして第四章終盤、
ついに迷宮最下層へ続く手掛かりが現れます。




