第三章 第八話 王の夢
地下帝国はおかしくなっていた。
◇
元々おかしかった。
◇
だが今はもっとおかしい。
◇
皇帝選挙は止まった。
◇
内戦も止まった。
◇
政治も止まった。
◇
代わりに始まったもの。
醤油開発計画
◇
国家予算が投入された。
◇
研究者が集められた。
◇
農家も集められた。
◇
料理人も集められた。
◇
意味が分からない。
「なんでこうなった」
『お前のせいや』
「違う」
『全然違わん』
◇
王宮の一室。
◇
俺は醤油候補の試作品を試食していた。
◇
机の上には壺が並ぶ。
◇
十個。
◇
二十個。
◇
三十個。
◇
全部茶色い。
◇
全部怪しい。
「これ本当に食えるのか」
◇
チャッピーが答える。
『たぶん』
「その言葉が一番怖い」
◇
試食する。
◇
しょっぱい。
◇
酸っぱい。
◇
苦い。
◇
変な香り。
◇
全部違う。
「牛丼への道は遠いな……」
◇
その時。
◇
部屋の扉が開く。
バァン!
◇
ミリア姫だった。
◇
走っている。
◇
息を切らしている。
◇
珍しい。
「大変です!」
◇
またか。
◇
絶対またか。
「今度は何だ」
◇
ミリアは言った。
「古代遺跡が見つかりました!」
◇
沈黙。
◇
俺。
◇
チャッピー。
◇
同時に嫌な顔になる。
『帰ろう』
「帰ろう」
◇
古代遺跡。
◇
今までろくな思い出がない。
◇
大地竜。
◇
崩壊神殿。
◇
事故。
◇
事故。
◇
事故。
◇
全部事故だった。
「行かない」
◇
即答。
「行きます」
◇
ミリア即答。
「嫌だ」
「行きます」
◇
十分後。
◇
俺は遺跡へ向かっていた。
◇
人生とは理不尽である。
古代王の神殿
地下帝国最深部。
◇
巨大な遺跡。
◇
誰も入ったことがない。
◇
古代文明の建造物。
◇
入口だけで城くらいある。
「嫌な予感しかしない」
『同感や』
◇
遺跡内部へ入る。
◇
暗い。
◇
静か。
◇
古い。
◇
そして。
◇
妙に懐かしい。
「……?」
◇
違和感。
◇
初めてだった。
◇
見たことがないはずなのに。
◇
知っている気がする。
『どうした?』
「分からん」
◇
進む。
◇
さらに進む。
◇
やがて巨大な広間。
◇
中央に玉座。
◇
巨大な王座だった。
◇
誰も座っていない。
◇
しかし。
◇
見た瞬間。
◇
頭痛。
ズキン
「っ!?」
◇
視界が揺れる。
◇
世界が歪む。
◇
聞こえる。
◇
誰かの声。
『陛下』
◇
俺は振り返る。
◇
誰もいない。
『陛下』
◇
また聞こえる。
◇
男の声。
◇
老人の声。
◇
泣きそうな声。
「誰だ」
◇
返事はない。
◇
代わりに景色が変わる。
玉座。
◇
軍勢。
◇
旗。
◇
鎧。
◇
王冠。
◇
戦争。
◇
炎。
◇
そして。
◇
玉座に座る男。
◇
後ろ姿しか見えない。
◇
だが。
◇
妙に見覚えがあった。
『陛下』
◇
再び声。
◇
そして。
◇
男が振り返る。
「……」
◇
俺だった。
「は?」
◇
景色が消える。
◇
現実へ戻る。
◇
俺は床に座り込んでいた。
◇
冷や汗。
◇
心臓が痛い。
「今の何だ」
◇
チャッピーが珍しく静かだった。
◇
数秒後。
『夢やろ』
◇
嘘だった。
◇
チャッピーも分かっていた。
◇
何かがおかしい。
「俺は誰だ」
◇
初めて出た言葉だった。
◇
今まで考えもしなかった。
◇
異世界へ来てから。
◇
ずっと生き残ることしか考えていなかった。
◇
牛丼のことしか考えていなかった。
◇
だが。
◇
今だけは違った。
「なんなんだ俺は」
◇
その時だった。
◇
ミリアが何かを拾う。
「これを見てください」
◇
古い石板だった。
◇
そこには紋章。
◇
王冠。
◇
剣。
◇
そして文字。
◇
誰にも読めない古代文字。
「読めるか?」
◇
チャッピーが震える。
◇
画面が明滅する。
『読める』
◇
俺とミリアが固まる。
◇
初めてだった。
◇
本当に読めるらしい。
『古代統一王』
◇
静まり返る。
『世界最初の王』
◇
さらに静まり返る。
『名は――』
◇
その瞬間。
◇
チャッピーがフリーズした。
ピシッ
『System Error』
◇
沈黙。
◇
俺。
◇
ミリア。
◇
同時に叫ぶ。
「そこで止まるなぁぁぁぁ!!」
◇
チャッピーは黙ったままだった。
◇
いつものように。
◇
最悪のタイミングで。
第三章 第八話 完




