第三章 第七話 皇帝になる条件
地下帝国は揉めていた。
◇
とても揉めていた。
◇
貴族同士が揉める。
◇
将軍同士が揉める。
◇
商人同士も揉める。
◇
全員揉める。
◇
理由。
◇
皇位継承問題だった。
「だから俺は関係ない」
『誰もそう思っとらん』
◇
チャッピーが冷静に言う。
◇
最近少しだけ調子が戻っていた。
◇
今日は標準語だった。
◇
それが逆に怖い。
◇
地下帝国中央議会。
◇
大広間。
◇
数百人の貴族。
◇
数千人の観客。
◇
そして俺。
◇
なぜか最前列。
「帰りたい」
『諦めろ』
◇
ミリア姫が立ち上がる。
◇
場が静まる。
「諸君」
◇
凛とした声。
◇
さすが皇女。
◇
こういう時は格好いい。
「地下帝国は岐路に立っています」
◇
全員が頷く。
◇
俺もなんとなく頷く。
「そこで提案があります」
◇
嫌な予感。
◇
非常に嫌な予感。
「この方に皇帝になっていただきます」
◇
全員拍手。
◇
大歓声。
◇
俺だけ立ち上がる。
「嫌です!」
◇
即答だった。
◇
一秒も迷わなかった。
「嫌です!」
「嫌です!」
「嫌です!」
◇
三回言った。
◇
重要なので三回言った。
◇
会場静寂。
◇
ミリア姫だけが微笑む。
◇
嫌な笑顔だった。
「理由を伺っても?」
◇
俺は立ち上がる。
◇
そして地下帝国全員の前で宣言した。
「牛丼だ!」
◇
沈黙。
◇
完全な沈黙。
◇
全員が固まる。
『始まった』
◇
チャッピーが呟く。
◇
俺は止まらない。
「俺は牛丼が食いたい!」
◇
会場困惑。
「牛丼とは何だ!」
「知らん!」
「食べ物か!」
「たぶん!」
◇
議会崩壊。
◇
ミリア姫だけが真面目だった。
「つまり」
◇
彼女は考える。
◇
そして結論を出した。
「本物の牛丼を作れば良いのですね」
「そうだ」
◇
俺は頷いた。
◇
地下帝国の未来が今決まった。
◇
たぶん。
「本物の牛丼を作った者が現れたら」
◇
全員が聞く。
◇
俺も聞く。
「貴方は皇帝になりますか?」
◇
俺は考えた。
◇
三秒。
◇
五秒。
◇
十秒。
◇
そして言った。
「なる」
◇
会場大歓声。
◇
俺だけ気付いていない。
◇
完全に罠だった。
『馬鹿や』
「うるさい」
牛丼トーナメント開催
翌日。
◇
地下帝国史上最大の祭りが始まった。
第一回
地下帝国牛丼選手権
◇
なぜか国民が熱狂した。
◇
なぜか新聞が特集した。
◇
なぜか賭けまで始まった。
「なんでこうなった」
『知らん』
◇
参加者三百六十七名。
◇
料理人。
◇
貴族。
◇
商人。
◇
農家。
◇
鍛冶屋。
◇
なぜか将軍。
◇
意味が分からない。
予選
キノコ丼。
失格。
◇
魚丼。
失格。
◇
巨大芋丼。
失格。
◇
岩トカゲ丼。
論外。
◇
ドラゴン丼。
高価すぎる。
◇
謎の青い丼。
危険なので失格。
「食い物なのか?」
『分からん』
◇
そして決勝戦。
◇
最後に残ったのは、
王宮料理長だった。
「これが私の答えです」
◇
運ばれてくる。
◇
会場静寂。
◇
俺も固まる。
◇
チャッピーも固まる。
『おい』
「おい」
◇
見た目。
完璧。
◇
肉。
ある。
◇
玉ねぎ。
ある。
◇
米。
ある。
◇
香り。
近い。
◇
あまりにも近い。
「来た……」
◇
震える。
◇
涙が出そうになる。
◇
故郷。
◇
日本。
◇
牛丼チェーン。
◇
深夜の明かり。
◇
全部蘇る。
『落ち着け』
「無理だ」
◇
ひと口食べる。
◇
会場全員が見ている。
◇
俺は咀嚼する。
◇
ゆっくり味わう。
◇
そして。
◇
静かに箸を置いた。
「美味い」
◇
料理長が震える。
◇
観客も震える。
「では!」
◇
全員が期待する。
◇
俺は首を振った。
「違う」
◇
絶望。
◇
会場全体が絶望する。
「何が違うのですか!」
◇
料理長が叫ぶ。
◇
俺はゆっくり答える。
「醤油だ」
◇
静まり返る。
「ショウユ?」
「そうだ」
◇
俺は再び食べる。
◇
確かに美味い。
◇
とても美味い。
◇
だが。
◇
決定的に違う。
「これは魚醤だ」
◇
料理長が驚く。
◇
正解だった。
◇
地下帝国には醤油文化がない。
◇
魚を発酵させた調味料で代用していた。
「素晴らしい料理だ」
◇
料理長が涙ぐむ。
「だが」
◇
全員が息を呑む。
「牛丼じゃない」
◇
会場大号泣。
◇
料理長も泣く。
◇
貴族も泣く。
◇
将軍も泣く。
◇
なぜかチャッピーも泣いている表示になる。
『感動した』
「何にだ」
◇
結果。
優勝作品
失格
◇
皇帝就任
延期
◇
地下帝国
大混乱
◇
しかし。
◇
その時。
◇
ミリア姫だけは笑っていた。
「なるほど」
◇
嫌な笑顔だった。
「ならば作りましょう」
◇
全員が振り向く。
◇
ミリアは堂々と言った。
「本物の醤油を」
◇
会場静寂。
◇
俺も固まる。
◇
チャッピーも固まる。
『始まったな』
「始まったな……」
◇
こうして地下帝国は、
皇帝選びを放置して、
国家総力を挙げた
醤油開発計画
へ突入することになった。
◇
後に歴史書には、
『第一次醤油戦争前夜』
と記されることになる。
第三章 第七話 完




