第三章 第六話 姫様はどこへ行った
人生には嫌な予感が当たる日がある。
◇
そして今がその日だった。
◇
俺は地下帝国農業改革責任者になっていた。
◇
昨日まで無職だった。
◇
意味が分からない。
「帰りたい」
『毎日言うな』
「毎日帰りたいからだ」
◇
朝。
◇
俺は農業担当官たちと会議していた。
◇
畑。
◇
灌漑。
◇
肥料。
◇
種子。
◇
知らない単語が飛び交う。
◇
頭が痛い。
「なんで俺なんだ」
『王様経験者やから』
「事故だ」
『皇帝候補やし』
「もっと事故だ」
◇
その時だった。
◇
会議室の扉が勢いよく開く。
バァン!
◇
兵士が飛び込んでくる。
◇
顔面蒼白。
◇
嫌な予感しかしない。
「大変です!」
◇
来た。
◇
絶対来た。
「姫様が!」
◇
ほら来た。
「姫様が?」
◇
兵士は叫んだ。
「行方不明です!」
◇
会議室全員が頭を抱えた。
◇
俺も抱えた。
◇
チャッピーも画面が暗くなった。
『またか』
◇
三日前にも聞いた。
◇
昨日も聞いた。
◇
どうやら定期イベントらしい。
「今度はどこだ」
◇
兵士は答える。
「分かりません!」
◇
堂々としていた。
◇
全然良くなかった。
捜索開始
一時間後。
◇
俺は捜索隊の先頭を歩いていた。
◇
なぜか。
◇
理由は知らない。
◇
いや知っている。
◇
押し付けられた。
「俺じゃなくていいだろ」
『姫様がおっさん指名や』
「なんでだよ」
『知らん』
◇
地下帝国は広い。
◇
本当に広い。
◇
巨大都市。
◇
人口数十万。
◇
迷子になる場所は無限にある。
「見つかる気がしない」
『ワシもそう思う』
◇
市場を探す。
◇
酒場を探す。
◇
図書館を探す。
◇
鍛冶街を探す。
◇
見つからない。
◇
さらに二時間。
◇
見つからない。
「どこ行ったんだ」
◇
その時。
◇
チャッピーが突然言った。
『腹減った』
「知るか」
『肉の匂いする』
◇
確かにする。
◇
香ばしい。
◇
美味そう。
◇
市場の奥からだ。
◇
俺は吸い寄せられる。
◇
人類の本能だった。
肉の屋台
市場の一角。
◇
肉を焼いている。
◇
行列ができている。
◇
美味そうだった。
◇
非常に美味そうだった。
「一個」
◇
買ってしまった。
◇
仕方ない。
◇
昼だった。
◇
腹も減る。
『仕事中やぞ』
「捜索中だ」
『同じや』
◇
肉を食べる。
◇
美味い。
◇
感動する。
◇
牛丼ではない。
◇
だが美味い。
◇
その時だった。
◇
行列の先頭で聞き覚えのある声。
「もう一本ください」
◇
俺は固まった。
◇
チャッピーも固まった。
『おるな』
◇
いた。
◇
ミリア姫だった。
◇
普通に並んでいた。
◇
普通に肉を食べていた。
◇
しかも変装ゼロ。
◇
王族オーラ全開。
「何してるんだ」
◇
ミリアが振り返る。
◇
満面の笑顔。
「探していたのです」
◇
俺は頭を抱えた。
「何を」
◇
ミリアは真顔で答えた。
「食料問題の原因を」
◇
一瞬。
◇
おっさんは感心した。
◇
さすが姫。
◇
ちゃんと調査している。
◇
そう思った。
◇
だが続きがあった。
「市場を見ようと思ったのです」
「うん」
「王宮を出ました」
「うん」
「道に迷いました」
「うん」
「せっかくなので肉を食べていました」
◇
全然駄目だった。
『通常運転やな』
◇
ミリアは悪びれない。
◇
むしろ嬉しそうだった。
「でも成果がありました」
◇
そう言って帳簿を見せる。
◇
数字。
◇
大量の数字。
◇
売買記録。
◇
流通量。
◇
価格推移。
◇
びっしり書かれている。
「……」
『……』
◇
俺もチャッピーも黙る。
◇
理解できない。
◇
しかし一つだけ分かる。
◇
とんでもない量だった。
「これ全部調べたのか?」
◇
ミリアは頷く。
「はい」
◇
本物の天才だった。
◇
方向音痴以外。
『方向音痴だけで全部台無しや』
◇
その時。
◇
ミリアの表情が少し曇った。
「おかしいのです」
◇
初めて見る顔だった。
◇
真剣な顔。
◇
王族の顔。
「食料は足りているはずなのです」
「……」
「でも足りない」
◇
嫌な予感がした。
◇
今までとは違う種類の。
◇
国家レベルの問題の匂い。
「誰かが隠してる?」
◇
ミリアがゆっくり頷く。
「たぶん」
◇
市場の喧騒が遠くなる。
◇
チャッピーも珍しく黙る。
◇
そして数秒後。
『横領やな』
◇
珍しく正解だった。
◇
そして。
◇
その言葉は、
地下帝国の内戦へ繋がる火種だった。
第三章 第六話 完




