第三章 第三話 牛丼に最も近付いた日
俺は豪華な部屋にいた。
牢屋ではない。
◇
昨日まで牢屋だった。
◇
今日は客室だった。
◇
意味が分からない。
「どういうことだ」
『知らんけど』
◇
いつも通りだった。
◇
目の前には銀髪の女性。
◇
地下帝国第一皇女。
◇
ミリア。
◇
名前だけは昨日教えてもらった。
◇
そして。
◇
俺の話を全く信じていない。
「私は第二階層の記録を読みました」
◇
ミリアが言う。
「大地竜討伐」
「違います」
「種族統一」
「事故です」
「食糧改革」
「保存食です」
「王」
「違います」
◇
ミリアは頷いた。
「なるほど」
◇
理解した顔だった。
◇
全く理解していない顔だった。
『あかん』
チャッピーが言う。
『全然信じてへん』
「だろうな」
◇
ミリアは微笑む。
「謙虚な方なのですね」
◇
違う。
◇
本当に違う。
◇
だが。
◇
説明が面倒になった。
「そういうことで」
『諦めた』
◇
昼になった。
◇
ミリアが立ち上がる。
「まずは歓迎しましょう」
◇
歓迎。
◇
良い言葉だった。
◇
非常に良い言葉だった。
◇
そして。
◇
歓迎には大体ついてくるものがある。
食事。
◇
俺の目が輝いた。
「飯か」
「飯です」
◇
素晴らしい。
◇
文明万歳。
◇
王宮万歳。
◇
地下帝国万歳。
『現金やな』
「うるさい」
◇
巨大な食堂へ案内される。
◇
豪華だった。
◇
非常に豪華だった。
◇
長いテーブル。
◇
大量の料理。
◇
肉。
◇
魚。
◇
パン。
◇
スープ。
◇
酒。
◇
そして。
◇
俺は見つけてしまった。
「……」
『……』
◇
茶色い。
◇
どんぶり。
◇
肉。
◇
玉ねぎっぽい野菜。
◇
米。
◇
湯気。
◇
完璧だった。
◇
あまりにも完璧だった。
「チャッピー」
『はい』
「見えるか」
『見える』
「見えるよな」
『見える』
◇
震える。
◇
手も震える。
◇
涙も出そうだった。
◇
転生してから初めてだった。
◇
牛丼に見えるもの。
◇
本当に牛丼に見えるもの。
『落ち着け』
「無理だ」
◇
ミリアが首を傾げる。
「どうしました?」
◇
俺は指差した。
「あれだ」
「はい」
「あれをくれ」
◇
ミリアが少し驚く。
「地底牛の煮込み飯ですか?」
◇
煮込み飯。
◇
その単語が少し気になった。
◇
だが。
◇
もう止まれない。
「それだ」
◇
運ばれてくる。
◇
目の前へ置かれる。
◇
完璧。
◇
見た目は完璧。
◇
本当に完璧。
『いけるか?』
「いける」
『牛丼か?』
「牛丼だ」
◇
スプーンを持つ。
◇
肉をすくう。
◇
米と一緒に口へ入れる。
◇
咀嚼する。
◇
沈黙。
◇
さらに咀嚼する。
◇
そして。
◇
涙が出た。
「違う」
◇
チャッピーも頷く。
『違うな』
◇
味は良い。
◇
かなり良い。
◇
むしろ美味い。
◇
しかし。
◇
違う。
◇
決定的に違う。
「醤油がない……」
◇
静まり返る。
◇
ミリアが首を傾げる。
「ショウユ?」
◇
知らないらしい。
◇
当然だった。
◇
俺は説明する。
「黒い調味料だ」
「黒い?」
「しょっぱい」
「しょっぱい」
「美味い」
「美味い」
◇
説明になっていなかった。
『語彙力終わっとる』
「仕方ないだろ!」
◇
しかし。
◇
ミリアは興味を持った。
「そんな調味料があるのですか?」
◇
俺は遠い目をした。
「たぶん無い」
◇
それが問題だった。
◇
材料が分からない。
◇
作り方も分からない。
◇
この世界で見たこともない。
◇
つまり。
◇
牛丼への道は再び閉ざされた。
「終わった……」
『終わったな』
◇
二人で落ち込む。
◇
その時。
◇
ミリアが突然言った。
「作りましょう」
◇
俺は顔を上げる。
「何を?」
「ショウユです」
◇
沈黙。
◇
チャッピーも沈黙。
◇
ミリアだけ真顔だった。
「材料を探せば良いのですよね?」
◇
その笑顔は美しかった。
◇
そして。
◇
非常に嫌な予感がした。
『始まったな』
チャッピーが呟く。
「何が?」
『新しいトラブルや』
◇
その予感は正しかった。
◇
なぜなら。
◇
三十分後。
◇
ミリア姫が王宮内で迷子になったからである。
「姫様が行方不明です!!」
◇
大騒ぎだった。
◇
俺は頭を抱えた。
「ここ王宮だよな?」
『王宮やな』
「なんで迷子になるんだ?」
『才能やろ』
◇
こうして。
◇
牛丼への道と。
◇
迷子姫との道が。
◇
同時に始まった。
第三章 第三話 完




