第三章 第二話 牢屋のベテラン
俺は牢屋にいた。
またである。
◇
異世界転生してから何回目だろう。
◇
野盗に捕まった。
◇
迷宮に閉じ込められた。
◇
オークに囲まれた。
◇
リザードマンにも囲まれた。
◇
そして今。
◇
地下帝国に逮捕された。
◇
人生とは理不尽である。
「帰りたい」
『どこへ?』
「日本」
『無理や』
「だよなぁ……」
◇
鉄格子の向こうを眺める。
◇
ちゃんとした牢屋だった。
◇
石造り。
◇
清潔。
◇
意外と広い。
◇
藁まである。
◇
今までで一番良い牢屋だった。
「牢屋として評価したくないな」
『分かる』
◇
俺の向かいの牢にも誰かいた。
◇
小柄。
◇
髭。
◇
筋肉。
◇
酒臭い。
◇
ドワーフだった。
◇
たぶん。
◇
俺を見る。
◇
向こうも見る。
◇
しばらく見つめ合う。
◇
そして。
「……」
「……」
◇
何も通じない。
◇
言語の壁だった。
◇
俺はチャッピーを見る。
「翻訳できるか?」
『できる』
「おお!」
『たぶん』
「不安だな」
◇
俺はドワーフへ話しかけた。
「こんにちは」
チャッピーが翻訳する。
◇
数秒後。
◇
ドワーフが激怒した。
「ガァァァァ!!」
◇
牢を蹴る。
◇
暴れる。
◇
看守が飛んで来る。
◇
大騒ぎ。
「何て訳した?」
◇
チャッピーが答える。
『お前の髭は焼きそばみたいですね』
「なんでだよ!!」
『誤差です』
「誤差じゃない!」
◇
結局その日は会話を諦めた。
◇
夜。
◇
牢屋の夕食が運ばれてくる。
◇
俺は期待した。
◇
文明がある。
◇
つまり食文化もある。
◇
もしかしたら。
◇
本当に。
◇
もしかしたら。
牛丼。
◇
木の器が置かれる。
◇
湯気が立つ。
◇
良い香り。
◇
肉。
◇
米。
◇
玉ねぎっぽい野菜。
◇
おっさん固まる。
「来た……」
◇
震える。
◇
涙ぐむ。
◇
ついに。
◇
ついにこの時が。
◇
箸は無いのでスプーンを握る。
◇
ひと口。
◇
食べる。
◇
咀嚼する。
◇
沈黙。
「違う」
◇
チャッピーが言う。
『違ったな』
◇
ただの煮込み飯だった。
◇
美味しい。
◇
かなり美味しい。
◇
だが。
◇
牛丼ではない。
◇
圧倒的に違う。
「醤油がない……」
◇
チャッピーも真面目な声になる。
『無いな』
◇
そう。
◇
醤油だった。
◇
この世界には醤油が無い。
◇
少なくとも今まで見たことがない。
◇
だから。
◇
牛丼になれない。
◇
肉と米だけでは駄目なのだ。
◇
牛丼とは文化である。
◇
魂である。
◇
深夜残業の友である。
◇
人生である。
『重いな』
「牛丼を舐めるな」
◇
翌朝。
◇
看守が来た。
◇
やたら偉そうだった。
◇
鍵を開ける。
◇
そして何か言う。
◇
当然分からない。
◇
チャッピーが翻訳する。
『処刑』
◇
俺は固まった。
「え?」
◇
看守が頷く。
◇
周囲も頷く。
◇
完全に頷いている。
「チャッピー」
『はい』
「本当か?」
『たぶん』
「またかよ!」
◇
俺は連行された。
◇
地下帝国の通路を歩く。
◇
広い。
◇
人が多い。
◇
文明を感じる。
◇
そして。
◇
美味そうな匂いがする。
「処刑前に飯食いたいな……」
『呑気やな』
◇
やがて巨大な扉の前に着く。
◇
看守が開く。
◇
中へ押し込まれる。
◇
俺は覚悟した。
◇
どうせまた理不尽だ。
◇
どうせまた死にかける。
◇
そう思っていた。
◇
しかし。
◇
部屋に入った瞬間。
◇
俺は固まった。
「……」
『……』
◇
玉座があった。
◇
豪華な絨毯。
◇
金属細工。
◇
巨大なホール。
◇
完全に王宮だった。
◇
そして。
◇
玉座の前に一人の女性。
◇
銀髪。
◇
長身。
◇
美人。
◇
剣を腰に差している。
◇
見るからに偉い人だった。
◇
その女性は俺を見る。
◇
俺も見る。
◇
数秒後。
◇
女性が口を開く。
「あなたが第二階層の王ですか?」
◇
完璧な共通語だった。
◇
俺は感動した。
◇
異世界に来て初めて、
まともに会話ができる相手だった。
◇
そして。
◇
俺は即答した。
「違います」
◇
女性は微笑んだ。
「そう答えると思いました」
◇
嫌な予感しかしなかった。
第三章 第二話 完




