第三章 第一話 第三階層へ
第二階層を出発して三日目。
俺は後悔していた。
「帰りたい」
『まだ三日やで』
ポケットのチャッピーが言った。
「もう十分だろ」
『何がや』
「冒険」
◇
第三階層への通路は長かった。
ひたすら長かった。
本当に長かった。
◇
石の階段。
石の通路。
石の壁。
石の天井。
◇
景色が変わらない。
◇
途中から自分が進んでいるのかも怪しくなる。
◇
二日目には、
「同じ場所を回ってないか?」
と言い始めた。
◇
三日目には、
「実はまだ第二階層なんじゃないか?」
と言い始めた。
◇
チャッピーは答えた。
『知らんけど』
役に立たなかった。
◇
だが。
四日目。
ついに階段が終わる。
◇
巨大な石門が現れた。
◇
第二階層の門よりさらに巨大。
◇
高さ三十メートル以上。
◇
古代文字が刻まれている。
◇
何か書いてある。
◇
当然読めない。
「チャッピー」
『はい』
「何て書いてある?」
◇
チャッピーが震える。
◇
数秒後。
『立入禁止』
「本当か?」
『知らんけど』
「絶対嘘だろ」
◇
俺は門を押した。
◇
当然開かない。
◇
もう一度押す。
◇
やっぱり開かない。
◇
さらに強く押す。
◇
開かない。
◇
疲れた。
「駄目だな」
『諦めるんか』
「うん」
◇
その瞬間。
◇
壁にもたれかかった。
◇
偶然。
◇
石が押し込まれる。
カチッ
◇
沈黙。
◇
俺。
◇
チャッピー。
◇
そして。
◇
嫌な予感。
「今の何?」
『知らん』
◇
直後。
ゴゴゴゴゴゴゴ……
◇
巨大な門が開き始めた。
◇
いつものことである。
◇
俺は何もしていない。
◇
本当にしていない。
◇
偶然だった。
◇
しかし周囲に証人はいない。
◇
もし誰か見ていたら、
「古代王の封印を解除した」
とか言われるところだった。
◇
危なかった。
「助かった」
『何がや』
「目撃者がいなくて」
◇
門が完全に開く。
◇
その向こう。
◇
俺は固まった。
「……」
『……』
◇
そこには。
◇
空があった。
◇
いや。
空ではない。
◇
空のようなものだった。
◇
巨大な洞窟。
◇
果てしなく広い。
◇
天井は見えない。
◇
遥か上空には無数の発光結晶。
◇
星空みたいに輝いている。
◇
地下とは思えなかった。
◇
そして。
◇
さらに驚く。
◇
森がある。
◇
川がある。
◇
湖がある。
◇
山まである。
◇
全部地下だった。
「なんだここ……」
『地下や』
「それは分かる」
◇
さらに遠く。
◇
光が見えた。
◇
大量の光。
◇
人工的な光。
◇
街だった。
◇
巨大都市だった。
◇
第二階層の集落とは比較にならない。
◇
文明があった。
◇
本物の文明だった。
◇
その瞬間。
◇
俺の脳内に一つの言葉が浮かぶ。
牛丼
◇
希望だった。
◇
第三階層に来て初めての希望だった。
「チャッピー」
『なんや』
「文明がある」
『あるな』
「文明には何がある?」
『文化』
「違う」
『歴史』
「違う」
『芸術』
「違う」
◇
俺は真剣な顔で言った。
「牛丼だ」
◇
チャッピーは長い沈黙の後、
静かに答えた。
『無いと思う』
「夢を壊すな」
◇
俺は歩き始める。
◇
目指すは地下都市。
◇
文明。
◇
食事。
◇
宿。
◇
そして牛丼。
◇
しかし。
◇
当然ながら。
◇
そんな平和な話で終わる訳がない。
◇
都市へ向かって数時間後。
◇
俺は大量の武装集団に囲まれていた。
「動くな!」
◇
知らない言語だった。
◇
だが意味は分かる。
◇
何故なら。
◇
人生三度目だからだ。
「チャッピー」
『はい』
「また牢屋だな」
◇
チャッピーは即答した。
『せやな』
◇
こうして。
◇
第二階層の王は。
◇
第三階層到着初日に。
◇
見事に逮捕された。
「牛丼への道は遠いな……」
『始まったばかりやで』
◇
俺はまだ知らない。
◇
この地下帝国で、
再び皇帝候補にされることを。
◇
そして。
◇
牛丼にあと一歩まで近付いて、
また逃すことを。
第三章 第一話 完




