あなたがいなくなった世界
いつも【この結婚終わる時】を読んでくださってありがとうございます。
第二章は後一話で終了いたします。
「うっ、うっ」
絶望に満ちたジゼルの嗚咽がロランの心を突き刺した。
フラッシュバックする光景に捉えられていた思考が手繰りよせられ、目の前のジゼルに焦点が合う。
口元に手を当て嗚咽を堪えようとするその姿に、煮えるような熱が体を駆け巡る。今すぐに駆け寄りたい、だが動かない体に血流が抵抗し内部で破裂する。拘束魔法にあがらうロランはその圧に歯を食いしばる。
ジゼルの涙が抱えてきた深い痛みを教えてくれる。耐えて耐えて、諦め続けたジゼルの人生、不遇なジゼルを幸せにしたい、そう願いながら、意図せず絶望の闇に突き落とした深い深い罪悪感に似た後悔がロランを苦しめる。
けれど、諦めたくない、ほんの少し前、『あなたを信じる』と語ったあの眼差しを取り戻したいと、ロランは抵抗を続ける。しかしシャルロットの魔法は無情にもロランを拘束し続けた。
歯を食いしばり必死に抵抗するロランの姿に、シャルロットは嬉しそうな笑顔を浮かべ囁いた。
「ロラン、もしかして、魔法使えないの?」
その勝ち誇ったような囁きに体が沸騰するほどの怒りが駆け巡る。
「離……せ……」
声にならない声で抵抗する。
「ウフフ。かわいそうな私のロ・ラ・ン」
シャルロットは耳元で勝ち誇ったように笑った。
「うっ、ふっ、グズッ……」
ジゼルは涙を流し続ける。ジゼルはこんな姿を誰にも見せなかった。だからこそ、その深い絶望の底にいるジゼルの手を掴まなければならない。それはロランにしかできないことだと、ロランもわかっている。
「シ ャルロッ……ト はな……せ」
ロランは息絶え絶えに抵抗する。だがシャルロットはジゼルに見せつけるようロランを抱きしめた。
全身の毛が逆立つほどの嫌悪感と憎しみがロランの心を満たした時、頭の中に声が響く。
『ロラン。このままやられっぱなしで良いのか? 誤解させたままで良いのか?』
ダークネスドラゴン、バジルの声に我に返る。あの日以来バジルを感じることができなかった。だがバジルがロランに声をかけた瞬間、ロランの魔力は少しだけ回復した。
「ジゼル!!」
ロランは言葉と同時にシャルロットの拘束をほどき、駆け寄ろうとした。しかし再びシャルロットがロランを掴む。
魔法が使えないと思っていたロランが拘束を解いた。シャルロットはロランの魔力を確認したい。
ロランはしがみつくシャルロットを払いのけながらジゼルに声をかける。
「ジゼル!! 違う、誤解するな! 私は……ウッ……」
消えかけていたはずの誓約魔法が発動する。その対象者、シャルロットが隣にいるからだ。誓約魔法がその力を取り戻したのだ。
「ロラン! ああ、私のロ・ラ・ン!!!」
シャルロットはその状況を察知し、ロランを信じられなくなったジゼルを煽る。
ロランは喉元をおさえる。
(なぜ、今、この状況で!!)
ロランはそれでも声を搾り出そうと抵抗する。
「うっ、うっ」
その様子を見ていたジゼルの嗚咽がロランの心に響く。
その悲しげな声に再びロランの魔力が反応し誓約魔法の効力が下がる。
「ジゼル! 私の、私の言葉を聞いてくれーーー!!」
ロランは声の限り叫んだ。魂の叫び!
ジゼルは涙に濡れた顔をロランに向ける。ロランは全ての感情を込めジゼルに手を伸ばす。
「……」
だが、ジゼルは虚な眼差しを向け何も答えない。
「ジゼル!! 私の言葉を!」
ジゼルは首を横に振り俯いた。
「!!」
初めてジゼルに拒否されたロランは衝撃のあまり言葉を失う。雷に打たれたように立ち尽くす。
「ロラン! 城の外壁が崩れるわ、防御魔法を!!」
シャルロットが叫んだ。
ただその表情は策略の笑みが含まれている。
シャルロットはロランを試そうとしている。城の防御魔法はジゼルにより解除されている。
城全体を守る防御魔法は今のロランには厳しい、だが試そうとするシャルロットに悟られるわけにはいかない。
ロランは全ての魔力を込め防御魔法を唱える。ランスロットがこの魔力に気がつき、何かが起きたのだと現れるのを信じて!
「パシッ」
ジゼルの目の前に結界ができた。
今のロランの魔力では大規模な結界は作れない。
そしてジゼルは結界の外にいる。
ジゼルは目の前の現実を信じ、ロランに背を向けた。
最悪の結果。
シャルロットに笑顔が浮かぶ。
ただ不完全でも結界は張れた。
(魔力が枯渇した状況をシャルロットにはまだ悟られていない? 勝機は……まだある!)
ロランは咄嗟に嘘をついた。
「干渉!? 誰だ!……ああジゼル!!! すぐに……」
ロランはジゼルに手を伸ばす。しかしシャルロットが再びロランを背後から抱きしめる。本能的にロランの身に何かが起こっているのだとシャルロットは気が付いている。
ジゼルはこの状況に絶望し、ロランを拒否し背を向け続ける。
一つ掛け違えたボタンが取り返しのつかない状況を生んでいる。
(なすすべがない!!)
それでもロランは諦めたくない。ジゼルに縋り付いてでも誤解だと伝えたい。この愛を伝えたい。
「ッグッ!!!!!」
愛していると伝えたくとも、中途半端な誓約魔法がロランを縛り付け、全てが空回りし、ジゼルの前でその全てが嘘にかわる。
両手両足を縛り付けられ、口元を覆われた中、それでもロランは言葉を紡ぎ出そうと抵抗する。
(諦めたくない! 愛する人を諦めたくないんだ!! )
その思いがロランを縛り付ける全ての魔法の効力を弱めた。
「ジゼル!! この手を掴め!!!!!! 結界などどうでも良い! ジゼル!! お願いだ! ジゼル! 行くなーーーー!!!!」
ロランの叫びにジゼルは振り返る。
だが、全てを諦め鏡面のような瞳はジゼルの心がここにないとロランに突きつけた。
ガガガッ!!
息が詰まるような緊迫を切り裂くように轟音が鳴り響いた。それと当時に細かい砂埃が雨のように降り注ぎ上を見上げると巨大な外壁がゆっくりと剥がれ轟音と共にジゼルの真上に落ちはじめる。
ジゼルを守る魔法が使えない!!
今のロランには外壁を砕く魔法すら使えない。
聖女を守る大魔法使いは魔法が使えない無能な存在。
存在意義すらない。聖女を再び危険に晒した、最悪の存在なのだ。
ジゼルが………………死んでしまう!!!!
血の気が引き時間が止まったような感覚。
一番大切な人を失ってしまう。あの時のように!!
ロランは無我夢中で硬った手をジゼルに伸ばした。
涙が溢れ出る。掴んでもらえないかもしれない。
だが、それでもロランが存在する意義はジゼルにしかない。
「ジゼル!! 掴むんだ!! お願いだ!! ジゼル!! ジゼル!!」
魂の叫び。ロランは全てをかけ手を伸ばす。
しかし、ジゼルはロランの手を見て静かな笑顔を浮かべ言った。
「ロラン様、さよなら」
さよなら?
「嫌だ! ジゼル! ジゼル! ジゼル!!」
狂ったように愛する人の名を叫ぶ。
だがジゼルは全てを遮断し死を受け入れたように瞼を閉じた。
「ジゼル!! あなたを失ったら私は生きてゆけない!! なぜ? どうして? なぜさよならと言うんだ!? まだジゼルに伝えていない事があるんだ!」
「ジゼル!! ジゼル!! あなたがいない世界に私を置いてゆかないでくれーーーーーーー」
血を吐くほどのロランの叫びが轟音にかき消され、無情にも巨大な外壁がロランの視界からジゼルを奪った。
「ジゼルーーーー!!」
巨大な外壁がジゼルに当たる瞬間、外壁がピタリと止まり、木っ端微塵に砕け吹き飛ばされた。
「ハッ!?」
ロランは目を見開く。その瞬間太陽が落ちたような強烈な光が世界を覆った。
「ジゼル!!!!」
ロランは眩い光に目を細めジゼルを探す。
全ての闇を消し去るほどの神々しい光は世界の隅々まで明るく照らす。一切の影が消えた時、眩い光に人々の意識が奪われた。その中でロランだけが意識を保っていた。
「ジゼル!! ジゼル!! ジゼル!! 私のジゼル!!!!」
強烈な光、何一つ音のない光の中、ロランはジゼルの名を叫び続ける。上も下も左右もわからないその世界でロランは叫び続ける。
神聖な光は煌々と世界を照らし続け、時間の感覚が奪われた。
どれほどの時間が過ぎたか分からない。ロランはジゼルの名を叫び続け、その声が枯れた頃、引き潮のように光はゆっくりと消えた。
再び闇が訪れ、静寂が訪れ、月明かりだけが闇を照らす。
物音しない静かな夜が目の前に現れた。
生命の息づきが感じられないほどの静けさ。
冷たい月の光がジゼルがいた場所に差し込んだ。
静かな夜の城。
粉々になった外壁の近くに、月明かりに照らされたジゼルの外套だけが残っていた。
いつも【この結婚終わる時】を読んでくださってありがとうございます。
第二章、ロラン編は後一話で終了いたします。
ジゼル編の二倍、作者の未熟さゆえ、長い時間お付き合いくださり心よりお礼申し上げます。
書籍、電子書籍発売に合わせ、最終話は明日投稿いたします。
もしよろしければ、本を電子書籍を手に、最終話『孤独な眠り』(仮)を読んでいただければ嬉しく思います。
最終章六千文字ございます。作者のエゴですが、一気に読んでいただければ幸いです。
いつも応援ありがとうございます。
小説家になろうの皆様がいてくださり、この物語を続けられました。
大きな大きな感謝を込めて。
ねここ




