【第二章ロラン編 最終話】 深淵の静寂に伏す
ロラン編 最終話
「ジゼル!!」
ロランはふらつきながら床に落ちているジゼルの外套を握った。壮絶な時間が続く中、両足の感覚が麻痺し両膝をついた。まだ暖かい外套が時間の経過を教えてくれる。
いますぐに探せば消えたジセルに追いつけるかもしれない。そう考えながらもジゼルが目の前で消えた現実を受け止めきれないロランがいる。
――ジゼルが消えた。
目の前が真っ暗になる。
言い訳ひとつできないで、愛の言葉ひとつかけることもできず、ジゼルはロランを拒絶し、消えた。
衝撃に喉が詰まり、全身の血が沸騰するような怒りに近い感覚。シャルロットの罠に嵌り命よりも大切な人を深く傷つけたその重い現実を受け止めきれない。このまま死んでしまえたらどれほど楽か。そんな安易な考えが浮かんでは消える。
だが、このまま終わりたくない。
ジゼルを諦めることは出来ない!
ロランは立ち上がった。
ジゼルが消えた時、誰かが魔法を使った形跡はない。魔法を使ってジゼルを誘拐した形跡もない。
魔法よりもっともっと神聖な力を感じた。
「……もしかして別邸に戻っているかもしれない!」
ロランは温もりが消えかけた外套を胸に抱き呟いた。
目の前で消えたジゼルが別邸にいる確率は低い。だが、ジゼルが行く場所、帰る場所はそこしかないと信じたかった。
「ロラン! 邪魔者はいなくなったわ! これで存分に……」
意識を取り戻したシャルロットはドレスの中からドラゴンの卵を取り出し床に投げ捨てた。
カツン!
床にぶつかった卵が音を立てる。表面にヒビが入った。
ロランは力なく卵を見る。
コロコロと床を転がる卵を上空で旋回していたドラゴンが急降下し咥え飛び立った。
ドラゴン王の卵……
「もう、ドラゴンの卵など……」
ロランは力無く呟く。
シャルロットを守ったわけではない。ドラゴン王の卵を神殿から盗みもっていたシャルロットを、卵を守るために守った。
卵はジゼルの命だと信じていたからだ。
だが、違った。卵を守ったばかりに、ジゼルはロランの愛を信じられず消えた。
「ロラン様!!」
ランスロットが現れた。ロランはランスロットを見て早口で話し出す。
「ジゼルを、ジゼルを探さないと! ランスロット! すぐに別邸に連れて行ってくれ!!」
ランスロットはロランの様子に唇を結ぶ。
移動する前にロランにまとわりつくシャルロットを拘束し、ロランと共に別邸に戻った。
突然別邸に現れたロランにヤニックは驚きの声を上げる。
「ロラン様? 先ほどの光は……それにその外套はジゼル様の?」
「……ジゼルを知らないか? ジゼルがいなくなったんだ、どこかにいるかもしれない。ジゼルを探してくれないか?」
ロランはヤニックの言葉を無視し、ジゼルの外套を手に別邸を歩き回る。
様子のおかしいロランを目の当たりにし、ヤニックは何かが起きたのだと察した。
「ジゼル!! ジゼル!! どこにいる?」
ロランは狂ったようにジゼルを探す。その様子を見たエミリーが慌ててロランに声をかけた。
「ロラン様、ジゼル様とどこではぐれたのですか? ジゼル様はここに戻ってきておりません」
「そんなはずはない、ジゼルはどこにも行けないんだ。ここにいる、早く探してほしい、誤解を、誤解を解きたいんだ」
ロランは寝室に入りベットのシーツを捲る。ソファのクッションをどける。
ジゼルはいない。
いつもジゼルが使っているクローゼットを開ける。
クローゼットは新しいドレスで埋め尽くされている。本来ならジゼルにこれを見せるはずだった。
だが、ジゼルがいない今、ロランの瞳に新品のドレスが虚しく映る。
ジゼルがいなくなった。
ロランは唇を噛み、クローゼットの扉に寄りかかった。そのままストンと座り込む。主人のいないドレスがゆらゆらと揺れた。
ロランが力なくその様子を見つめた時、クローゼットの隅に貝殻と、焦げたローブ、そして古びたカバンが置いてあるのが見えた。
ロランはよろよろっと立ち上がり焦げたローブを手に持ち見つめる。
それは三度目の契りの時脱ぎ捨てたロランのローブだった。ジゼルはこのローブを捨てず持っていた。
(どんな気持ちで……これを持っていたのだろう?)
ロランの瞳から涙が落ちる。
「ふ、深く、愛されていた……」
ロランの涙は止まらない。
海で拾った貝殻を手に持った時、ジゼルの笑顔を思い出した。
ロランは貝殻を握りしめる。あの日、ジゼルが砂に書いた文字を知りたい。
けれど、ジゼルはいない。
ロランは声を殺し泣き続ける。
その涙が貝殻を濡らし、その横にあるジゼルのカバンを濡らした。
「……」
ロランはそのカバンを見て違和感に息を止めた。パンパンに膨らんでいる。
異様な膨らみに胸騒ぎがし、カバンを開けた。
そこに入っていたのは大量の切り抜き。
「な、なんだ、これは……」
息が詰まりそうになりながらロランはカバンをひっくり返した。
ザザー
カバンに入っていたのはロランとシャルロットの新聞記事、その全てが精巧に偽造された記事。
『悪女を騙すため愛するふりをする。偽りの愛。さすれば愛するシャルロットを守ることができる』
新聞の見出しに体が震え出す。そんなことを言った覚えはない。全てデタラメだ。
だが、あの時、ジゼルが言った言葉を思い出す。
『ロラン様、あの記事に書いてあった偽りの優しさなどもういらないのです』
ロランは愕然とする。
「まさか、これを……ジゼルが、信じていた、のか……」
ロランは開封されていない封筒を見る。ジゼル宛に届いていた封筒の送り主は書いていない。
「これは……これは一体なんだ!!!」
新聞を持つ手がブルブルと震え、呼吸が荒く不規則になる。胸の中で渦巻いていた何かが怒りとともに吐き出される。鳥肌が立つほどの怒り。
「誰が!! 一体誰がこんなことを!!!!!」
ロランの叫びを聞き駆けつけたヤニックとエミリーは唖然とする。
床一面に散らばっている切り抜きはロランとシャルロットの偽りの記事。まるでロランがシャルロットを愛しているかのように、ジゼルを悪女だと嫌っているかのように書かれた精巧に作られた新聞。
ヤニックもエミリーも言葉が出ない。ジゼルはロランを誤解したまま姿を消したのだ。
ヤニックは開封されていない封筒を見て顔を顰める。
なぜなら、ジゼルに届くメッセージや書簡は全て管理されていた。それを操作できる人間は一人しかいない。
「……まさか、オーブリー……」
ヤニックの顔色が変わるより先にロランが走り出す。庭園の横にある小屋にオーブリは住んでいる。
「やはり貴様か!!! ジゼルを!! ジゼルを、よくも!!!!!!」
ロランはオーブリーの首を掴み力を入れる。このまま締め殺してしまうほどの勢いにオーブリーは、顔を真っ赤にしながら笑い出す。ロランに追いついたヤニックは首を絞めるロランの腕に縋りつき訴える。
「ロラン様!! このままオーブリーを殺してはなりません!! ジゼル様の行方を知っているかもしれません!!」
『ジゼル』という言葉に、ロランの力が緩む。
ロランは汚いゴミを捨てるようにオーブリーから手を離し、オーブリーはそのままよろけ床に崩れ落ちた。
「グッハハ……ゴホッ、ゲホッ、僕が、ジゼル様の素晴らしさを一番わかっている!! 清らかで美しいジャスミンの花。シャルロット様はジゼル様を私に下さると!」
「貴様!!! 何を言っている!? 貴様がジゼルを追い詰めたのか!! ジゼルは貴様を信じていた!! なぜこんなことをした!?……オーブリー!! 許さない!!!!!」
ロランは怒りに任せ剣を取り出しオーブリーに向けた。しかしヤニックがロランの前に立ちはだかり、魔法でオーブリーを拘束する。
「クッ!! ヤニックッ!! どけぇー!!」
「ロラン様、今、怒りに任せオーブリーを殺すと聞きたい情報も聞けません。……どうかこのヤニックにお任せくださいませ。それよりもジゼル様を探すことが先決。もうすでにベルトラン様には連絡してございます」
ヤニックが手を挙げるとランスロットが現れ、オーブリーを連行した。
*
静けさの中、虫の音が聞こえる。
ロランは夜空を仰ぎ瞼を閉じた。
ジゼルはオーブリーを信頼していた。
そのオーブリーがジゼルを裏切り、主人であるロランを裏切った。
ジゼルはあのデタラメな記事を信じていた……どれほど努力してもロランの思いは一切届かなかったのだ。
奈落に突き落とされたような衝撃にロランは立っていられなくなった。ロランの手から離れた剣がカラン、と音を立て力無く地面に転がった。
愛を口にすることができない中、行動で愛を示していた。だが、それを逆手に取られ、ジゼルはそれすらも嘘だと、この愛すら信じてもらえなかった。
シャルロットは愛の誓約を知っている。ロランがジゼルに全てを打ち明けていないことも、オーブリーを通し知っていた。シャルロットがオーブリーを焚き付け、手先にした。
だからジゼルを騙すことができたのだ。
ロランの瞳から涙が流れる。静かな涙。全ての感情が麻痺し、空っぽになったロランの涙は見ているヤニックとエミリーの胸に突き刺さる。
(……ジゼルはもうこの世界にいない)
ロランは考えないようにしていた現実とようやく対峙した。
『聖女は元々この世界の人間ではない。メシエの選択、大切にできなければ聖女は元の世界に戻ってしまう』
ベルトランの言葉を思い出す。
届かなかったロランの気持ちは行き場を失った。
「ロラン、いったい何があった? ジゼルが消えただと?」
目の前にベルトランが現れた。
「お、お祖父様、どうか方法を教えてください、ジゼルを迎えに行かねばなりません!!」
ロランは膝をつきベルトランの手を握り懇願する。
これほど取り乱したロランを見たことがない。ベルトランはその痛々しい姿に胸が詰まる。
(……先ほどの強烈な光は見覚えある光……)
ベルトランは全てを悟り言った。
「……ジゼルをこの世界に取り戻すには相当量の魔力が必要だ。だが、ロラン、今のロランの魔力では到底無理だ……」
「それでも、それでも私は、ジゼルを、ジゼルがいないこの世界で生きてはいけません! どうか、方法をお祖父様、方法を教えてください」
涙を流し懇願するロランの姿にかつての自分を見たベルトランは大きくため息を吐き話し出す。
「ロラン、迎えに行くのは無理だ。だが、ジゼルの中の、ロランの痕跡、それに移転魔法をかける。ジゼルは魔法を無効にするからそれしか方法がない。だが、移転魔法を使うためにはロラン自身の強い魔力が必要」
「強い魔力……」
「そして、ジゼルがロランを恋しく思い、心からロランを求めた時、ジゼルに残したロランの痕跡が爆発的に増え、移転魔法を発動させる。ただ、ジゼルにその思いがなければ、ジゼルが戻ることはない」
「構いません。その方法しかなければ今すぐに魔法を……」
「ロラン、今ロランの魔力は十%にも満たない。ロランの魔力が戻るまで移転魔法は使えない、だが、時間が経つほどロランの痕跡は消える」
その言葉にロランは焦り始める。ジゼルとの契りは半月ほど前、キスをしたのは今日!
今すぐに魔法を発動させなければならない。だが、魔力が無い。
ロランは追い詰められる。
うつ手がない今、ジゼルがいない世界で生きてゆく気力がなくなった。
五百年前、ジゼルを失った時、この世界の全てを壊した。だが、今、そんな気力も力もない。
(……もう、死のう)
ロランは生きることを放棄しようと胸元の短剣を取り出そうとした。
『まてロラン、私の魔力とロランの魔力を使えば移転魔法が成立できる。ただ、ロランの魔力はわずかしか残らない。魔力が戻るまで昏睡状態が続く。それでも良いか?』
バジルが話しかける。
『ジゼルを取り戻せる可能性があるならば、構わない。だが、バジル、お前はどうなる?』
『心配するな。ロラン。私は私の帰るべき場所に帰る』
『どういう意味だ? まさか消えたりしないだろうな?』
『…………ロラン時間がない。始めるなら今しかない!』
「……お祖父様、ダークネスドラゴンの魔力と私の魔力でジゼルに移転魔法をかけます。お祖父様、お願いがあります。庭師のオーブリーはシャルロットの手先でした。オーブリーの背後にいる人間をジゼルのために明らかにしたい、お願いしても良いでしょうか? 今、ランスロットがオーブリーを拘束しています。そして……ジゼルを頼みます」
「わかった、わしに任せてくれ。ところで……ロラン。お前は命を削る覚悟し、移転魔法を使うのだな」
ロランは黙って頷く。その瞳に覚悟が見える。
「ロラン……お前が目覚める前にジゼルが戻ればわしが保護する。心配するでない……だがな、ロラン。これだけは知っておいてくれ。魔力の器が大きい大魔法使いが魔力をギリギリまで使い切ると昏睡状態に陥る。生きてさえいればゆっくりと魔力は戻る。しかし目覚めるまでどれほどの時間が必要かわからない。一月、一年、それとも……ロラン、わしはお前の覚悟が悲しい。それでもやるのか?」
ロランは再び頷く。その瞳に迷いはない。
ベルトランは唇を結びロランの覚悟を受け止めた。
ジゼルがこの世界に戻ってもロランの意識が戻らなかったらジゼルに危険が及ぶ。
ジゼルを守れる力があり、心から信頼できる人はベルトランしかいない。
ロランはベルトランにジゼルを託す。
ベルトランはロランの願いを理解した。
「ロラン、わしの愛する孫……」
ベルトランはロランを抱きしめた。そして、ロランとの別れを惜しむ間も無く、ベルトランはロランとの約束を果たすためランスロットの元に移動した。
ロランは大きく息を吸い込み静かに語り出す。
「ヤニック、これから言うことを必ず守ってくれ。一度しか言わないから忘れるな」
「ロラン様!? 何をおっしゃ……」
「ジゼルがこの世界に戻ってきてくれたら、私の想いを伝えてほしい。ジゼルを、ジゼルだけを愛していたと。私の妻は永遠にジゼルだけだと。そして用意した指輪を渡してくれ。あと、ヤニック。シャルロットと一緒になるくらいなら死んだ方がマシだと言ったあの日の言葉を……覚えているか?」
「ロラン様!?」
「私の意識がなくなっても、絶対に本家に戻さないでくれ。私はここでジゼルを待つ。このまま私の意識が戻らなくとも、命尽きるまでここでジゼルを待つ」
「なりません!! 意識がなくなっても!? ロラン様、そんな約束!! 私には!!」
ロランはヤニックを抱きしめ、ヤニックの隣で涙を流すエミリーをみた。
「エミリー、ジゼルを守ってくれ。頼んだぞ」
「グズッ、ロラン様、約束します! ジゼル様は、いつもロラン様のことを思っていました! 本当です! だからこそ今度こそ幸せに!!」
エミリーの言葉にロランはゆっくりと頷いた。
ロランは両手をあげ魔力を放出し始める。
『バジル! 覚悟はできた!』
ロランは魔法陣を描く。
ロランの魔力とバジルの魔力が融合し、爆発的な魔力が邸宅を揺らす。
ロランは瞼を閉じ、神経を集中させ、自らの痕跡を辿る。
遠い遠い彼方に自分の痕跡を見つけた。
(ああ、ジゼルがいる!!)
触れることができなくとも、ジゼルの存在を感じた喜びがロランの心を揺らす。
ジゼルの中に残るわずかな痕跡に全ての魔力を注ぐ。
(こんな別れをしたくなかった……ジゼル……どうか、私を、思い出して……)
ロランの魔力が急激になくなり目の前が真っ暗になった。
ロランの意識は遠のく。
バジルの存在も薄れ意識と共に消えた。
わずかな魔力を残したロランの命はかろうじて繋がっている。だがロランは崩れるように倒れた。
ジゼルが消えた夜、最後の魔力を使ったロランの意識は深い闇へと沈む。
「ロラン様!? ロラン様!!」
ヤニックがロランの元に駆け寄る。ロランの返事はない。
「ロラン様、起きてください、ロラン様!!」
ヤニックの言葉が静かな邸宅に響く。
ロランの時は止まった。
深い深い闇の中で、ジゼルという一筋の光が差し込む日をロランは待ち続ける。
この世界から聖女はいなくなり、大魔法使いの意識は消え、ダークネスドラゴンは消えた。
この現実を嘆くように冷たい雨が降り始める。
夜中の雨はマグノリアの丘にある木蓮の花を濡らした。
白い花はポタポタと涙を流す。
すれ違った二人の心を悲しむように。
再び巡り会える日を願うように。
第二章ロラン編 終わり。
【この結婚が終わる時】第二章ロラン編を読んでくださりありがとうございました。
第一章ジゼル編をなぞる形で始まったロラン編。
当初のプロットはロランはジゼルを失うまでジゼルを好きだと認めなかった男の設定でした。
しかしあまりにも酷い男だったため練り直し、その結果ジゼル編の二倍になってしまいました。
ここは反省点でもあります。
この物語のコンセプト『愛と孤独と自立』ジゼル目線の愛と孤独、ロラン目線の愛と孤独。
そして第三章のテーマは自立となります。
しかし、主要キャラ全員退場してしまいました。
書籍に書いてあるキャッチコピー 【不遇な悪女の大逆転物語】
この言葉は担当編集者N様が考えてくださった言葉です。
でも、ジゼル編では逆転しませんよね。何かあったら僕が悪いです。と言われました。
いやいや、私もこの物語描き始めた時に、キーワードで 現代、スカッと を選んでおり、
読者様から現在って選択されていますけど大丈夫ですか?と声をかけていただいた時、大丈夫ですと答えました。
第三章はその問題が解決される予定です。
と、言いつつ、未だ白紙。先にロランとジゼルの前世の物語をアップしようと思っていましたが、
またまた担当N様より、それより続きだろ?とアドバイスいただき、その結果何も書いていない現実に呆然としております。
そして本日書籍、電子書籍が発売されました。
発売に至っては皆様のお力添えがあり実現できたこと、心よりお礼を申し上げます。
未熟な作者を支えて下さった皆様に愛と感謝を込めて。
ねここ




