98 メインヒロインを瀕死にしよう! ①
――――会長選前日。
俺は学園内にある訓練場にて、この一か月を振り返りながら笑みを浮かべていた。
ネガティブキャンペーンに務めた一か月間、悪評を広めることには十二分に成功したと言っていいだろう。
特に、ルークのいる一年生に対しては効果がてきめんだった。
その証拠に今日に至るまで、かなりの頻度で遠くからこちらを観察する一年生の姿を発見することがあった。
恐らく、俺が次にどんな悪事を働くか監視していたのだろう。
ルークも出馬を取りやめてはいないようだし、事前準備は滞りなくといったところだ。
あとは一つだけ、今日のうちに済ませておかなければならない下ごしらえが存在しているが――――
ガチャリ
その時、訓練室の扉が開く音が響く。
「お、お待たせいたしました、クラウス様。お伝えいただいた通り、動きやすい格好で参りました」
姿を現したのは、なぜか顔を朱に染めたソフィアだった。
俺が事前に申し付けた通り、運動に適した格好をしている。
……まあ、随分と薄着な気もするが。
「夜通しになる覚悟をしてこいだなんて、積極的にも程がありませんか。それも学園内でだなんて……も、もちろん、私としてはやぶさかではありませんが……」
「? ああ」
ソフィアがそわそわと続ける言葉の意味がよく分からなかったが、まあ気にすることでもないだろう。
そんな感想を抱いていると、
「待たせたな、クラウスくん! 今日この日をどれだけ待ち望んだことか!」
続けて、完全に準備を整えたエレノアが元気いっぱいの様子でやってくる。
すると彼女はソフィアを見つけた途端、きょとんと首を傾げた。
「どうしたんだソフィア、もう日も暮れているというのにそんな格好で。肌寒くはないのか?」
「……どうして、エレノアがここに?」
「当然、クラウスくんが剣の特訓に付き合ってくれると言ったからだ! その様子ならソフィアもそうなのだろう?」
「………………」
エレノアの言う通り、今日は俺自ら二人の特訓に付き合うことになっていた。
というのもだ、これには大きな理由があった。
明日、会長選最終演説の場でアリエルは邪神に体を乗っ取られ、講堂で暴れることとなる。
それをルークの手で防いでもらわなければならないのだが、原作より格段に力を増した二人が万全の状態でその場にいれば、代わりに討伐してしまうという最悪のシナリオ崩壊も考えられる。
だからこそ前日の今日のうちに、特訓という名目で二人の体力と魔力を消耗させておく必要があった。
そのついでに、この一か月間悪評を広めることに集中するあまり二人の強化を後回しにしていたという事情もあるが、それはさておくとして。
「はあ……せっかくクラウス様からお誘いいただき、二人きりになれるチャンスが訪れたと期待していたのですが……」
「おや、不思議ですねソフィア様。そもそも初めから私もいましたが」
「ひいっ!? マ、マリーさん!? いつからそこに!?」
「ですので初めから……ソフィア様がいらっしゃる前からです」
何やら楽しそうにやりとりしているソフィアとマリー。
その後、なぜか一度自寮に戻り着替えてきたソフィアと、やる気満々のエレノア、そしてサポート役のマリーとともに特訓が始まった。
◇◆◇
特訓は、それぞれの課題に合わせた形で進めることにした。
まずソフィアには、数ある魔術の中でも特に難易度の高い複合術式を課した。
複数の属性を同時に操作し、干渉させながら一つの術式として成立させるという、魔術師として極まった技量があって初めて扱えるものだ。
以前に教えた【過剰連撃・炸裂する爆炎】と仕組みは似ているが、あれはあくまで同種類の術式を重ね合わせただけ。難易度としては今回の方がはるかに高い。
初めの数回はソフィアも苦戦していたが、飲み込みの早さはさすがというべきか。
「【連鎖する氷炎】……!」
凍結と燃焼を組み合わせた術式が発動した瞬間、演習場の的が内側から弾けるように砕け散った。
「できました、クラウス様!」
「……ふむ」
一度できてしまえば習得は早い。俺はすぐに次の指示を飛ばした。
「もう一度。続けて10発だ」
「え、10発……わ、分かりました!」
一発放つたびに相当の魔力を消費するこの術式を、休む間もなく連発させる。
三発目ともなると呼吸が乱れ始め、五発目では汗が滲み、七発目には膝に手を当てながら魔力を練り直していた。
それでもソフィアは倒れることなく立ち続け、十発目を放ちきってみせた。
「はあ……は、はあ……」
「よし、次は連続15発だ」
「まだ続くんですか!?」
絶望の声を上げるソフィアを放置し、次はエレノアの番に。
彼女とは実戦形式の打ち合いを行うことになった。
俺は【ピカピカの剣】を構え、エレノアに向かい合う。
「来い」
「行くぞ、クラウスくん!」
開口一番、エレノアは大きく踏み込んだ。
一撃目は素直な斬り上げ。速い。
しかし既に見慣れた軌道だ。俺は最小限の動きで剣を流し、そのまま反撃として切っ先を肩口へと突き込む。
「ッ!」
寸止めで止めた刃先が、エレノアの靡く髪をかすめた。
彼女はすぐさま後退し、体勢を整え直す。
それだけの反射神経は十分に称賛に値するが、今はそれを言う場面ではない。
「どうした、もう止まるのか」
「いいや、まだだ……!」
まだまだ気合十分と言った様子で、エレノアが再び間合いを詰めてくる。
今度は連撃だ。右、左、右と素早い三連の斬撃が続く。
コバルトリーフ流の洗練された動きは確かに美しいが、まだ力みがある。
俺はそれぞれを最小限の動作で受け流しながら、合間合間に隙を突いた反撃を差し込んでいく。
そんな攻防が数十分にわたって続いた頃、エレノアの動きがわずかに鈍り始めた。
「まだ動けるか?」
「当然だ……!」
息は上がっている。しかし目の色は消えていない。
(ふむ、悪くないな)
さすがは剣に全てをかけているだけはある。
彼女の力強い意志に感心していた直後、
「【連鎖する氷炎】!!!」
渾身と称するにふさわしい詠唱と共に、ソフィアから魔術が放たれる。
既に疲弊しきっているはずだが、その状態が逆に集中力を高めたのだろうか。その一撃はこれまでで一番の火力を有していた。
音と衝撃に反応したエレノアが足を止め、ソフィアの方へと視線を向ける。
彼女は感心した様子で、ゆっくりと口を開いた。
「……改めてにはなるが、私の知る彼女とはまったく次元が違っているな」
その声には驚愕があった。
それだけ今のソフィアの実力が衝撃的だったのだろう。
しかしエレノアの瞳には驚愕だけでなく、どうすれば自分もあれだけの力を手に入れられるのかという、率直な羨望のようなものが滲んでいた。
(……ふむ)
その反応を見て、俺は一つ思い当たることがあった。
ソフィアがあれだけの魔術を放てるようになった理由には本人の成長もあるが、それと同じだけ【王家一族の指輪】の存在が大きい。
何せあの指輪は、装備者のレベル%分だけ全能力値が強化されるという規格外の性能を誇る。ソフィアが成長するにつれその性能が上がっていくため、加速度的に強くなっているのだ。
詳細な説明は省き、俺は簡潔に伝える。
「俺が渡したあの指輪のおかげだろう」
「え?」
エレノアは一瞬きょとんとした後、何か思い当たる様子で眉を潜めた。
「そ、そういえば以前は他のことで頭がいっぱいだったため失念していたが、やはりあの指輪はクラウスくんが渡したもので合っているのか。となると、や、やはり、これ以上強くなるには愛の力が必要なのか……?(ボソッ)」
「?」
何やら後半は声が小さすぎて聞き取れなかったが、指輪を見つめながら顔をみるみると赤く染めているということから推測は容易い。
恐らく、ソフィアだけにあれだけの装備が渡った事実に嫉妬しているのだろう。
しかし、それについては問題ない。
【エルトリア大迷宮】のフロアボスは、パーティー構成によって異なる報酬をドロップする。
そしてエレノアが同行した際には、彼女専用の装備が入手できるはずだ。
つまり、そのことを伝えれば万事解決だ。
「案ずるな。いずれお前にも同じものを渡すつもりだからな」
「なるほど、確かにそれなら問題は……なあっ!?」
一瞬納得しかけたエレノアだったが、なぜか次の瞬間、その顔が一気に赤くなった。
「ソ、ソフィアだけでなく私にまで!? そ、そそそそれはつまり、そういうことか!? し、しかしまだ覚悟が……うぅ~」
エレノアは両手で顔を覆うと、何やら唸り始める。
力に対して強い誇りを持つ彼女だ。自分の手で掴むのではなく、誰かから施される形で実力を得るというのは好みではないのかもしれない。
となると――
「もっとも、お前が受け入れられないのであれば別の――」
「い、嫌な訳ではない! ただ、その……少し、考える時間をもらえないか!?」
――別の手段を用い、エレノア自身の手で入手する手筈を調えるが。
そう告げるつもりだったが、遮るようにエレノアが叫んだ。
受け入れるべきか否か、彼女なりの葛藤があるのだろう。
それもまた、エレノアという存在の強さの秘訣。攻略自体は急ぎではないため、決断に時間がかかる分にはそこまで問題ない。
今はそれよりも、明日に備える方が重要だ。
「引き続き魔術発動と型の修練を続けろ。俺は少し席を外す」
「はい……」
「……あ、ああ、了解だ」
まだまだ夜は長い。
本当の地獄はここからだと考えつつ、俺は外の空気を吸うべく訓練場を後にした。
「……クラウスさん?」
すると、廊下に出てしばらく歩いたところで柔らかな声が耳に届く。
振り向くと、そこにはピンク色の長髪を靡かせる少女――アリエルがいた。
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