97 後輩に悪事を繰り返そう!
ダンジョン実習から数日後。
ルークが自薦および、ダンジョン実習で同グループだった者たちからの推薦を受け無事に会長選へ立候補したことを知った俺は、ニヤリと笑みを深めた。
(――やはり、うまくいったか)
あの時に告げた通り、俺が会長となり学園の全てを独占するという宣言に奮起したのだろう。
これで会長選における原作シナリオの修復も、ひとまずは目途が立ったといえる。
しかし、だ。
(そこで手を緩める俺ではない)
ここで悪行を止めてしまっては、ルークの熱意が萎んでしまう恐れがある。
そう考えた俺は会長選までの約1か月間、同様の悪行を継続することにした。
まず手を付けたのは、ダンジョン関連だ。
王立学園の敷地内には幾つものダンジョンが存在する。
その中には【ラックダンジョン】ほどではないものの、難易度の割には優秀な報酬が獲得できる場所もあるのだ。
一年生たちは放課後や休日にパーティーを組み、それらのダンジョンを攻略するのが定番となっている。
――そこで俺は、奴らが攻略中のダンジョンに後から立ち入ると、出現する魔物を次々と横取り。さらには報酬も魔石も残らず回収した上で、何の価値もないであろうただの石ころだけを押し付けるなどしてみせた。
サイズだけは大きかったので、持ち帰るのに苦労したことだろう。
奴らの悔しそうな顔が今でもハッキリと思い出せる。まさに爽快というものだ。
続いては、会長選の運動だ。
他候補の演説会場に赴き、演説が始まるやいなや先輩特権を盾に壇上に乗り込み、演説を力尽くで打ち切らせるという行為を繰り返した。
当然、候補者たちは憤慨。
観衆たちも口々に非難をぶつけてきてくれたため、俺への評価は着実に下がっているはずだ。
そして、日常生活も例外ではない。
学食にて一品限りの特別メニュー、高級食材【グランクラブ】を使った料理が提供される日が存在していた。
抽選で食べる権利を得たのは一年生だったのだが、俺は先輩特権でもってそれを横取りし、目の前で優雅に食してみせた。
――こういった風に、戦闘にかかわるところから日常生活に至るまで、ありとあらゆる場面で俺は悪事を徹底した。
とにもかくにも、全てにおいて俺が得をするように動き、相手に損を押し付けられるようにしてきたのだ。
(現段階でも既に悪行ではあるだろうが、もし俺が会長の立場を手にすれば、もっと大規模な悪事に手を染められるはず――それを理解したルークは、ますます会長選へ躍起になるに違いない!)
俺はそう確信するのだった。
◇◆◇
――ダンジョン実習において、クラウスの真意に辿り着いたルーク。
彼は担任に事の経緯を報告した後、同グループの者たちとともに直接クラウスに感謝を伝えに行こうと考えていた。
しかし、その思惑はあっという間に砕け散ることとなった。
その後、自身の認識の甘さを思い知らされる事態が次々と発生したからだ。
最初のきっかけは、他の一年生グループがダンジョンを攻略中に起きた。
何でも順調に攻略している中、突如として現れたクラウスが魔物を討伐し、報酬までも横取りしてきたらしい。
その代わりに渡されたのは、何の価値もなさそうな石の塊といったゴミだけ。
(石ころ……? なぜそんなものを?)
通常ならば、ただの嫌がらせにしか思えない状況。
だが、前回の経験があるルークは思考を止めることはなかった。
これもクラウスの試練だと捉え、彼らとともに石の塊を、ものは試しにと王都で有名な鍛冶師ゴルドのもとに持っていくことに。
すると衝撃的な事実が判明した。
「これは……間違いない、古代武器じゃ!」
練磨したところ、中から出てきたのは一振りの短剣。
ダンジョンでは時折優秀な武器が入手できる。以前には錆びた剣にしか見えないものの、実は不壊の特性を持った剣が運ばれたこともあったのだとか。
低ランクダンジョンでも、極低確率ながらドロップすることがあり、これはそのうちの一つだという。
(そうか……今回のクラウス先輩は僕たちの審美眼――外見だけではなく本質を見極める目を試していたんだ!)
そう理解したルークは、改めてクラウスの思慮深さを尊敬した。
続いて起きたのは、会長選の運動中のことだ。
「またレンフォード侯爵が乗り込んできて、演説を力ずくで打ち切らせたらしいぞ」
「今回も? いったいなぜ……」
他候補の演説が妨害されたという話は、あっという間に学園中に広まった。
当初は「権力の乱用だ」と反感を買うばかりだったが、その後に発覚した事実が状況を一変させる。
妨害された候補者の数名は、賄賂や会長就任後に優遇することを約束し、複数の学生に投票を強制させていたことが発覚した。
さらに、ある候補者については少し事情が異なり、彼は親から強制的に会長選への出馬を命じられており、落選することは許さないと言われていた。
しかしながら、クラウスによる妨害で出馬が叶わなかったことを親に報告したところ、「あの侯爵が警戒するほどの人物と認めてもらえた」として、むしろ家族からの評価が上がったというまさかの展開まで生じていたのだ。
学園内に広まったその情報を耳にしたルークは、沈黙した。
(不正を暴いていただけに留まらず……不当な圧力によって出馬を強いられていた者を解放してみせただって……?)
先輩の真の狙いを察するたびに、その視野の広さに圧倒される自分がいた。
そして三つ目の出来事は、学食で起きた。
高級食材【グランクラブ】を使った一品限りの特別メニュー。
抽選で食べる権利を得た一年生がいよいよ食べようとした矢先、クラウスが現れ先輩特権を行使して横取りしたのだ。
権利を得た一年生は当然の憤慨を露わにし、周囲からも非難の声が上がったが、クラウスはそれを無視して笑顔で全てを食してみせた。
しかしその日の夕方、調理担当者から衝撃の事実が知らされた。
本日仕入れたのは【グランクラブ】ではなく、見た目が非常によく似ていながら猛毒を有している【ヴェノムクラブ】だったという。
毒の威力は凄まじく、成人男性でも一口食べただけで死に至ると言われるほどのものだった。
「つまりクラウス先輩が横取りしなければ、その一年生は今ごろ……」
「守るために横取りしたのか。けど、それなら代わりに食べる必要はなかったんじゃ――」
学生間で疑問が浮かぶも、その答えについてルークは悩まなかった。
(これもまた試練。恐らくは横取りした相手の前で満足気に食事する自分の姿を見せることで、違和感から真実にたどり着けるか試されていたんだろう)
ルークがその予測を伝えると、全員納得したように頷いた。
同時に、猛毒を口にしていながらクラウス自身は苦しむ様子もなかった事実に対し、「年若い領主として、きっと毒耐性を磨かねばならないほどお酷い環境で過ごされていたのでしょう。なんておいたわしいの!」といった意見も出始め、そんな不遇な境遇の中自分たちのために体を張ってくれるクラウスに対するファンが生まれる結果となった。
そんな一連の出来事を振り返り、ルークはゆっくりと目を閉じた。
「何を考えていたんだ、僕は」
力なく笑いながら、独り言のように呟く。
「クラウス先輩による試練は、まだまだ始まったばかりだというのに……一つを見抜けただけでぬか喜びして感謝を伝えに行こうだなんて、考えが甘すぎる。先輩がどれだけ深いところから僕たちを見ているか、まだ全然分かっていなかった」
隣に座るシャーリィが、微笑みとともに応じる。
「確かにそうだね。でもルーク、落ち込みすぎる必要はないんじゃないかな? 気付けた人がいたって事実は変わらないんだから」
「……うん、シャーリィの言う通りだ。そんなこと、きっとクラウス先輩も望んでない」
ルークは目を開き、まっすぐ前を向く。
「今回の件に関わった皆を集めよう。これからはクラウス先輩の行動を一つ残らず集めて、その狙いを皆で読み解いていく。それが今の僕たちにできる、最大限の努力だ!」
そうして、ルークを中心に一年生の間で大きな輪が生まれる。
クラウスの動向に目を光らせ、その行動の裏に潜む意図を話し合う、ある種の研究会だ。
最初は半信半疑だった者も、読み解くたびに唸るような納得を得て、気付けばその輪は着実に広がっていった。
クラウスが悪事を働くたびに、その真意が仲間内で共有される。
そして共有された感動は、やがてグループの外へと飛び出していく。
かくしてクラウス本人が一切関与しないまま、一年生たちの間で彼の評判は磨かれ続け、やがては学年全体の共通認識となっていった。
「クラウス先輩の凄さが、少しずつ分かってきた気がする」
「俺たちは今、とんでもない先輩に鍛えられているんだな」
「まだ会ったこともないのに、あたしまで先輩のこと好きになってきちゃったわ」
そんな声が廊下のあちこちから漏れてくるようになった頃、ルークはクラウスへの誓いを新たにしていた。
(先輩、必ず追いつきます。それまで、どうか待っていてください!)
その思いが、会長選へのさらなる熱意へと変わっていくのを感じながら――
一方でクラウス本人はといえば、マリーの淹れた紅茶を一口飲みながら「今日も悪のカリスマポイントが積み上がっているはずだ」と満足げに頷いているのだった。
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