94 主人公を脅して出馬させよう! ①
出馬候補が張り出されてから約30分後。
学園内に用意されたラウンジにて、俺はソフィアとエレノアとともに席についていた。
お疲れ様会、などという名目らしいが、俺としてはそんな気分に全くなれないのが正直なところだ。
「どうぞ、ご主人様」
「ああ」
マリーが差し出した紅茶を受け取りながら、いつものように状態異常耐性アップと熱耐性アップの魔術を密かに発動する。
一口含む。
今日も美味い。
しかし、その美味さを味わう余裕が俺にはなかった。
(なぜだ……なぜこんなことになっている……)
原因は昨日の掲示板に張り出された、あの名前の並びだ。
アリエル、ソフィア、そして俺――クラウス・レンフォード。
原作では出馬していたルークとアベルが回避し、俺とソフィアが参加させられるという異常事態。
いったい何が起きているのか。
苦々しい思いを紅茶で流し込みながら、俺は改めて状況を整理する。
すると、疑問が一つ浮かんだ。
「そういえば、なぜエレノアは候補に入っていないんだ?」
俺やソフィアが他薦で出馬させられるなら、学生たちから絶大な支持を得ているエレノアも同様でなければおかしいはず。
そう思っての問いだったのだが、彼女は戸惑った様子もなく口を開く
「私か? 私は以前から会長選に参加するつもりはないと公言していたからな。アリエルの応援に回ると決めている。それを周囲も把握してくれていたのだろう」
なるほど、原作ではその辺りに触れられていなかったため知らなかったが、そういう事情だったのか。
(もっとも、原作通りならエレノアは風紀委員会に入るはず。強化イベントの流れから考えてもそうなってもらわないと困るが……まあ、その辺りは今はいいか)
そう判断し、俺は次の疑問へと移る。
視線をソフィアへと向けた。
「ソフィア、確認したいことがある」
「は、はい! 何なりと!」
「お前はなぜ出馬している? 原作――こほんこほん、これまでの経緯から考えると少々意外に思えてな」
俺の問いを聞き、ソフィアは「実は……」と少し気まずそうに答え始める。
話を整理すると、 昨日対戦したルークという人物は平民出身でいながら、なかなかの実力者だと噂になっていたらしい。
周囲はどんな激しい模擬戦になるか期待しながら見ていたが、結果はソフィアが貫禄を見せる圧勝。
それを見たクラスメイトたちが「やはり会長には王女様が相応しい」と考え、こぞって推薦したのだとか。
(……なんとも覚えがある流れだな)
自分と照らし合わせ、めちゃくちゃ納得できる説明だった。
うんうん、こういう形で不本意な評価を押し付けられる苦しみは俺にもよく分かる。
思わず同情しそうになったところで、ソフィアが続ける。
「しかし、学生の身であるとはいえ私には王族としての公務がありますから、常に学園にいられるとは限りません。皆様の期待にお応えできないのは申し訳ありませんが、あとで辞退を申し入れようと考えています」
「……そうか」
その言葉に、俺は内心でほっと息をついた。
アベル一行のせいで強引に出馬を押し付けられてしまったが、最悪の事態は回避できそうだ。
しかしソフィアはその後、急に声を潜めてブツブツと何事かを呟き始める。
「……そ、それに、生徒会業務に追われてクラウス様と過ごす時間がなくなるのも困りものと言いますか……いや、もしクラウス様が会長に選出されたなら逆に生徒会に入る方が都合がいいのでは? くっ、いったいどうすれば……」
「……?」
何の話をしているのかさっぱり聞き取れなかったが、まあ大したことではないだろう。
今はそれ以上に、確認しなければならないことがある。
(……ん、待てよ)
ソフィアの話を聞いていて、一つ引っかかったことがあった。
「ソフィア」
「えっ? は、はい! クラウス様と私が共に過ごすことになるお部屋には、あえて生活感のある家具を選ぼうと思って――」
「何の話だ? そうではなく、先ほどの説明ではルークと模擬戦を行ったと言っていたな」
「え? ……こ、こほん、失礼いたしました。その通りですが、それが何か……?」
「模擬戦で合っているんだな? 決闘ではなく」
「もちろんです。それに、会話もしたことがない相手と決闘する必要などありませんから」
「――――ッ!」
その言葉が、俺の頭に鋭く刺さった。
会話もしたことがない相手と決闘する必要がない。
そう、当然の話だ。
原作においてルークとソフィアが決闘することになったのは、入学当日の出会いがきっかけだった。
貴族としてのプライドに満ちたソフィアが、平民でありながら特別試験を突破し入学したルークと入学式当日に揉めたことで、翌日の合同授業が決闘の場となった。
しかしこの世界のソフィアは既に俺との交流を経て、その原作の姿とは大きく変わっている。
つまり、揉めるきっかけとなる遭遇イベント自体が回避されていた――ということだろう。
(まずいぞ、これは本格的にまずい……!)
会長選はルークの成長を語る上で欠かせないイベントだ。
奴がそこに参加しなければ、主人公としての因縁が積み重ならない。
俺がラスボスとして君臨するためには、それだけの積み重ねが主人公側にも必要なのだから。
しかし現状、ルークが会長選に参加する道筋は完全に潰れかけていた。
どうにかして奴を引き込まなければ。
俺は紅茶のカップを置き、腕を組んだ。
なんとか策を練らなくてはと、頭を回転させ始めるのだった。
◇◆◇
翌日早朝。
教室の席についた俺は、腕を組んだまま深く考え込んでいた。
一夜かけて真剣に向き合ったというのに、いまだ答えは出ていない。
(……どうすれば、ルークを会長選に引き込めるのか)
今から俺が奴の前に赴き、真正面から「会長選はいいものだから参加してみろ」などとアピールしたところで、首を縦に振るとは思えない。
ソフィアに敗北したこともあり、他の相応しい人物に席を譲ろうと考えるのが自然だろう。
仮に出馬まで漕ぎ着けたとしても、原作と違い周囲からの評価をまだ得ていないルークが当選に辿り着けるかは怪しいところだ。
となると必要なのは、そのハンデを覆せるほど強力な熱意を本人に抱かせること。
問題は、どうやってそこまで持っていくか――
「大丈夫ですか、クラウスさん? あまり体調がよろしくなさそうですが……」
「……アリエルか」
不意に声をかけられ、俺は顔を上げた。
そこには心配そうな表情を浮かべたアリエルがいた。
「何かお困りごとがあれば、何でも相談してくださいね」
彼女らしい、柔らかな言葉が続く。
何でもないと返答しかけたその時――俺は思いとどまった。
(待てよ。アリエルは現時点で唯一、原作と同様に会長選に出馬している人物だ(モブは別として)。会長選にかける想いは何かしら持っているだろうし、参考になるかもしれない)
俺はアリエルに向き直る。
「なら、一つ尋ねさせてもらおうか」
「はい、どうぞ」
「会長選に出馬するメリットにはどのようなものがあると考えている? いや、もっと正確に言えば――会長選に興味がない者に、熱意を抱かせるにはどうすればいいかを知りたい」
「熱意……なるほど、そういうことですね。私なりの考えでもよろしいでしょうか?」
「ああ、頼む」
アリエルはしばし考え込んだ後、ゆっくりと語り始めた。
「まずはやはり、人のためになれることでしょうか。会長として働くうえでは大変なことも多いですが、誰かから感謝されることにやりがいを感じる者は多いかと。あとは権威も、メリットの一つと言えるかもしれません。貴族のほとんどが通うここ王立学園で会長を務めた実績は、その後の社交界で活動する上で大きな武器となるでしょう」
「……ふむ」
確かに悪くない意見だ。
しかし、これだけでは説得材料として弱い。
俺が求めているのは、興味がない者の背中を力強く押せるほどの動機だ。
別の手を考えるべきかと思い始めた、まさにその直後だった。
「他にもあるとすれば……前の二つに比べると珍しい理由かもしれませんが、学園を守れることでしょうか。その立場上、王立学園には時折、邪な意思を持って近付く者が現れます。正義感に満ちた学生にとって、それらの危機を自身の手で守ることができるのは大きな理由かもしれません」
「――――それだ!」
「ふえっ!? ク、クラウスさん!?」
思わず声が上がるほどの閃きに、俺は気付けばアリエルの手を握りしめていた。
それほどまでに、彼女の最後の言葉は素晴らしかった。
確かにルークは主人公だけあって、正義感に満ちた人物だ。
自分しか学園を守れないと思い知らせてやれば、会長選に出馬するだけの熱意は十分に引き出せるだろう。
しかし、俺が本当に感心したのはそこではなかった。
(この作戦に説得力を持たせるには、実際に学園を貶めようとする悪人が必要だ。そしてその悪人には、既に心当たりがある)
そう、他でもない俺自身――クラウス・レンフォードだ。
なんなら今まさに、会長選に出馬させられているこの状況まで利用してやろうではないか!
作戦はこうだ。
ルークの前で俺が悪逆非道の限りを尽くした後、「俺が会長となり、この光景を日常のものとする」と高らかに宣言する。
そうすれば俺の評価を下げられるだけでなく、それを防ごうとルークが出馬するはず。
さらにそれに伴い、ラスボスである俺と主人公ルークの間に確かな因縁が生まれる。
一石三鳥、いやそれ以上の神がかり的な作戦だ。
これほど悪逆非道かつ完璧な発想を閃けるとは。
これは全て俺の天才的頭脳――そして、アリエルの言葉があってのことだ。
「感謝するぞ、アリエル。さすがは俺が(ボスとして)尊敬する人物だ!」
「は、はい。喜んでいただけたなら、良かったです……?」
突然のことに顔を真っ赤に染め上げながら応じるアリエル。
その様子を眺めていた周囲も、何事かとざわめき始める。
しかし俺の意識は既に次の作戦へと向かっており、そんな反応が耳に届くことはなかった。
さあ、動き出す時だ。
主人公との因縁を生み出すための、最高の悪事を仕掛けてやろう――俺は心の中で「はーはっはっは!」と高らかに笑い始めるのだった。
皆様に大切なお知らせがございます!
昨日、9月11日(金)、本作のコミカライズ版第1巻が発売されました!
村上メイシ先生の手によって最高のクオリティに仕上げていただいており、皆様にも楽しんでいただけること間違いなし!
紙版、電子版、どちらでも嬉しいので、ぜひ手に取っていただけると幸いです!
さらに本日、9月12日(土)には、小説版第3巻が発売となります!
『第四章 王都編』の清書版が先行して掲載されており、もきゅ先生による素晴らしいイラストも載っています!
ぜひぜひWeb版とあわせ、小説版、コミカライズ版も楽しんでいただけると幸いです!
さらにさらに、小説版とコミカライズ版の発売を記念して、10日(木)、11日(金)、12日(土)、13日(日)と連続更新予定!
頑張って執筆していくので、何卒よろしくお願いいたします!!!




