93 もう一人の主人公……?【クロエ視点】
旧マルコヴァール辺境領、僻地の森。
その地にて弓を手に魔物を狩る少女の姿があった。
「なんで、なんでこんなことになってるのよぉぉぉぉぉ!」
引き締まったスタイルと黒色のポニーテールを靡かせる美少女――クロエ・ローズミストの叫び声が、森の奥深くまで響き渡るのだった。
◇◆◇
そもそものきっかけは、一か月ほど前のことだった。
王立学園入学を目前に控え、自分が生まれ育った孤児院で準備を整えるクロエのもとに、一つの依頼が舞い込んできたのだ。
「森に出現する危険な魔物の討伐依頼?」
「ああ」
老齢の孤児院長が神妙な面持ちで頷く。
しかしクロエには、腑に落ちない点があった。
「どういうこと? 普段ならそういうのは騎士様が倒してくれるじゃない」
「何でも先日、領都で起きた騒ぎのせいで貴族を中心に領内が混乱しているらしくてね。今回のような事態に充てられる兵力が不足しているとのことなんだ」
「はあ、また貴族関連なのね……」
王都で大切な友人を襲おうとした、あの丸々とした貴族――ブラ……ブタ……ブタデブ? とやらを思い出し、思わず憤慨するクロエ。
しかしすぐに、貴族の中にはソフィアやエレノアといった信頼に足る相手もいることを思い出し、首を左右に振った。
(それに多分、アンナを助けてくれたあの人も王立学園に通う貴族だって話だもの! 悪い人ばかりじゃないわよね!)
そう結論を出したのち、クロエは孤児院長に向き直る。
「分かったわ。とりあえず魔物を狩ればいいんでしょう? それ自体はいつもと変わらないもの、やるわ」
「ありがとうクロエ、助かるよ」
そんなやりとりの後、クロエが院長室を出ると、廊下で一人の少女が待ち構えていた。
「何の話だったの、クロエ?」
声をかけてきたのは、アリアンナだった。
豊かな亜麻色の長髪と、温もりを感じさせる柔らかな瞳が特徴的な少女だ。
可愛らしさの中に穏やかな品が滲み出る顔立ちと、同年代の中でも際立つ豊満な体つきを持っている。
クロエにとって幼い頃から共に育ってきた、姉のような存在である。
「アンナ、実はね……」
クロエは事情をかいつまんで説明した。
アリアンナは最後まで聞き終えると、真剣な表情でひとつ頷く。
「そっか、それじゃ頑張らないとね。私たちはもうすぐここを出ていくんだし、子供たちに危険を残していくわけにはいかないもの」
「そうね。アンナ、今回もサポートお願いできるかしら?」
「ええ、もちろん」
アリアンナはそう言うと、森で動ける格好に着替え始めた。
これまで戦闘関連はクロエに任せきりだったアリアンナだが、王都での一件を経て最低限の自衛手段は身に付けておくべきだと考えるようになり、以来狩りへの同行を続けていた。
色々と試していくうちに、アリアンナにも最低限の魔術的素養があることが判明。
それ以降、主に支援系の魔術を中心にクロエから教わっているのだが――
『ちょっとアンナ、さっき教えたこと、もう一回やってみて』
『こう?』
『そうじゃなくて、もっとこう……うーん、上手く説明できないんだけど』
『……もしかしてクロエ、自分でも分かってないんじゃないかしら』
『うっ』
――といったやりとりが行われることがほとんど。
クロエ自身が独学かつ感覚的に魔術を習得した天才であるが故に、正確な指導はなかなか難しかった。
とはいえ、アリアンナは持ち前の高い知力で自分なりの理解に落とし込んでいくのが上手く、既に幾つかの魔術の発動が可能となっていた。
何はともあれ、準備を整えた二人は連れ立って森へと向かうのだった。
それからの日々は、思ったよりも順調に進んだ。
「【螺旋の矢】!」
指先から放たれた矢が鋭い弧を描き、木々の合間を縫うようにして狼型の魔物の急所を貫く。
「【加速する矢】!」
クロエの力量を察し撤退を目論んでいたもう一体の魔物に対し、矢が一直線に飛んでいきその胴体を貫く。
森に出没する魔物は確かに強力なものも交じっていたが、王都での経験から実力に磨きをかけたクロエの弓と魔術の前には、いずれも大した相手ではなかった。
アリアンナは後方からの支援に徹し、魔物の動きを風魔術で乱したり、クロエに付与魔術をかけたりと、着実にその役割を果たしていた。
二週間が経過する頃には討伐の目途もすっかり立ち、もう少しで王都へ出発できると二人はようやく一息つく。
しかし、そんな矢先のことだった。
「近くの村落からの救援依頼!?」
討伐の噂を聞きつけた者たちから、次々と依頼が舞い込み始めたのだ。
貴族たちの混乱は思いのほか深刻なようで、辺境の地への戦力派遣は後回しにされているらしい。
「もう十分やったでしょ!? あたしたちにも大切な予定があるのよ!?」
「まあまあ、クロエ。もう少しだけ……ね?」
「……はぁ、分かってるわ。ちょっと言ってみただけよ。どっちにしろ、放ってなんておけないもの」
不満をぶつけるクロエをアリアンナが宥め、結局二人は依頼に応じ続けた。
するとその活躍がさらに噂を呼んで引っ張りだこ。
クロエは相手の必死な顔を前にすると、どうしても首を縦に振ってしまうのだった。
気が付けば出発予定日はとうに過ぎ、ついには入学式当日を迎えてしまっていた。
「クロエちゃん、本当にありがとう!」
「君は恩人だ! お礼なら何でもするよ!」
「この地が誇る英雄だ!」
感謝の言葉はありがたい。決して悪い気分ではない。
しかし問題は、こうしているうちにも刻一刻と過ぎ去っていく時間だ。
本当なら今ごろ入学式を終え、あの人に――あの日、アリアンナを守ってくれた灰色の髪の少年に会えているはずなのに――
「何でこうなったのよぉぉぉぉぉおおおおお!!!」
魔物目がけて放った矢に、鬱憤をぶつけながらクロエは叫ぶ。
その叫び声が森の奥まで響き渡る中、隣ではアリアンナが「まあまあ」と苦笑いしながら宥めるのだった。
――さて、ここで余談が一つ。
『アルテナ・ファンタジア』の物語序盤に行われるストーリー【合同授業】。
そこでは二つほど大きなイベントが発生する。
一つは既に知っての通り、主人公ルークと第一王女ソフィアの決闘だ。
原作ではこの一戦がソフィアの転換点となり、彼女の大きな成長を促す重要な場面となっていた。
同時に、ルークにとっても学園中に自身の実力を証明すると共に、会長選出馬への足掛かりとなったのだ。
しかしこの世界においては、クラウスによる介入の積み重ねによって既にソフィアの実力は原作の段階を大きく上回っており、その結末は原作とは全く異なるものとなった。
そしてもう一つ、同じだけ重要なイベントが存在する。
原作においてルークとソフィアの決闘が終わった後、一年最後の模擬戦に一人の少女が姿を現す。
今なお一部の者から偏見を向けられる黒髪を持つその少女は、周囲の視線を一身に浴びながら、強者と名高い伯爵家の嫡男と対峙する。
誰もが相手の圧勝を疑わない中、勝利を収めたのは他でもない――黒髪の少女、クロエ・ローズミストその人だった。
王都にてブラゼク伯爵にアリアンナを殺され、貴族への憎しみを胸に血の滲むような修行を重ねた彼女は、その段階のルークやソフィアをも上回る実力を有していた。
主人公の目にも、プレイヤーの目にも、忘れがたい印象を刻み付ける――それが原作におけるクロエの初登場シーンだったのだ。
しかしこの世界において、アリアンナがブラゼクに殺されることはなく、クロエが復讐の炎に呑み込まれることもなかった。
そして何より、クロエは入学式当日にもまだ辺境の地で魔物を相手に弓を引き続けており、そもそも学園にいなかったのだ。
そのため、この重要イベントは発生しなかったのだが――肝心のクラウスはソフィアがルークを下したことへの衝撃と、自身が生徒会長選への出馬を余儀なくされたことへの絶望とで頭がいっぱいであり、そのことには全く気付いていないのだった。
皆様に大切なお知らせがございます!
本日、9月11日(金)、本作のコミカライズ版第1巻が発売となります!
村上メイシ先生の手によって最高のクオリティに仕上げていただいており、皆様にも楽しんでいただけること間違いなし!
紙版、電子版、どちらでも嬉しいので、ぜひ手に取っていただけると幸いです!
さらに明日の9月12日(土)には、小説版第3巻が発売予定!
小説版は早めに並ぶところも多いようなので、本日時点で両方揃っている書店様も多いと思います!
『第四章 王都編』の清書版が先行して掲載されており、もきゅ先生による素晴らしいイラストも載っています!
ぜひぜひWeb版とあわせ、小説版、コミカライズ版も楽しんでいただけると幸いです!
さらにさらに、小説版とコミカライズ版の発売を記念して、10日(木)、11日(金)、12日(土)、13日(日)と連続更新予定!
頑張って執筆していくので、何卒よろしくお願いいたします!!!




