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ゲーム世界のモブ悪役に転生したのでラスボスを目指してみた 〜なぜか歴代最高の名君と崇められているんですが、誰か理由を教えてください!〜  作者: 八又ナガト
第四章 王立学園編

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83 最高のお兄様【リーゼロッテ視点】

 レンフォード領南方に位置する田舎町に、その場に似合わない高貴なオーラを纏った少女がいた。


 純白の長髪と、ツンと澄ました赤い瞳。服装だけは地域に合わせ落ち着いたものを羽織っているが、それでも内側から滲み出る品のよさは隠せるものではない。

 そんな彼女――リーゼロッテ・レンフォードは、つい先ほど届いた手紙を手に持ちながら、ぷるぷると両肩を震わせていた。


「突然あの愚兄から手紙が届いたかと思えば、まさかの領都への帰還命令……」


「しかも、リーゼロッテ様を領主代行として任命するですって!? あの男、いったい何を考えているのですか!」


 リーゼロッテに続くように、傍らで黄緑セミロングの護衛メイド――カミラが憤慨した様子で叫んだ。


 二人の脳裏に、かつての記憶が蘇る。

 元々クラウスとリーゼロッテの兄妹仲は良くなかった。しかし両親が亡くなり、クラウスが領主になってからはさらに拍車がかかった。

 日々の嫌がらせはもちろんのこと、修練の場では剣や魔術で痛めつけられることもしばしばだった。


 努力を怠り、同年代では落ちこぼれに等しい兄クラウス。

 一方のリーゼロッテは才能に恵まれ、弛まぬ鍛錬を積み重ね、同年代の中でも際立った実力を誇っていた。

 しかし二年という年齢差のハンデは非常に大きく、リーゼロッテが実力でクラウスに勝ることはなかった。


 そしてクラウスは年の差でしか自分の優位性を主張できぬにもかかわらず、事あるごとに自分の方が上だと振る舞い続けた。

 そしてついには、口を極めてこう言い放ったのだ。



 ――お前のような能無しは、一から出直してこい。



 その言葉と共に、リーゼロッテは辺境の地へと追いやられた。

 その屈辱は今もなお、はっきりと胸の中に刻まれている。


 そんな兄がなぜ、今さら自分を呼び戻そうとしているのか。それも領主代行などという大役を押し付けて。

 明らかに裏がある。断ってやりたいのは山々だが、この召還要請は実質的な命令であり、領主の意向に逆らう手段はない。

 そのことを理解した上で、カミラは首を横に振った。


「あまりにも危険です、リーゼロッテ様。何か理由をつけて拒否されるか……いっそのこと、この地を出て身をくらませることも考えた方がよいかもしれません」


 それが苦肉の策であることは分かっていた。

 しかし、リーゼロッテもまた首を横に振る。


「いいえ――むしろ、この機会を逆に利用しましょう」


「どういうことですか?」


「兄を、領主の座から引きずり落とすのです」


「っ!」


 カミラが息を呑む。

 リーゼロッテの口元には、静かな、しかし揺るぎない決意の色があった。


 領都にいた頃からはっきりしていることが一つある。両親の治世から続く悪政に、不満を抱いている領民は少なくなかった。

 その声を集め、味方につける。そして兄が作り上げた歪な治世の欠陥を白日の下に晒し、代理ではなく真の領主の座を手に入れるのだ。


 当然、簡単にいく相手ではない。

 恐らくクラウスは、これまでと同じように実力でリーゼロッテを黙らせようとしてくるだろう。

 しかし、それはむしろ好機だとリーゼロッテは考えていた。


 この地に流れた一年あまりの月日は、決して無駄ではなかった。

 領民との交流の中で人の扱い方を学び、近隣に出没する魔物の討伐に加わることで腕を磨き続けてきた。

 その結果、実力は格段に増している。

 一年前とは比べ物にならず、今なら二年というハンデなど関係なくクラウスを正面から打ち倒せると確信していた。


「――出発の準備を整えましょう、カミラ。領都に向かいながら、情報を集めます」


「……かしこまりました、リーゼロッテ様。必ずや、お力になってみせます」


 二人は覚悟を決め、領都へと向けて歩み出した。



 ◇◆◇



 道中は予想していた以上に、様々な声で満ちていた。

 領都に向かいながら立ち寄った幾つかの町で、リーゼロッテはさりげなく領民たちの話に耳を傾けた。


 しかし聞こえてくる声の多くが、自分の想定とは正反対のものだった。



「最近は食べ物も豊かになったし、魔物の被害だって随分と減ったじゃないか」


「領主様のおかげで、本当に助かっておるよ。あの方がいなければ、どうなっていたことか」


「名産が生まれたことで領内全体が賑やかになっているからね! 領主様は最高さ!」



 リーゼロッテとカミラは顔を見合わせた。

 確かに、思えば自分たちが滞在していた僻地にもここ最近は変化があった。新鮮な食料の流通が増え、冒険者の数が増えたことで魔物の被害も減っていた。まさかそれがクラウスによるものだとは夢にも思っていなかったが。


「……そんなこと、ありえません」


 リーゼロッテは静かに呟いた。

 かつてのあの男が、そんな良識ある領主へと変わるなどということが、果たして本当にあり得るのか。

 もし本当にそうならば、自分を辺境に追いやったのは、いったい何のためだったと言うのか。


 疑問が拭えないまま、さらに進む。

 するとやがて、さらに不可解な話が聞こえてくるようになった。



「魔物大暴走をたった一人で食い止めたんだってさ」


「この地に封印された邪神まで倒してしまったとか……」


「魔王軍の幹部を二人も捕らえたと聞いた時は耳を疑ったよ。あの方、本当に人間なんだろうか」


「隣領からの侵略者たちを完膚なきまでに打ち倒したって話だ! 大量の魔導兵器やSランク魔物まで混ざってたらしいのにな!」



 隣でカミラが、小さく息を呑む音が聞こえた。


「リーゼロッテ様……もしかして、クラウス様が私たちを辺境にお遣わしになられたのは……」


 リーゼロッテは答えなかった。

 しかし、その問いかけはへの答えは、既に心の中で形を成し始めていた。


 魔物大暴走。邪神。魔王軍幹部。侵略者。

 もしそれが全て事実であれば、この一年間のレンフォード領とはそれほどまでに危険な場所だったということになる。

 では、自分はなぜ難を逃れた?

 答えは、一つしかない。


 (……まさか)


 リーゼロッテの胸の奥で、何かが静かに揺れ始めた。



 とうとう領都に足を踏み入れたとき、そこはリーゼロッテの記憶にある場所とは明らかに様子が違っていた。

 人々の表情が明るい。活気があった。道沿いには以前より多くの店が並び、行き交う人の数も増えていた。


 そしてその中に見知った顔を見つけた時、リーゼロッテの足が自然と止まった。

 レンフォード騎士団の鎧を纏い、てきぱきと指示を出す女性――団長のローラだ。

 彼女はリーゼロッテが幼い頃から剣の指導を受けてきた、数少ない信頼できる人物だった。


 ローラはこちらに気付くと、あの頃と変わらぬ快活な笑みを見せてくれた。

 しかし続く言葉の端々から、リーゼロッテが想像していたものとは全く異なる感情が伝わってくる。


「リーゼロッテ様! ご無事で何よりです。主様の話をお聞きになりましたか? 本当に信じられないようなことばかりですが、私はあの方のもとで剣を振るえることを、心から誇りに思っています!」


 誇り。

 その言葉を、リーゼロッテは静かに噛み締めた。

 かつて、ローラは決してクラウスへの評価が高くなかった。それは幼いリーゼロッテの目から見ても明らかだった。

 それがこれほどまでの敬意へと変わっているということは、その間に何かが確かにあったということだ。


 そしてその後も、行き会う者たちからの言葉は同じだった。

 見知らぬ領民たちは、口を揃えて感謝の言葉を述べた。

 誰一人として不満の声を上げる者がいなかった。


 最後に、到着した館にて彼女を迎えてくれたのはオリヴァーだった。

 彼は感極まった様子で、クラウスがこれまで成し遂げてきた偉業を丁寧に語り聞かせてくれた。


「クラウス様はこの短い期間で、先々代様にも及ぶほどの名君へと成長されました。かつての御姿を知っている私だからこそ、その変わりようには誰よりも驚かされましたが……同時に、誰よりも確信しておりますよ。あの方は昔から、ご自身の信念に従って行動されていたのだと」


 オリヴァー誰よりも長くレンフォード家に仕えてきた、いわばこの地の酸いも甘いも見届けてきた歴史の生き証人。

 そんな彼ですら、クラウスに対して称賛の言葉を次々と口にしていた。


 だとするなら、クラウスが本当は善良な人物だったのは間違いない。

 ようやく、全ての欠けていたピースが揃った気がした。


(……全ては、私のためだったんですね)


 リーゼロッテはじわりと目の奥が熱くなるのを感じた。

 クラウスは初めから、この一年、この場所で何が起きるかを予期していた。

 だからこそ、リーゼロッテを危険な場所から遠ざけるために追い出したのだ。

 口で言っても素直に頷くはずがないから、あえて悪人を装って。


 そう考えれば、全ての辻褄が合った。

 嫌がらせも、屈辱的な言葉も、辺境への追放も。

 それらは全て、リーゼロッテの成長を願い、どんな危険からも身を挺して守るための、不器用すぎる兄なりの愛情だったのだ。


「……馬鹿ね、お兄様」


 リーゼロッテはそっと呟いた。

 声が少し震えた。涙を堪えようとしたが、それ以上堪えることができなかった。

 隣でカミラが慌てたように「リーゼロッテ様!」と声を上げたが、彼女自身も目を潤ませている。

 泣いている場合ではないと分かっていた。しかし、どうしても止まらなかった。



 やがて館の執務室でクラウスと向かい合った時、リーゼロッテは涙の跡を隠しきれないまま、精一杯の笑みを浮かべた。


「お久しぶりです、お兄様! 私は勘違いしておりました……お兄様はとっても素晴らしいお兄様だったのですね!」


 言葉に出した瞬間、また涙が込み上げてきた。

 目の前のクラウスはしばらく無言だった。

 そしてやがて、急にぽろぽろと泣き始めた。


 ああ、やはりそうだ――リーゼロッテは確信する。

 お兄様は照れ屋なだけで、本当は妹のことをずっと案じていてくれたのだ。

 この涙は、ようやく再会できた感動の証に違いない。


「お兄様……!」


 リーゼロッテは歩み寄り、そのまま静かに頭を下げた。

 長い長い遠回りの末、とうとう家族としての時間が戻ってきた気がした。



 このお兄様に、一生仕えていこう――リーゼロッテは心の底からそう決意するのだった。

次回は8月27日(火)12時頃、更新予定です。

どうぞ楽しみにお待ちください!!


それから本作のコミカライズ版が、現在ガンガンONLINE様にて連載中となっております。

村上メイシ先生の手によって最高のクオリティに仕上げていただいているので、楽しめること間違いなしです!

この機会にぜひご一読ください!

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