82 妹を呼び戻そう!
王立学園に復学すると宣言し、マリーたちにも受け入れられた後。
俺たちはそのまま、具体的な今後の流れについて話し合うことにした。
「そういえば、学園には従者を一人連れていけるんだったな」
王立学園は全寮制であり、通う生徒の大半が貴族だ。日常生活などのサポートのため一人まで従者を帯同できる決まりになっている。
となると、当然の話だが――
「マリー、お前もついてこい」
「――っ! はい、もちろんでございます、ご主人様!」
俺がそう告げると、マリーは目を輝かせながら力強く頷いた。
うんうん、良い反応だ。
俺の専属メイドでありながら、密かに暗殺の機会を狙い続けるマリーには、学園でも引き続き特訓に付き合ってもらわなくてはならない。
彼女自身、それを理解しているからこそ、あえて笑みを浮かべて応じてくれたのだろう。
そんなことを考えていると、続けてオリヴァーに目を向けた。
「では不在の間、今回もお前に領主代理を――」
「それは……少々難しいかもしれません」
「……ほう? どういうことだ?」
間髪入れずに返ってきた言葉に、俺は眉を上げた。
オリヴァーは僅かに表情を曇らせながら続ける。
「ここしばらく、クラウス様が王都や【冥府の大樹林】に向かわれる際は私が領主代理を務めてまいりましたが……本来であれば権威者であるレンフォード家の者が必要となる場面は幾つもございます。一時的な不在ならともかく、年単位ともなると根本的な解決手段を考えた方がよいかと思われます」
「……なるほど」
そう言われてみると、確かに思い当たる節がいくつかあった。
政治上の最終決定権がレンフォード家の者にしかないというのはもちろんのこと、この館にはレンフォードの血を継いだ者しか立ち入れない部屋が複数ある。
以前、どうしてもその部屋にある書類や魔道具が必要という理由で、サボろうとしていたにもかかわらず強制的に働かされたという、思い出したくもない記憶がいくつも蘇ってくる。
くそっ、忌々しい。
とはいえ、確かにオリヴァーの言う通りだ。
いくら執務に長けていようと、コイツはレンフォード家の血族ではなく、あくまで一執事に過ぎない。対応できる範囲に限界があるのだろう。
(……いっそ、家督ごとオリヴァーに押し付けてやろうか)
一瞬そんな考えが浮かんだが、すぐに首を振った。
このオリヴァーが頷く相手でないことくらい、長い付き合いで嫌というほど分かっている。
それに貴族としての立場を捨てるわけにはいかない。ラスボスの格を保つ上で、それは必要なことだからだ。
どうしたものかと腕を組んでいると、オリヴァーが改まった様子で口を開いた。
「――そこでですが、リーゼロッテ様を領都に呼び戻されてはいかがでしょう?」
「…………ん?」
リーゼロッテ。
その名前に、俺はすぐに反応できなかった。
どこかで聞いたような気もするが、心当たりがはっきりとしない。
首を傾げていると、マリーがオリヴァーに問いかける。
「リーゼロッテ様というのは、もしかしてご主人様の妹様の……?」
「ええ、その通りです。クラウス様の二つ年下であらせられ、今はレンフォード領最南の町に滞在しておられます」
その会話を聞いた瞬間、奥深くに眠っていた記憶が浮かび上がってくる。
――そうだ、確かにいた! 二つ年下の妹が!
「なんじゃクラウス、お主、妹がおったのか? 全く知らんかったぞ」
(うん、俺も)
ミリカトルの言葉に、俺は内心で力強く頷く。
こうして名前を出されるまで、自分から思い出すことは一度もなかった。
しかし、こうして朧げなクラウスの記憶を手繰り寄せてみると、リーゼロッテという妹についての情報は少しずつ浮かび上がってくる。
曰く、彼女は優秀な娘だったらしい。
クラウスと同じ遺伝子を持つのだから、資質があるのは当然といえば当然。
ただ、クラウスが努力を嫌い才能を持て余していたのとは対照的に、リーゼロッテは貴族としてのプライドを持ち、相応しい存在になるべく己を磨き続けた人物だったようだ。
その結果、二人の間に生まれる格差はどんどん広がっていき――最終的にクラウスは、当主の座を脅かされる前にと、彼女を僻地に遠ざけることにしたようだ。
(……さすがクラウス。期待を裏切らない小物っぷりだ)
前の自分を客観的に振り返って、思わず苦笑いが漏れる。
いや、笑えたものではないのだが。
そこまで思い出したところで、俺はふとあることに気付いた。
前世のゲームプレイ時、エピローグで流れた処刑者の名前の中に、リーゼロッテのそれはなかった。
すなわち彼女はレンフォード家の者でありながら、処刑を免れたことになる。
どのような経緯だったのかは不明だが……少なくとも前世のゲームプレイ時に彼女のことを知ることはできなかった。
道理で今の今まで思い出せなかったわけだ。
っと、それはさておき。
問題は、実際にリーゼロッテを呼び戻すかどうかだが――
(……これは、いい機会かもしれないな)
よーく考えた末、俺は静かに乗り気になっていた。
というのもだ。
これまでは散々、ありとあらゆる過程を経て、関わる相手ほとんどから称賛されてしまっていたが、リーゼロッテは違う。
記憶にある彼女との関係性は、どう見ても険悪の一言に尽きた。
両親が健在の頃から既に仲は良くなかったが、クラウスが領主を継ぐことになったタイミングでさらに悪化。
恐らく、優秀な妹が自分の立場を脅かさないか警戒したのだろう。
クラウスから妹への嫌がらせは加速し、最終的には辺境の地に追いやるまでに至った。
そして、今の俺にとって何より喜ばしいのは、リーゼロッテが今もひっそりと田舎に滞在しているという事実だ。
情報の届きにくい場所にいる以上、俺が称賛されるようになった様々な誤解は彼女の耳には届いていないはず。
つまり――リーゼロッテはまだ、クラウスのことを大いに憎んでいるはずだ!
そんな彼女を領主代理としてこの地に残し、俺が離れればどうなるか。
リーゼロッテは自分が抱いた兄への憎しみを、実際の思い出とともに触れ回るはず。
リーゼロッテは従者からの信頼が厚かった覚えがあるため、そんな彼女の発言には真実味が増す。
しばらく放置しておけば、俺の悪評が自然と広まるはずだ!
(まさに完璧な作戦だ!)
考えれば考えるほど、素晴らしい計画だと自画自賛せずにはいられない。
俺は静かに決断を下す。
「……分かった。リーゼロッテを呼び戻そう」
「っ! クラウス様……!」
「ご主人様……!」
オリヴァーが珍しく感極まったような表情を浮かべた。
隣では何やらマリーも目を輝かせている様子だったが、そんな二人の反応はもはや俺にとってどうでもよかった。
(リーゼロッテ……奴が帰ってきた時、俺に対してどんな風に憎しみをぶつけてくるか今から楽しみだ!)
近々訪れるその日が、楽しみで仕方なかったからだ。
だからだろうか。
「やはりクラウス様は、ずっと妹君のことを案じておられたのですね……辺境にお遣わしになられたのも、きっとご本人にしか分からない深いお考えがあってのことだと、このオリヴァー確信しておりました」
「はい。やっぱりご主人様は、最高のご主人様です!」
歓喜した様子で呟く二人の言葉は、俺に届くことがなく――
「ん? ということは、その妹を追い出したのはクラウス本人なのか? ……やっぱりこやつ、根が真っ黒では? 最悪じゃ!」
――代わりにミリカトルがぼそりと呟いた言葉だけは、悪意が籠っていたためかこの耳に聞こえたため、しっかり制裁することに。
その後、館中に「なんでじゃああああああ!?!?!?」という彼女の悲鳴が響き渡ることになるのだった。
◇◆◇
それから数週間後。
王都への出発目前、リーゼロッテが領都に帰還する当日。
俺は執務室にて、傍らに控えるマリーとともにリーゼロッテがやってくるのをワクワクしながら待っていた。
久方ぶりに再会する妹からは、どんな言葉が飛び出してくるのか。
これまでの積み重ねを考えれば、罵倒の一つや二つは覚悟の上だ。
むしろそれが俺にとって最大の褒美になる。
どうか期待を裏切らないでくれよと願いながら、マリーの淹れてくれたお茶を飲み気持ちを落ち着ける。
すると、コンコンとノックの音が飛び込んでくる。
オリヴァーやローラとは違う音の鳴らし方――他にこの部屋を訪れるとすればマリーかミリカトルだが、マリーは既にここにいるし、ミリカトルはノックなどしないのでリーゼロッテが到着したのだと確信する。
「ご主人様?」
ようやくの再会かと興奮するあまり動きを止めた俺に対し、マリーはそう呼び掛けてくる。
俺は息を調えると、威風堂々とした声で告げる。
「入れ」
「失礼いたします」
芯のある声と共に扉が開き、とうとうリーゼロッテが現れる。
リーゼロッテは、クラウスの記憶にある彼女と同じ姿をしていた。
純白の長髪と、ツンと澄ました赤い瞳。貴族らしいドレス風の服装に包まれたその姿には、可愛らしさと気高さ、そしてカッコよさが不思議と同居していた。
(さあ、何を言ってくる!?)
内心でそう身構えた次の瞬間。
リーゼロッテは憎しみの籠った目――ではなく、キラキラとした目で俺を見上げ告げた。
「お久しぶりです、お兄様! 私は勘違いしておりました……お兄様はとっても素晴らしいお兄様だったのですね!」
………………………………
――――なんでぇぇぇええええええええ!?
新パターン!
次回、妹視点です。どうぞお楽しみに!
次回は8月25日(火)12時頃、更新予定です。
どうぞ楽しみにお待ちください!!
それから本作のコミカライズ版が、現在ガンガンONLINE様にて連載中となっております。
村上メイシ先生の手によって最高のクオリティに仕上げていただいているので、楽しめること間違いなしです!
この機会にぜひご一読ください!




