81 因縁を作ろう!
「う~ん! やはり何度食べても、このどーなつは最高なのじゃ~」
「【地獄の業火】」
「なんでじゃああああああ!?」
――レンフォード領の屋敷に帰宅した俺は、開口一番に詠唱を唱え、客間で楽し気にドーナツを頬張る赤髪の少女ミリカトルへ向けて魔術を解き放った。
しかし室内ということもあり今回も火力が不十分だったようで、燃え盛る炎の中からミリカトルが飛び出してくる。
そしてあろうことか、非難めいた視線を俺に向けてきた。
「突然何をするんじゃ! せっかく優雅な『てぃーたいむ』を楽しんでおったというのに! わらわが一体何をしたと言うんじゃ!?」
「お前が何をしたか……だと?」
わなわなと震えながら、俺は経緯を振り返る。
そもそも、ミリカトルが勝手に防衛戦で勝利したことが一番の問題なのだ。
マルコヴァール領を押し付けられることになった――ひいては俺が侯爵になってしまった決定的な要因も、俺を除いた面子だけで事態を収拾させられるだけの戦力があるからだとアルデンが伝達魔術で言っていた。
それだけならまだしも、なんとか今回こそ領民による盛大な歓迎から逃れるべくこっそり裏門から戻ってこようとしたというのに、皆が城壁の外に待ち構え「侯爵! 侯爵! 侯爵!」とコールしだす始末。
それを先導していたレンフォード騎士団団長のローラや警備兵のレインにはまた後で罰を与えるとして、まずは何といってもコイツだ。
なのにドーナツを楽しんでいるところを見れば、魔術の一つや二つ撃ちたくなるのが自然というものだろう。
「つまり全部お前のせいだ」
「無茶苦茶じゃ! まったく意味が分からんぞ!? ええい、今回ばかりは納得せぬからな!」
「なっ、貴様、俺とやりあう気か!?」
ミリカトルはぷくぅーと頬を膨らませながら憤慨した様子で俺の両頬を掴んできたので、俺も同じようにやり返す。
最早、どちらの立場が上か分からぬほどもみくちゃ状態になっている最中のことだ
った。
(……ん?)
俺はふと、ミリカトルの様子に違和感を覚えた。
頭から生えた二本の漆黒の角に、床まで届きそうなほど長い鮮やかな赤髪。幼い容姿や身長といい、外見は記憶の中にある彼女のまま。
しかし、纏っているオーラが以前と比べてどこか違う気がした。
「……貴様、どこか雰囲気が変わったか?」
「ほう、気付きおったか!」
途端に機嫌が戻ったのか、ミリカトルはニヤリと口の端を上げ、俺から離れる。
そして、
「当然じゃ! 先日の魔物大暴走や防衛戦で大量の魔物が討伐され、そこで生じた魔力の一部がわらわに宿っておるからな! 力を取り戻しぱーふぇくとぼでぃに戻る日も近いということじゃ!」
そう言いながら、ミリカトルは自信満々に平らな胸を張ってみせた。
思わず視線がそちらに向かうが……特に変化のないその体つきを確認し、先はまだまだ長そうだなと判断する。
「……そうか」
「何じゃ、その反応は! もう少し驚くとか、感動するとかあるんじゃないか!?」
「うるさい」
抗議の声を一言で黙らせていると、執務室の扉がノックされた。
「入れ」
許可を出すと、扉を開けて二人が入ってくる。
「ご主人様、お茶を淹れてまいりました」
一人は俺の専属メイドのマリー。
館に戻ってきた後、一時的に俺のそばから離れた彼女だが、その手には紅茶の入ったポットが握られていた。
「クラウス様、ご帰還を心よりお待ちしていました」
もう一人は俺の執事兼、領主代行のオリヴァー。
先々代の頃よりレンフォード家に仕えている、実質的な屋台骨だ。
「どうぞ、ご主人様」
マリーが紅茶を俺の前に置き、続けてミリカトルにもお代わりを淹れる。
そして、自然と情報交換の時間が始まった。
席に着いているのは俺とミリカトルだけで、マリーとオリヴァーは二人の背後にそれぞれ控えている。
口火を切ったのはオリヴァーだった。
「クラウス様。此度の遠征において成し遂げられた偉業の数々、このオリヴァー、心から称賛申し上げます」
そこから始まる称賛の羅列に、俺はすぐ頭が痛くなってくる。
大樹林の開拓から始まり、エルフ族との歴史的な連携、マルコヴァールの捕縛、防衛戦の完全勝利……言葉の一つ一つが、胃に刺さるような重さだ。
「さらにはこのたびの侯爵ご就任、誠におめでとうございます。先々代の頃より仕えております身として、これほど誇らしいことはございません」
「心より同意いたします。さすがはご主人様です!」
「ぐぅっ」
オリヴァーの言葉にマリーが続く。
苦しい。物理的に胃が痛くなってきた。
「……まあ、わらわとしても今回ばかりは文句はないぞ。【特殊固定魔力砲台・改】がちゃんと活躍できておったしな! まさかあのような使用方法を想定しておったとは、さすがに驚いたものじゃ!」
さらにはミリカトルまでもが珍しく納得した様子で頷いてみせる。
全員からの称賛が揃い踏みという、なんとも締まらない帰還となってしまった。
(くそっ、どうして俺がこんな目に……!)
苦々しい思いを噛み締めながら、一刻も早くこの時間が過ぎ去ってほしいと心の中で願う。
そんな俺の想いを知ってか知らずか、オリヴァーが「ところで」と切り出す。
続けて飛び出した言葉は、俺にとって決して無視できない内容だった。
「此度の遠征が長引いたことで、学園の復学まで残り僅かとなりましたが……準備は進んでおられますか?」
「……ん?」
…………学園?
突然出てきた学園という言葉に、俺は戸惑いながら首を傾げた。
学園というと、ほぼ間違いなく王立学園のことだろう。
しかしなぜ、その単語が突然出てくるのか。それも復学とはいったい。
しばらく考えた末、俺はその理由に「あっ」と思い至った。
(――そうだ。そもそも俺は、今も休学中の身じゃないか!)
約一年前。王立学園に入学するも、両親が魔物に襲われて亡くなったため、休学してレンフォード領に戻ってきたのがクラウスという存在だ。
記憶を辿ると確かに、一年という期間で復帰する取り決めになっていたはず。
同時に、別れ際のソフィアの言葉の意味にも合点がいった。
『それでは近く、会える日を楽しみにしております!』
――そう彼女が言っていたのも、どこかで俺が復学するという噂を耳にしたからだろう。
しかし、である。
一年で学園に復帰するというのはあくまで予定に過ぎず、領内のごたごたが長引けば休学期間を延長するのが自然な流れというもの。
実際、ゲームの世界でもクラウスが学園に登場したことは一度もなかった。彼は学園に戻らずレンフォード領にい続けたのだろう。
それを踏まえると、ここで断るのは簡単だ。
戦闘力・頭脳共に飛びぬけた実力を誇る俺が今さら学園に通ったところで学べることはなく、時間の無駄と言っても過言ではないだろう。
となると、断った方がメリットが大きいように思える。
ただ――ここで俺の脳裏に、ある考えが閃いた。
(待てよ、これはいい機会かもしれない)
仮に今回、学園に復帰すればどうなるか。
ソフィアを始めとしたメインキャラクターたち――当然、主人公を含めた面々は同じタイミングで入学するはずだ。
つまり俺は、彼らと共に学園生活を送ることになる。
そんな中で俺が学園内においても暴虐の限りを尽くし、邪悪な貴族としての評判を轟かせればどうなるか。
そう、主人公たちとの因縁が生まれる。
そしてそれは、原作のラスボスであるルシエル・フォン・セントラルが抱えていた最大の弱点――ぽっと出感の解消に直結するのだ。
誰もが納得するラスボスとして君臨するためには、それだけの積み重ねが必要だ。
「……決まりだな」
俺は静かに呟いた後、椅子から立ち上がる。
誰もが認めるラスボスとして君臨するその日に向けて、新たな戦場へ踏み出す時が来た。
それ故に、
「俺は予定通り、王立学園に復学する!」
三人の視線が一斉に集まる中、俺は迷うことなく宣言したのだった。
次回は8月23日(日)12時頃、更新予定です。
どうぞ楽しみにお待ちください!!
それから本作のコミカライズ版が、現在ガンガンONLINE様にて連載中となっております。
村上メイシ先生の手によって最高のクオリティに仕上げていただいているので、楽しめること間違いなしです!
この機会にぜひご一読ください!




