79 別れの挨拶を交わそう!
さらに数日後、別れの日がやってきた。
本来であれば静かに出発したかったのだが、そう簡単にはいかないのがこれまでの経験で身に染みている。
案の定、別れの挨拶の場にはなぜか大量の面子が揃っていた。
ソフィアや護衛の騎士たちに、エルフ族の面々。さらには領主が代わったと噂を聞き駆けつけてきた領民まで混ざっているのだから始末に負えない。
ちなみにだが、『上位機』に乗っていた貴族とやらはまだ目覚めていないとのことで、ウィンダムからは『せめて顔合わせだけでもした方が……レンフォード卿の意向を伝える必要もございますし』などと言われたが、『全て一任する』とだけ返しておいた。
領主代理を任せる相手に顔も見せないという俺の行為にウィンダムは『なるほど、それがレンフォード卿の考えなのですね……』と不満げだったが。俺からしたら何も問題はない。
どころか、これでさらに面倒事を回避できてラッキーな程がある。
そんなことを考えている間にも、別れの挨拶が迫ってくる。
まずはソフィアが俺の前に出てきた。
彼女は真っ直ぐな眼差しで口を開く。
「今回の任務においてクラウス様にご同行できたこと、大きな経験となりました。大樹林の開拓から今回の一件に至るまで……まだまだ貴方に追いつくためには程遠い道のりですが、必ずや追いついてみせます……! そう、将来クラウス様に(伴侶として)並び立つに相応しい存在になるために!」
「……ほう」
それを聞き、俺は感心して頷いた。
どうやら今回の経験を得てソフィアは、将来ラスボスとして君臨する俺に渡り合えるだけの実力を手にしたいと考えたらしい。
嫌なことづくめの日々だったが、これは数少ない成果といえるだろう。
「分かった、その時を楽しみにしておくとしよう」
「っ……! はい、クラウス様……!」
僅かに上がったテンションのままそう告げると、ソフィアは両手で口を押えながら、俺の名前以外に言葉が出ない様子だった。
ふむ、歓喜のあまり威圧感を出しすぎたかもしれない。
もっとも、これもソフィアなら実力向上に役立ててくれるだろう。
そう期待して待つとするか。
俺がそのように考えているとソフィアも落ち着きを取り戻したのか、一つ息をついた後、最後に満面の笑みを見せて笑った。
「それでは近く、会える日を楽しみにしております!」
「? ああ」
帰ればまたレンフォード領での日々が待っている。ソフィアと再会する予定は特に思い当たらなかったが、まあ深く考えるまでもないだろう。
そう判断し、軽く頷いて返しておく。
「次は私だな」
次に、金色の長髪を靡かせながら族長のセディーアが前に出てきた。
エルフ族らしく抜けるように白い肌と、豊満な体つき。纏う衣装もエルフ族に伝わる露出の多い独特のもので、それが彼女の魅力をより引き立てていた。
今巻でも様々な局面で関わることになったが、改めてこうして正面から見ると、なかなかの存在感がある。
そのセディーアが、深く頭を下げながら静かに口を開く。
「クラウス殿。此度のことは……本当に、何とお礼を言えばよいのか」
そう言いながら、セディーアは目を潤ませていた。
俺はすぐに身構えた。
称賛が来る。この流れはそういうものだ。
そしてその予感は正しかった。
「『幻影の手』より我々の命を救い、さらには私たちをこの国の一員として迎え入れてくれたこと、心より感謝する。まさに貴殿は救世主だ!」
「…………ぐ」
感謝の言葉が突き刺さる。
あの出来事がなければマルコヴァールを脅す……こほんこほん、説得して味方になってもらう材料をなくすことも、貴重な種族であるエルフ族を従えたとして称賛されることもなかった。
いわば俺にとっての黒歴史だ。
そんな風に大ダメージを受けていると、突然セディーアの歯切れが悪くなった。
「ち、ちなみに、先日の一件についてだが……あのような格好でクラウス殿に迫ろうとしたことには深いわけがあって、その、決してやましい目的では――」
「ん? ……ああ、あのことか」
先日の一件。その言葉を聞いて、俺は記憶を呼び起こす。
俺が侯爵に陞爵されるというあまりのショックで気絶した直後のことだ。
目を覚ましてみると、なぜか目の前には薄着のソフィア、マリー、セディーア、リンシアの四人が揃って寝床に潜り込もうとしているという、衝撃の光景が広がっていた。
驚いたのはその行動だけでなく、直前まで四人の存在にほとんど気付けなかったことだ。
魔力探知に自信がある俺でさえ察知できないほどの存在感の薄さ。どのような手段を用いて行ったのかは不明だが、その狙いは明らか――暗殺目的に違いない。
恐らく、マリーや諜報部隊に務めるリンシアが中心になって仕掛けてきたのだろう。
これまでは毒や爆発物といった回りくどい手段を取ってきた連中が、寝込みを直接狙うとは。なかなかの成長ぶりではないか。
そう感心していたからこそ、俺はセディーアにこう返した。
「問題ない。その目的であれば、いつでも大歓迎だ」
「なあっ!? そ、そそそそうであったか! む、無論……貴殿が望むのであれば、私はいつでも応える気はあるが……」
「?」
セディーアの顔が、瞬く間に真っ赤に染まる。
しかし考えてみれば、暗殺をいつでも歓迎するというのは、一生成功しないと告げているのと同義。それに対する憤慨の反応だろう。
以前にもマリー相手に同じようなことがあったなと、記憶の引き出しを探っていると、
「セディーア様? 一人だけ先に駆け抜けですか?」
「うふふ、少々こちらに」
いつの間にか近くにいたソフィアとマリーが、そんなことを言いながらセディーアをするりと連れ去っていく。
暗殺の意図を俺に悟られたことを不満に思っているのだろう。
「我が主、私からもご報告があります」
すると今度は、金髪セミロングのエルフ、リンシアが前に進み出てくる。
凛々しい表情に身軽さを重視した服装が特徴的な少女だ。
「言ってみろ」
そう促すと、彼女は力強く頷いた後に告げる。
「複数の貴族が捕らえられた影響で、【冥府の大樹林】含め、領内はしばらく荒れることでしょう。そこで諜報部隊一同はこの地に残り、領内の秩序維持に尽力することになりました。我が主についていけないのは非常に残念ですが、荒れが落ち着き次第、改めてご報告に――」
「待て」
リンシアの言葉を遮り、俺は静かに告げる。
秩序維持、か。
聞こえのいい言葉だが、要するに汚れ仕事から逃れようとしているのだろう。
残念ながらそれは許さん。
「言っておくが、貴様たちが俺の配下であることには違いない。力が必要な時は呼ぶし、これまで通り尽力してもらう。そのことをゆめゆめ忘れるな」
「っ……! はっ、我が主!」
リンシアは涙を浮かべながら力強く頷いた。
今後も束縛が続き、汚れ仕事が強制されると知り絶望しているのだろう。
うんうん、ちゃんと伝わっているようでなによりだ。
その後もしばらく挨拶が続き、最後には領民たちから盛大に「領主様! 領主様! 領主様!」とコールされた。
不本意ながら今日のところはその声を背に受けるしかないが、まあいい。
これから領主代理が誰になるのかが分かれば、彼らの反応も変わることだろう。
未だにその貴族が誰かは知らないが、マルコヴァール直属の配下ということは最悪な人間に決まっている! きっと最低最悪な政治をしてくれるはずだ!
領民たちの顔が絶望と怒りに染まる瞬間が、今から待ち遠しくて仕方がない。
そんな確信と共に、俺はレンフォード領への帰路につくのだった。
さくっとお別れまで。
セディーアが語った夜這……こほんこほん、『先日の一件』について知りたい方は、ぜひ書籍版の第2巻を読んでみてください! もきゅ先生の神イラストと相まって最高のクオリティに仕上がっていると思うので!
そして次回は8月20日(火)12時頃、更新予定です。
どうぞ楽しみにお待ちください!!
それから本作のコミカライズ版が、現在ガンガンONLINE様にて連載中となっております。
村上メイシ先生の手によって最高のクオリティに仕上げていただいているので、楽しめること間違いなしです!
この機会にぜひご一読ください!




